表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
のび太一死す  作者: 伝説の男前
第一幕:転移と喪失

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/20

第三話「バンブーコプター」

 城は、小さかった。

 山の斜面に張り付くように建てられた、石垣と木の壁でできた城。天守と呼べるほどのものはなく、本丸と二の丸と、いくつかの蔵と兵舎が固まっているだけだった。だがその小ささが、野火 太一(のび たいち)には逆に安心感をもたらした。見渡せる。把握できる。

 城主は、矢島 玄蕃という五十がらみの男だった。

 痩せた、目の鋭い男だった。野火 太一(のび たいち)たちを初めて見た時、その目が順番に全員を品定めした。武の巨体で少し目を止め、須根 夫介(すね おすけ)の目の鋭さで眉を上げ、静香の所作の美しさで一瞬表情を和らげ——ニャえもんで、止まった。

「妖か」玄蕃は言った。

「違います。我々の仲間です」野火 太一(のび たいち)はすぐに言った。

 玄蕃はニャえもんをしばらく見た。ニャえもんは動かなかった。ただまっすぐに玄蕃を見返した。怯えも敵意もない、静かな目だった。

「……面白い」玄蕃は言った。「入れ」

 城の中に、条件があった。武は食事の時に歌うこと。須根 夫介(すね おすけ)は玄蕃の参謀として情報整理を手伝うこと。静香は城内の女たちとともに働くこと。野火 太一(のび たいち)は雑用全般。ニャえもんは見張り台に立つこと。

「役に立てるならいい」とニャえもんは言った。

 城での生活は、奇妙な安定をもたらした。

 毎朝、野火 太一(のび たいち)は見張り台にのぼってニャえもんに声をかけた。ニャえもんはいつも「変わりない」と言った。それだけで、野火 太一(のび たいち)は安心した。

