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全知の精霊は王冠の行方を知らない  作者: Tatsumaru


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第55話 今ここで生まれる答え

 最初の一撃で、訓練用の剣が軋んだ。


 ユリウスは身体強化を惜しまなかった。全知へ問い、リヴィアがこれまで見せた戦い方、得意とする間合い、踏み込みの癖を引き出す。


 姉もまた、自身の魔力による身体強化を全身へ巡らせていた。


 刃が離れ、すぐにぶつかる。


 上段からの打ち下ろし。半歩退いて受け流す。返す刃をリヴィアが柄で逸らし、肩を狙う。ユリウスは知っていた軌道へ先回りして身を沈めた。


 互いに一歩も譲らない。


 リヴィアが低く薙ぐ。ユリウスは跳ばず、剣を地へ立てて受けた。上へ逃げれば着地を狙われることを、過去の記録から知っている。押し返した勢いで肩を入れると、姉はまともに受けず半身になり、二人の身体がすれ違った。


 振り向く速さはリヴィアが上だった。背へ切っ先が迫る位置を全知が告げ、ユリウスは前へ転がって避ける。知るのがわずかでも遅ければ終わっていた。


「金の目に頼りすぎだ」


「使える力を使わないのは、手加減でしょう」


「その答えは正しい」


 リヴィアの踏み込みがさらに鋭くなる。弟がすべてを使うことを、姉は心から歓迎していた。


 見届ける者はいなかった。


 家臣も王院の使者も、訓練場の外に留めてある。これは当主を公開試合で選ぶための決闘ではない。姉弟が、二人で答えを確かめるための戦いだった。


 リヴィアの剣が脇腹を掠めた。


 ユリウスは痛みを無視して踏み込み、姉の剣を下から跳ね上げる。空いた胸元へ切っ先を進めたが、リヴィアは身体を捻り、肘で彼の手首を打った。


 痺れた指から剣が抜けかける。


「今のは知っていたか」


「姉上が過去に三度使っています」


「そうか」


 リヴィアは楽しそうに笑った。


 再び距離が開く。


 ユリウスは息を整えた。情報量では勝っている。姉の公式戦も訓練記録も、家臣たちの証言も、自分が見てきた動きも参照できる。筋力と魔力量も、自分が上回っていた。


 それなのに、押し切れない。


 情報として知った動作へ、肉体が反応するまでには時間がある。


 リヴィアには、その時間がほとんどなかった。


 毎朝振った剣。崩れた姿勢を直した回数。疲労の中でも続けた足運び。数え切れない反復が、判断を待たずに身体を動かす。


 しかも彼女は、ユリウスを知っていた。


 剣の癖だけではない。正面に二つの道を置かれたとき、誰かを傷つける可能性が低いほうを無意識に選ぶこと。正しいと分かった答えへ、ほんのわずかに早く重心を傾けること。姉として見続けた時間が、全知とは別の知識になっていた。


 リヴィアが踏み込む。


 ユリウスはその技を知っていた。


 右肩を見せて上段を誘い、受けられた刃を滑らせて手首を狙う。過去の記録では、その後に必ず左へ回る。


 問いへの答えも同じだった。


 ユリウスは左へ先回りした。


 リヴィアの足が、止まった。


 ほんの一瞬前まで、彼女自身も左へ回るつもりだった。


 だが、剣が触れた瞬間に生じた反発、弟の肩の位置、砂を噛んだ自分の踵。そのすべてを身体が拾い、まだ一度も選んだことのない動きを作った。


 左へ行かない。


 剣を押し込まず、反発する力に従って柄を引く。空いた右足を弟の踏み込みの内側へ差し入れ、身体ごと回った。


 過去に存在しない一手だった。


 全知に、先回りする答えはなかった。


 ユリウスはその場で反応した。姉の剣先が喉へ届くより早く、自分の刃を横へ走らせる。


 二人の動きが止まった。


 リヴィアの切っ先は、ユリウスの喉へ触れている。


 ユリウスの刃も、彼女の肩へ届いていた。


 だが、ほんの指一本分だけ浅かった。


 風が二人の髪を揺らす。


 先に剣を下ろしたのはユリウスだった。


「僕の負けです」


 荒い呼吸の合間に言う。


 悔しくないわけではない。魔力量でも、得られる情報でも上回り、それでも届かなかった。


 だからこそ、笑うことができた。


「姉上。あなたを、カルディス王家の当主と認めます」


 これは敗者が勝者へ席を差し出す宣言ではない。もし今の一手が逆に届いていても、ユリウスは同じ言葉を口にした。そのうえで、勝った自分の力を姉が率いる家のために使うつもりだった。


 リヴィアも剣を下ろした。


「負けたからか」


「いいえ。戦う前から決めていました」


「なら、なぜ笑っている」


「僕の答えが、間違っていなかったと分かったからです」


 リヴィアはしばらく弟を見つめた。


 やがて剣を放り出し、幼いころと同じように、その頭を乱暴に抱き寄せた。


「私は、おまえの姉であることを誇りに思う」


「僕もです」


「だが、次は勝つ」


「今、姉上が勝ったでしょう」


「次も勝つという意味だ」


 二人はようやく、父の死後初めて声を上げて笑った。


 それから家臣との協議と王院の承認を経て、議場の黒い布が外された。


 リヴィア・カルディスが第三家の当主として席につく。誰かに譲られた席ではない。幼いころから積み上げた鍛錬と実績、戦争で果たした責任、そして自らの選択によって得た席だった。


 新当主の後方には、ユリウスが立った。


 議場の一部から、なお彼を推す視線が向けられる。


 ユリウスは逃げずにそれを受け止めた。


「私は姉を当主と認めます」


 公の場の声で、はっきりと告げる。


「第三家の剣として、リヴィア・カルディスが率いる家と、この帝国を守ります」


 自分を推していた者たちの中には、目を伏せる者もいた。納得していない顔もある。ユリウスは彼らを裏切り者として遠ざけることも、姉へ従えと一言で押さえることもしなかった。


 これから一人ずつ話す。期待を集めた責任は、当主席を選ばなかったことで消えない。それでも今日はまず、公の場で自分の立つ場所を示した。


 リヴィアが振り返る。


 視線が重なった。


 父が空けた席は埋まった。


 父の代わりではない、新しい当主によって。

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