執事あり、の授業①
授業中、紺の機嫌が悪かった。
こう、表現しにくいが、私にも紺の気持ちも分かるらしい。
感情の強さに比例して、私にも伝わるのか、かなり、機嫌が悪い。
あれかな? 山本くんのことかな。
などと考えていると、それを読み取ったのか、更に悪くなる。
「僕より山本のことを考えるんだね」
と、いじけているように、思える。
仕方ない。このままでは午後の授業に影響してしまうし、私は紺の主だ。
丸眼鏡をかけた数学教師は方程式の解き方の説明で忙しく、口を動かしている。
こそっと、消ゴムを落とした。
足元に落ちた消ゴムを、屈んで拾う。
その一瞬。影を見つめた。
「山本くんより、私は、紺、だよ」
丸眼鏡先生の説明に混ざり、消された私の声。
それでも、執事には、完全に届いていると、感じた。
「春子おぉぉぉ!」
うわーん、と、私の両足を、影から生えた紺の両手が抱き締める。
「ひっ!」
あまりにも突然の出来事に、声が漏れる。
というか、今の紺の声は、結構な音量だった。
咄嗟に、室内を見渡せば、私をチラチラと注目している生徒。
丸眼鏡先生を見れば、幸い、一人気づかず、説明の最中。どんだけ集中しているんだよ。
足など、覗かなければ、机に隠れて、わからないもの。
何事もなかったかのように、振る舞う。
結局、誰にも何も言われなかったが、授業が終わるまで、私が抵抗するまで、紺はずっと私の足を抱き締めていた。
全く、面倒な執事だ。
午後になり、やっと、紺が出てきた。
他の生徒は召喚している。
ここで、椿に聞くべきだった。何故、私達は体操着なの? と。着替える必要があるの? と。
屋外の、これまた巨大なグラウンドに並んだ私達。いつだかの屋内グラウンドによく似ている広さだが、空が広々と見える。
どこからともなく、教師らしき声が聞こえた。
「それでは、いつも通り、準備体操を始めます」
どこからの声だろう、と見渡していると、他の生徒達が、何やら準備体操を、それぞれ始める。
私もやるのかな? と、真似ようとした。
「あ、あのね、春子!」
椿が近くに来てくれて、何やら説明をしようと、口を開いた時。
ピーーーーっと、合図らしき、音。
その瞬間だった。
周りの生徒が、走り出した。
どこに向かっているのかは、わからない。
それぞれに、全速力だった。
「え、え? 何、何? 椿?」
「あ、えっと、ごめん!」
全力で走って行ってしまった。
私がおどおどしていると、上空から、風を切る音。
上を見上げた、その刹那。
目の前で、岩が粉々になっていた。
そらはもう、砂のように、綺麗に、だが、私には、粉は当たらない。
そして、次いで見える、たくさんの岩。
あら、雨かな? と思うくらい、たくさんの、それも、かなりの大きさの岩が、頭上の遥か遠くから、降ってくる。
「…………え?」
これ、やばくない? 私。命の危機じゃない? だから、皆逃げたんじゃないの? 青ざめるのがわかる。血の気が退いていく。
「大丈夫だよ、春子! 春子は僕が守る! 一瞬たりとも、春子に触れさせない!」
次いできた、目の前の岩も、同様に粉々になる。そして、私には、当たらない。
紺がやっているのか。そう、頭で思っていても、肝心の紺がどこにも見えない。
否、目で追えないのだ。
影らしきものは、さっきから見えてる。目の前を通る、影。それしか、見えないのだ。
こわい。怖い怖い。無理!
私はついていけず、頭を両手で覆い、しゃがんで出来るだけ小さくなった。
地面が見えるが、見たくもない。目に最大の力を入れて、瞑る。紺がいると分かっていても、怖い。死ぬのではないか、と。
きっと、紺は、私の頭上のみの岩を粉々にしているのだろう。
周りで、岩が地面にぶつかる大きい音がする。
他の生徒が執事に命令しているような声も、微かに聞こえる。
それは、まるで戦場みたいだった。
こんなのが準備体操? 正気?
