紺と墨
目が覚めると、紺がいた。
何度かに一度の、添い寝をやらかしたらしい。
そして、蹴り落としたのが、朝食前。
今は、というと。
「ねえ、春子~! 買い物行こうよー!」
「……何で?」
一応、聞いてみた。
理由は、恐らく、今見ているテレビの[定番のデート特集]だろう。
ショッピングで服を買う、や、映画を観るなど、デパートでよくあるコースを紹介している。
これを見た途端、行きたい! と、言い出した。
「えっと、僕、春子とデートしたい!」
直球だな。
全く、好奇心の多い執事だ。
「嫌だよ、紺、デートしたことくらい、あるでしょ」
この顔面だ、あるだろう。
今さら私なんかとしても、つまらないに決まってる。服の趣味とか、料理も上手く食べられないし、良い反応なんて、私には出来ない。
「デートしたことないよ、僕」
「またまたー、嘘つかないでよ」
「本当だよ! 僕、デートって何か、今知ったもん」
目が、本気っぽいな。
もしや、執事界にデートという単語がないのかもしれない。
「良いじゃない、春子。たまには紺ちゃんとお出掛け、してきなさいよ」
「ちょっと、お母さんまで」
娘に彼氏ができた! みたいな、微笑ましそうに、楽しそうに笑うお母さん。まったく、他人事だと思って。
「さすが春子のお母さん! ほら、ねえ、春子、良いでしょ? お金は僕が払うから! 好きなの買ってあげるから」
紺は、ここぞとばかりに迫ってくる。
耐えかねた私は、首を縦に振るざるおえなかった。
「わー!! ここがデパートかー!」
着くなり紺は、歓声を上げた。
どうやら、初めて来たみたいだ。
「あ! アイスがあるよ、食べよう春子!」
見つけるなり、駆け寄り、頼んでもいないのにソフトクリームを両手に帰ってくる。
お金、本当に持っていたのね。
「はい、これ春子の分」
満面な笑みで手渡すソフトクリームは、紅いも味。
こういうとき、本当に私の執事なんだな、と思う。だって、好きな味だから。食べたいと、アイスの文字を見たときから、思っていたから。
「……ありがとう」
見透かされているようで悔しいが、食べたい欲には勝てない。
それからも紺は、私の好みを見つけては、何故か買ってくれたりした。
本とか、雑貨とか。
恋人ってこうなのかな、と思う。
何だか、思い出が物として増えていくような。そう考えると、紺がいなくなる時が来たら、思い出して、苦しくなる気がする。
「あー! やっぱり紺だー!」
二人で服を見ていたとき、一際大きい声が聞こえてきた。
「春子、隠れて!」
紺の声が聞こえた。そう思った矢先、ついていけぬ早さで、気がついたら試着コーナーに突っ込まれていた。私だけ。紺によって。
「え、え? な、なんなの?」
パニックに陥りそうになったが、紺の嫌そうな感情が流込んできて、心配になる。
幸い、話し声だけは聞こえた。
「よお! 紺、久しぶりだな!」
声のボリュームからして、先ほど聞こえた主と同一人物だろう。
紺より少し低めの声から察するに男性であることに違いはない。
「墨、うるさい。もっと声小さくして。相変わらず声量ぶっ壊れてるね」
「お前も相変わらずだな、その嫌そうな面!」
墨、というのだろうか。
それにしても、親しいみたいな会話。友達だろうか?
紺に注意されたにも関わらず、墨は変わらぬ声量を出す。
「なあ、お前の主って、この中なんだろ? 俺にも会わせてくれよ!」
「嫌だ。お前の声で鼓膜破れたら大変だし」
「……紺、お前、本当に主大好きくんになっちまったんだなあ!」
「墨は相変わらず、主は放ったらかし? 見たところ、数十キロは離れてるけど?」
「流石、俺と同じSランク! よくわかったな!」
Sランク? この、墨って人も?
ということは、執事か、この人。
「主が死んでも知らないよ? Sランクの座は、誰もが狙ってるからね」
「んな心配は無用だぜ! 俺の主は強いからな! ……それより、お前の主だろ? 見たところ、相当弱いだろ!」
地声だと理解しているのに、嫌みにしか聞こえない。
そんな、大きな声で言わなくても……確かに弱いけど。
「うるさい、声でかすぎ、いい加減にして。殺すよ?」
紺の、低く唸るような声に、圧倒されることもなく、墨は続けた。
「俺の主は強いからな! お前にだって殺されない! なんてったって、リンゴを片手で潰せるからな!」
「は? お前の主、女だったよね? ゴリラじゃん」
え、女性?
片手でリンゴを潰せる女性? ……凄い。
私も一人、感心する。どんな女性だろうか、会ってみたい。
「ゴリラじゃない、佐代子だ! 佐代子は強いからな! 紺の主にも、強さがあれば良かったのにな!」
「僕の春子には、可愛さがあるからね。強さなんていらなくても平気なの。僕、強いし」
「佐代子にも可愛さはある!」
「無いね、そんなゴリラ。僕の春子が一番だ」
「いいや、俺の佐代子が一番だ! 俺が惚れた女だぞ! 佐代子に決まってる!」
「墨、昔から見る目無かっただろ。こっちの世界では、お前みたいなのをB専って言うんだよ」
「なんだと!?」
なんだか、私にとっては良くない方へ話が傾いているし、白熱してきている。
二人とも声がだんだん大きくなってきている。
「佐代子だ!」
「僕の春子だ!」
二人の声が、ふいに途切れた。
終わったのかな? と、耳を澄ましていれば。
「こうなったら、あれしかねえな!」
「……不本意だけど、僕の春子を見せてやるよ。春子は忙しいからね、出来れば今がいいな」
え、私?
もしかしなくても、私、何かするの?
勝手に進められているけど?
「俺の佐代子は暇だからな、いいぜ。勝負は、アレでいいか?」
「もちろん、アレじゃないと困るね」
もしかして、私は勝負をしなくてはならないの?
勝負する流れじゃない?
「あ、あの、ちょっと」
私は溜まらず外へ出ようとするが、紺と思われる手が、私を押し返す。
「じゃあ、早く連れてきなよ、その佐代子を」
「ああ、任せろ!」
墨が高笑いと共に遠ざかる。
嫌だよ、私。勝負ってなに!?
すでに察しがついている私が、紺を問う前に、盛大な謝罪と土下座が目の前に登場する。
そして、私は、この数時間後、執事二人による、「どちらの主か可愛いか対決」を、させられる羽目になった。
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