 五日目の朝のことだった。

 水汲みから戻ると、見張り台の下に子供たちが集まっていた。七、八人。一番小さい子は四歳か五歳くらいだった。

「ニャえもん」野火 太一(のび たいち)は見上げた。「道具を出したのか」

 短い沈黙があった。

「少し確認していた」ニャえもんは言った。「何も使っていない」

 野火 太一(のび たいち)は梯子を登った。

 見張り台は狭かった。二人が並ぶと、ほとんど余裕がなかった。

「何を確認していた」野火 太一(のび たいち)は小声で聞いた。

「バンブーコプター」

 野火 太一(のび たいち)は黙った。

「使っていない。ただ、見ていた」ニャえもんは言った。「夜、一人でいると考えてしまう。空を飛べるとはどういうことか。飛ぶことが、どういうことか、わかってみたい」

「怖いか、夜は」

「……ある気がする」ニャえもんは言った。「忘れることが怖い。わたしには記憶がない。夜、誰もいない時に——本当にわたしはわたしなのかと、わからなくなる」

「俺が毎朝声をかけるのは」野火 太一(のび たいち)は言った。「水を汲む前に来たいからじゃない」

「知ってる」ニャえもんは言った。「……ありがとう」

 下で、子供が転んで泣いていた。ニャえもんが梯子に手をかけた。

「大丈夫だ」ニャえもんは言った。「こういうことは、わかる」

 ニャえもんが降りると、子供たちが集まってきた。

「道具が入ってるの?見せて」

「見せない。よくわからないものが入っている」

「よくわからないって何」

 ニャえもんが野火 太一(のび たいち)を見た。野火 太一(のび たいち)は首を横に振った。

「今日は見せない」ニャえもんは言った。「いつかな」

 子供がふくれた。それを見てニャえもんが、ふっと、何かが抜けたような顔をした。野火 太一(のび たいち)は思った。ニャえもん、子供が好きなんだな、と。

 七日目の夕だった。

 武が広間で歌っている時間に、野火 太一(のび たいち)は井戸へ水を汲みに行った。引き上げながら、ふと気づいた。見張り台に、ニャえもんがいない。

 厩の裏から子供の声が聞こえた。

「すごい!ほんとに出てきた!」

 桶を落とした。水がこぼれた。気にしなかった。走った。

 厩の裏に、子供が四人と、ニャえもんがいた。ニャえもんの手のひらの上に、バンブーコプターが乗っていた。

「きれい!飛べるやつ?」

「飛べる。わたしは」

「つけて!」

「つけない。人間が使えるかどうか、まだわかっていない」

 野火 太一(のび たいち)が走り込んだ。「ニャえもん、しまって」

「……子供たちが見たいと言うから。使わせるつもりはない」

「わかってる。でも、しまってくれ」

 子供がふくれた。「見せてくれるって言ったじゃないか」

「見るだけなら」野火 太一(のび たいち)は言った。「触らないし、つけない。それが約束なら」

「わかった」

 ニャえもんがバンブーコプターを子供たちに差し出した。子供たちが身を乗り出した。一番小さい子が手を伸ばした。

「触らない」野火 太一(のび たいち)は即座に言った。

「なんで」

「わからないから」ニャえもんは静かに言った。「よくわからないものを頭につけるのは危ない」

 子供たちが散り散りに去った後、ニャえもんと野火 太一(のび たいち)だけが残った。

「持ち出したのは、子供に喜んでほしかったからか」

「……そうだ」

「俺も同じことをやるかもしれない」野火 太一(のび たいち)は言った。「だから責めない。ただ——出す前に俺を呼んでほしい。一緒にいる。それだけでいい」

「わかった」

 翌朝、野火 太一(のび たいち)須根 夫介(すね おすけ)に昨夜の話をした。

 須根 夫介(すね おすけ)はすべてを聞き終えて、しばらく目を閉じた。

「バンブーコプターは、ニャえもんから物理的に切り離せない、ということか」

「そう思う。試しに蔵に埋めてみるつもりだが、戻ってくるかもしれない」

「だとすれば」須根 夫介(すね おすけ)は言った。「ニャえもん自身が内側から使わせないと決めることが、一番強い制約だ。ただし今の『よくわからないから』という理由は、いつか揺らぐ。もっと強い動機が必要だ」

「どんな」

「ニャえもんが一番大切にしているものを守るために、という動機だ」須根 夫介(すね おすけ)は言った。「それが何かは——お前が言った方がいい」

 その夕方、野火 太一(のび たいち)は見張り台でニャえもんに聞いた。

「ニャえもんが一番怖いことって、何だ」

「誰かが傷つくこと。わたしのせいで」ニャえもんは言った。少し間があった。「……お前がいなくなること」

「俺が?」

「お前が来なくなったら、毎朝誰も来なくなる。そうなったら——またわたしがわたしかどうかわからなくなる」

「バンブーコプターを誰かに使わせて、もし何か悪いことが起きたら」野火 太一(のび たいち)はゆっくりと言った。「俺は、ニャえもんのそばにいられなくなるかもしれない」

 ニャえもんは長い時間、動かなかった。

「……怖い」小さな声で言った。「それは、怖い」

「だから」野火 太一(のび たいち)は言った。「使わせないことは、俺のためでもある。俺とニャえもんが一緒にいるために」

「わかった」ニャえもんは言った。「使わせない。何があっても。約束だ」

 二人で丘から城に戻る途中、野火 太一(のび たいち)は言った。

「バンブーコプターを、俺が預かりたい。ニャえもんの体から取り出せるか試してみたい」

「試してみる」

 ニャえもんが収納庫からバンブーコプターを取り出した。野火 太一(のび たいち)が両手で受け取った。一分が過ぎた。五分が過ぎた。

「戻ってこない」ニャえもんは言った。驚いたように。

「俺が持っておく」

「……頼む」

 野火 太一(のび たいち)はバンブーコプターを懐にしまい、その日の昼、城の蔵の床板の下に埋めた。

 三日間は大丈夫だった。十日目の夜、バンブーコプターは蔵から消えて、ニャえもんの胸の収納庫に戻っていた。道具というのは、そういうものだった。

 それから七日間、バンブーコプターは使われなかった。

 七日間、野火 太一(のび たいち)とニャえもんは毎朝、見張り台で並んだ。武は歌い、須根 夫介(すね おすけ)は計算し、静香は女たちとともに働いた。

 十七日目の朝、須根 夫介(すね おすけ)が言った。

「動く時が来た。信長の軍が、この城を目標に動いている。勝ち目はない。われわれはここを出る必要がある」

 その日の午後、五人は城を出た。

 玄蕃は門のところでニャえもんを見て、「また来い」とだけ言った。

 子供の小四郎が走ってきた。

「ニャえもん、行くの?」

「行く」

「また来る?」

「わからない。でも、覚えている」

「俺のことを?」

「お前が笑った顔を」

 小四郎が泣き出した。ニャえもんがしゃがんで、頭に手を置いた。

「泣くな」

「だって」

「元気でいろ」

 小四郎がこくりと頷いた。ニャえもんが立ち上がった。

「行こう」野火 太一(のび たいち)は言った。

「ああ」

 五人は歩き始めた。ニャえもんの胸の収納庫の中に、バンブーコプターは眠っていた。誰も、その本当の危険を知らないまま。知らないまま、歩いた。そして——知らないまま、あの夜を迎えることになる。

第三話「バンブーコプター」 了

バンブーコプターについて補足する。本来この道具は、頭に装着するとプロペラが回転して空を飛べるはずのものだった。ニャえもんはこれを使って飛べる。人間が使えるかどうかは、この時点でまだ誰も知らなかった。知らないことが、どれほどの意味を持つかについても、当然ながら、誰も知らなかった。開発者はこの欠陥に気づいていたのか、いなかったのか。気づいていたとすれば悪意であり、気づいていなかったとすれば過失である。どちらにせよ、結果は同じだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