ここが、私の前世と変わらない世界、と、いつか言ったな。あれは、嘘だ。こんなの、無かった。
ピーーーー。
どれくらい経ったのか、わからないが、開始同様の音が、聞こえた。
恐る恐る、目を開ける。
目の前には、変わらない紺の笑顔。
「……紺?」
「うん、僕だよ。怖かったよね、でも、もう終わったよ!」
笑顔で、爽やかで、まるで、何事も無かったかのよう。
服装に乱れた様子はないし、汚れもなければ、傷もない。
あれ、夢でも見てたのかな、と、立ち上がった。
…………夢じゃなかった。
綺麗だった校庭は、大や小の岩だらけ。
他の生徒は、それぞれ木やら近くの体育倉庫などから、顔を出した。
そして、気づく。
私の周りだけが綺麗で、そのままの校庭。
「おい、見ろよ、あれ」
「…………やば」
「流石、Sランク」
こそこそと、私を見、話ながら近づいてくる、若干髪を染めた、初日に紺に沈められたと思わしき生徒達。
その他の生徒も、こそこそと、恐らく話題は同じであろう会話をしながら、校庭に戻ってくる。
「春子ー! 平気だった?」
息を切らしながら駆け寄って来てくれた椿に、涙が出そうになる。
「椿ー! 何なのよ、これ!」
恐怖しかない、クレイジーなことが、準備体操? ちっとも笑えなかった。
「ごめんね。置いていっちゃって。でも、春子には紺さんがいるから、大丈夫だと思ったの」
「いや、大丈夫だったけど」
紺を見れば、変わらぬ笑顔。ニコニコニコニコ。
何だか落ち着いてくるのは、気のせいか。
それにしても、教師は生徒を殺しにでもくるの? この学校は。
「あのね、これは避けながら、どれだけ執事を駆使して、岩を砕けるかって、やつなんだけど……」
「は? 意味わからない」
そんな事をする必要が、ある?
もう修行じゃん。レベルが上級だよ。
「いいや。意味ならあるぞ、三星!」
どこから来たのか、すぐ目の前には、佐川先生。
体力測定した時の執事先生か。
「いいか、Sランクを持つ三星春子。執事というものは、いつ如何なる時も、主を守らなければならない。そしてまた、主も自らを守らなければならない。そう、例え、岩が降ってこようともな!」
「はあ、それで、えっと、どうして砕く必要が?」
「良い質問だ! 主はいつでも常に、執事をコントロールする必要がある。そして執事は、主の為、日々、強くあるべきなのだ。それらを兼ね備えているのが、この岩投げ回避だ。同時に鍛えられる。これに越したことは他に無かろう!」
「いや、だとしても、岩じゃなくても良いですよね?」
「いいや、岩以外は考えられん!」
なんだこの教師、テコでも動かないような雰囲気を出してきた。
「いやいや、岩じゃなくても」
「いいや、岩しかない。俺には岩しか投げれない!」
いや、知らねえよ。
あれ? こんな面倒くさい先生だったっけ?
「とにかく、次の授業に入るぞー!」
「…………」
納得いかないな。
うーん、と首を捻って考えていた。どういう質問すれば、納得するか。
このモヤモヤを、どうしたら取れるか。
「春子、春子!」
「ん? なに紺」
ニコニコの笑顔で、紺は言った。
「僕があの変態マッチョ、沈めようか?」
あれ、幻聴かな? というくらい、紺の声が低かった。
すぐに返事が出来ないくらい。
「い、いや、沈めないで……」
「そう? わかった。でも、ムカついたら、いつでも言ってね!」
僕に任せて! と、ドヤ顔だけれど「沈めてくれ」なんて、言う機会など、後にも先にもないと思った。
読んでくださりありがとうございます。
26日更新予定だったのですが、早めに完成したので、ちょっとフライング。
でも話が長くなりそうなので、途中で切りました。
次回もよろしくお願いします!




