第14話 正しかった答え
指揮官を倒せば、侵攻は終わる。
守備隊の誰もが知る定石だった。
ダンジョンから溢れた魔獣は、指揮官に率いられて外へ出る。その一体さえ失えば、残った群れは戦う理由をなくし、巣へ戻る。
「門を守りながら、私があれを討ちます」
ユリウスの言葉に、守備隊の騎士は険しい顔をした。
「殿下お一人を前へ出すわけには」
「一人では行きません。あれを門から離すのを手伝ってください」
金色の瞳へ、巨大な魔獣の討伐記録を問う。
『同一個体の記録は存在しない』
「同じ特徴を持つ魔獣は?」
今度は複数の記録が流れ込んだ。幾重もの外殻は、第2級の攻撃をほとんど通さない。角で地面を抉り、土塊ごと敵の隊列を崩す。脚は見た目より速い。
「弱点は?」
『外殻の接合部。口腔内。眼球。ただし第1級相当の防御を持つ』
弱い場所であっても、第1級の力でなければ届かない。
ユリウスは得た情報を騎士へ知らせた。
「二隊に分けて、左右から脚を狙ってください。倒す必要はありません。止まらずに攻撃して、私の正面へ顔を向けさせないで」
「殿下は何を」
「外殻の隙間へ、魔力を集中します」
「それでは、ほかの魔獣への強化が」
「指揮官を倒すまでです」
騎士はなおも反対したそうだった。だが、背後には町がある。援軍がいつ来るかも分からない。脅威階級第1級の魔獣を第2級以下だけで殺すことはできない。
「必ず戻ってください」
「はい」
ユリウスは答えた。
自分が何を約束したのか、その重さまでは分かっていなかった。
門がわずかに開き、二隊の兵が飛び出した。強化された脚で地面を蹴り、巨大な魔獣の左右へ散る。
指揮官が角を振った。
地面が爆ぜ、土と石が兵たちへ襲いかかる。盾で受けても数人が宙を舞った。だが第1級の強化が骨と内臓を守り、転がった兵はすぐ立ち上がる。
「左、接近!」
槍が後ろ脚の接合部へ集中する。穂先は外殻を貫けず、火花だけを散らした。
それでよかった。
指揮官が左へ顔を向ける。右の隊が爆裂魔法を重ねると、今度はそちらへ角を振る。
ユリウスは正面から近づいた。
周囲の低級魔獣が道を塞ごうとする。門上から放たれた矢と魔法がそれを押し返した。背中へ伸びた牙を護衛が受け止める。
「前だけを!」
怒声に、ユリウスは振り返らなかった。
身体の内側で魔力を集める。
広く配っていた強化を少しずつ引き戻し、右手へ重ねていく。兵たちを包む力が薄くなるのが分かった。それでも、指揮官を倒す一撃には足りない。
「もっと」
魔力を絞る。
指先から漏れた光が地面を焼いた。
巨大な魔獣がユリウスへ気づいた。小さな身体を敵と認めたのではない。その内側へ集まりつつある第1級の魔力へ反応した。
角が正面へ向く。
「殿下!」
指揮官が突進した。
一歩ごとに岩が砕ける。避ける方向を問う時間はない。知識として速いと分かっていても、目の前で迫る巨体は記録よりはるかに速かった。
ユリウスは身体強化を脚へ集中し、横へ跳んだ。
角が脇を通り過ぎる。魔力の防御が触れ合っただけで、肩の皮膚が裂けるように痛んだ。着地に失敗し、地面へ手をつく。
指揮官はすぐ向きを変えた。
「まだです! 顔を逸らして!」
左右の兵が接合部へ攻撃を重ねる。効かないと知っていても、誰一人止まらない。ユリウスが命じたからではない。背後の門と、その内側の家族を守るためだった。
指揮官が鬱陶しそうに口を開き、咆哮した。
口腔の奥が見えた。
『現在、口腔内から外殻接合部へ至る経路が最も薄い』
金色の瞳の言葉が届く。
ユリウスは立ち上がり、右手を突き出した。
魔力を一点へ。
爆発を広げてはいけない。外側を焼くだけでは第1級の防御に弾かれる。細く、深く、外殻の内へ通す。
指揮官の口元に光点が生まれた。
その瞬間、目の前の巨体しか見えなくなった。
門を守る兵へ残す魔力。次に現れる魔獣を退ける力。自分が帰るための身体強化。それらを考えれば、一部を手元へ残すべきだった。
けれど中途半端な一撃で倒せなければ、使ったすべてが無駄になる。
ならば倒し切る。
ユリウスは持てる魔力を、さらに注いだ。
「貫け!」
光点が爆ぜた。
音は遅れてやってきた。指揮官の頭部が内側から跳ね、重い外殻が大きく傾く。前脚が折れ、角が地面へ突き刺さった。
それでも一度は起き上がろうとした。
ユリウスは残った魔力を掻き集め、同じ場所へ二度目の爆発を押し込んだ。
巨体が完全に地へ伏した。
周囲の魔獣が動きを止める。
一拍遅れて、門の上から歓声が上がった。兵たちが武器を掲げ、互いの肩を叩く。守備隊の騎士が駆け寄り、倒れかけたユリウスを抱き止めた。
「お見事です、殿下!」
ユリウスには答える息も残っていなかった。
身体の芯は空だった。指一本を強化する魔力さえ惜しい。けれど終わったのだ。最も強い指揮官を討った。あとは魔獣がダンジョンへ戻るのを見届ければよい。
「門へ……下がろう」
騎士の肩を借りて歩き始める。
十歩進んだところで、足を止めた。
魔獣が戻らない。
動きを止めたのは、指揮官の死に怯んだ一瞬だけだった。獣たちは再び牙を剥き、今度は倒れた巨体を避けるよう左右へ広がっていく。
「なぜだ」
騎士が呟く。
定石では、こんなことは起こらない。
「全知。あれは本当に指揮官だった?」
『是』
同じ答えが返った。
「では、どうして侵攻が終わらない?」
『問いが広い』
ユリウスは息を呑んだ。
そのとき、丘の向こうから新しい咆哮が響いた。
最初の指揮官とは違う、甲高い声だった。
魔獣の群れがその声に応じ、同時に走りだす。
ユリウスの手には、もう戦うための魔力が残っていない。
「僕は……何体いるかを、聞いていない」
金色の瞳は否定しなかった。
『目の前の個体が指揮官であるという回答は、正しい』
正しかった。
だからこそ、自分が間違えたのだと分かった。
第二の咆哮とともに、次の波が門へ押し寄せてきた。




