第11話 力を借りた子供たち
最初のダンジョン行きを前に、子供たちは三度、帰る方法を教えられた。
合図が一つなら立ち止まる。二つなら列を作る。長く一つなら、持っている物をすべて捨てて入口へ戻る。
「魔獣を倒す方法より、帰る方法を先に覚えて」
訓練場に並んだ子供たちへ、ユリウスは繰り返した。
「俺の強化があっても、絶対に安全とは言わない。決められた場所より奥へ行かない。騎士の指示に従う。嫌になったら、途中でも帰っていい」
一番年かさの少年が手を上げた。
「帰ったら、金はなし?」
「働いたところまでの分は払う」
「怖くて一歩も入れなかったら?」
ユリウスは答えに迷った。
働いた分を受け取るのだと、自分で言った。何も持ち帰れなければ賃金はない。それが仕事の筋にも思える。だが、ここへ来て訓練を受け、恐ろしい場所の入口まで歩いたことは、何もしていないのだろうか。
「今日の試行に参加した分は払う。次からは、入口の外でする仕事も作る」
同行する役人が何か言いかけたが、書記が先に記録した。
ユリウスは少年へ尋ねる。
「それならどう?」
「入る。最初からそのつもりだ」
ほかの子たちも頷いた。
全員が自分で選んだ。それを確かめたつもりだった。
けれど、孤児院へ食事と仕事を持ち込んだ王族を前に、本当に嫌だと言える子が何人いるのかまでは考えられていなかった。
訓練の仕上げとして、ユリウスは一人ずつの肩へ触れた。
魔力を薄く広げ、皮膚の上だけでなく、骨と筋肉の動きへ沿わせる。第1級の純度を持つ力が子供たちを包むと、細い腕にも、大人の兵士を上回る強さが宿った。
「試します」
護衛の騎士が、少女の前で訓練用の棒を構えた。
少女は緊張で目を閉じたまま腕を上げる。騎士が加減した一打を落とすと、乾いた音を立て、折れたのは棒のほうだった。
少女が目を開く。
「痛い?」
「……ぜんぜん」
念のため強化を解き、騎士と治療に心得のある者が腕を確かめた。赤みも腫れもない。ユリウスは結果だけで安心せず、棒の重さ、打った強さ、強化に使った魔力量を記録させた。次も安全だったとしても、今日の一度だけで「必ず」とは言わないためだった。
自分の腕と、地面へ落ちた棒の先を何度も見比べる。やがて口元が緩み、それは周りの子供たちにも広がった。
「すごい」
「これなら大荷物も持てる」
「壁を壊したら怒られるかな」
「怒られるからやめて」
笑いが起きた。
ダンジョンの入口は、町から離れた岩場に口を開けていた。周囲には騎士団の詰所と資源を数える場所があり、奥から冷たい風が吹いてくる。
今日使うのは、すでに低危険度と確認された浅い区域だけだった。先行した騎士が異常のないことを確かめ、ユリウス自身も全知へ、直近の巡回記録と危険な魔獣の目撃情報を問う。
記録上、大きな変化はない。
「入ります。二列で」
子供たちの顔から笑いが消えた。
入口の暗がりを越えると、外の光は急に遠くなった。壁に置かれた明かりが、濡れた岩を鈍く照らす。足音が重なり、誰かの荒い息が聞こえた。
最初の魔獣は、横穴から飛び出してきた。
低い姿勢で走る獣だった。口を開き、先頭の少年の脚へ噛みつく。
「下がって!」
ユリウスが叫ぶより早く、少年は教えられたとおり盾を出した。
牙が盾の縁へぶつかる。衝撃で魔獣の頭のほうが弾かれた。
少年は目を丸くしたが、隣の少女が訓練用の短い槍を突き出した。穂先が魔獣の身体を貫く。さらに二人が続き、獣はほとんど抵抗できないまま動かなくなった。
静寂が落ちる。
「倒した……?」
「うん」
ユリウスが答えると、子供たちは一斉に息を吐いた。
喜びの声を上げる者はいなかった。初めて生き物を殺した重さは、強化で消せない。少女は槍を握ったまま震えていた。
「外へ出る?」
「出ない」
彼女は青い顔で首を振った。
「次は、もっとちゃんとやる」
「ちゃんと怖がっていい。手が震えるなら、後ろの役目に替わってもいい」
少女は考え、槍を別の子へ渡した。代わりに採取したものを入れる袋を背負う。
役目を替えることは、逃げることではない。その場にいた大人たちにも聞こえるよう、ユリウスはそう言った。
それから現れた低級魔獣は、強化された子供たちを傷つけられなかった。盾へ牙を立てれば顎を痛め、爪を振るえば槍で押し返された。子供たちは次第に合図どおり動けるようになり、騎士は最後まで剣を抜かずに済んだ。
予定の場所で資源を集めると、ユリウスはまだ進めるという声を退けた。
「今日はここまで。余裕があるうちに帰る」
一人も欠けず、日が高いうちに入口へ戻った。
持ち帰ったものは、その場で係の者が数えた。採取と討伐で得た資源の評価額から、必要な経費を引き、残りを孤児院と参加した子供たちへどう分けるかを読み上げる。
少年が受け取った硬貨を、掌の上で何度も返した。
「これ、返さなくていいのか」
「君が働いて得たものだから」
「パンを買っても?」
「もちろん」
「靴でも?」
「君のお金だよ」
少年は硬貨を強く握った。
その夜、孤児院の食卓には全員分の皿が並んだ。量はまだ多くない。それでも、誰かが朝を食べたから昼を抜く必要はなかった。
ユリウスが帰ろうとすると、子供たちが玄関へ集まってきた。
「次はいつ?」
「学校と訓練の具合を見て決める。毎日は行かないよ」
「また力を貸してくれる?」
「安全を確かめられる間は」
壁際にいたあの少女が、胸へ拳を当てた。兵士が敬意を示すときの仕草を、どこかで見て覚えたらしい。
「ユリウス様のために、次もいっぱい持って帰る」
「俺のためじゃない。君たちのためだ」
少女は首を傾げ、それから笑った。
「同じだよ」
違う、と言いかけた言葉を、ユリウスは飲み込んだ。
その違いを説明できないまま、力を借りた子供たちは、ユリウスへ初めての忠誠を返していた。




