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のび太一は死んだ  作者: 伝説の男前
第三幕:天下への道と極悪の終焉

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第十八話「天下、拾い申す」

 使いが来たのは、翌朝だった。信長の残存勢力からの使いだった。

「我が方の大将が、降伏を申し出ております」

「信長は」玄斎は言った。

「……信長様は、お亡くなりになりました」使いは言った。声が、かすれていた。

 広間が静まった。「確かか」

「確かです。昨夜、確認いたしました」

「わかった。返答は、午後に出す」

 使いが下がった後、玄斎が須根 夫介(すね おすけ)を見た。

「本物だと思います。あの使いの震えは、演技ではない」

「信長が死んだ。……戦が終わった」

「今日のところは。信長の後継を巡って、また別の動きが出てくるかもしれません」

「それは、後で考える。今日は——今日だけは、この事実を受け取る」

 その日の午後、玄斎は降伏を受け入れた。信長の残存勢力が、玄斎の傘下に入ることを条件として。

 夕方、武次郎が来た。「雷岸 武の名が、もう広まっている。歌で天下を取った男、と」

「早い」須根 夫介(すね おすけ)は言った。

「戦場には、多くの目がある。武が山の麓で歌っていた。信長の兵士が立ち止まった。その後、信長が倒れた。見ていた者たちが、繋げた」

「繋げた、か」

「人間は、点と点を線で繋ぐ。見えなくても、繋ぐ」

 廊下で、武が待っていた。

「聞こえていた。信長が死んだ」

「そうだ」

「戦が終わった」

「今日のところは」

「俺は、何かをしたのか」武は言った。

「した。信長の軍の士気を削いだ。人を集めた。前線を揺るがした。それはした。でも——信長を倒したのは、誰でもない。誰でもないが——ニャえもんがそこにいたから、起きた。武が知っている通りだ」

「でも、俺の名前が残る」

「残るかもしれない。歌で天下を取った男、として」

 武はしばらく黙った。

「俺、天下を取ったのか」

「取っていない。ただ、そういう話になるかもしれない」

「英雄になるのが、嫌だ」武は言った。「俺がしていないことを、したことにされるのが」

「わかっている。物語は、真実より強い。でも——英雄にされた人間が、自分は英雄じゃないと知っていることは、珍しい。普通は、英雄にされると、自分が英雄だと思い始める。武はそうならない。野火 太一(のび たいち)とニャえもんのことを知っているからだ。あの二人が何をしたかを知っていれば、俺が英雄だなんて思えない。だから——武が一番ふさわしい」

「何が」

「この名前を持つことが。英雄にされた者の中で、最もその名前を重く感じている者が、その名前を持つ。それが最善だ」

 その夜、武は城壁に上がった。一人で。

「天下を取ったらしい、野火 太一(のび たいち)」空に向かって言った。「俺がしたのは——歌っただけだ。怖くて、追い詰められて、歌っただけだ。でも、そういうことになった。歌で天下を取った、と。どこかで誰かが言い始めた」

 星が動いていた。

「ニャえもんも、野火 太一(のび たいち)も、いない。それだけが、はっきりしている」

 武は歌い始めた。誰にも聞かせるためではなかった。野火 太一(のび たいち)のために歌った。ニャえもんのために歌った。それだけのために、歌った。

 須根 夫介(すね おすけ)は城壁の下から、その声を聞いた。計算が来なかった。ただ聞いた。これが何かを変えるかどうかは、わからなかった。でも——今、ここで武が歌っている。それだけが、確かだった。

 翌朝、Davidたちが城に来た。全員で来た。

 Davidが何かを言った。英語だった。でも——声の質で、須根 夫介(すね おすけ)にわかった気がした。「帰る」と言っているのだと思った。

 須根 夫介(すね おすけ)は絵を描いた。家の絵に、矢印が向いている絵。Davidが見て、頷いた。

「帰るのか」Davidが頷いた。

「俺たちも帰れるか」Davidはしばらく考えた。首を横に振った。でも——申し訳なさそうな顔で、横に振った。「わからない、ということか」Davidが頷いた。

 須根 夫介(すね おすけ)は一枚、新しい絵を描いた。人間が二人、並んで立っている絵だった。片方が手を上げていた。もう片方も手を上げていた。二人の間に、線があった。それだけの絵だった。

 Davidはその絵を見た。須根 夫介(すね おすけ)を見た。何かを言った。声が、穏やかだった。

「わかった。行ってくれ」

 Davidたちが野原に出た。五機が順番に動き始めた。野原を走った。離陸した。空に上がった。旋回した。

 Davidの機体が、城の上を通過した。低く、ゆっくりと通過した。翼を、わずかに傾けた。左に。右に。それだけだった。それから——上昇した。急速に上昇した。雲の中に入った。見えなくなった。

 他の四機も続いた。雲の中に入った。見えなくなった。轟音が遠くなった。消えた。静寂が来た。

 武が空を見ていた。「帰れたかな」

「わからない。でも——行った」

「……行ったな」

 しばらく、二人とも黙った。空を見た。轟音の余韻が、どこかにまだあるような気がした。やがてそれも消えた。戦国の空が、また戻ってきた。広い、静かな、戦国の空が。

「俺たちは、どうする」

「ここにいる。今は、ここにいる。帰る方法がわかった時に、考える。今はここで、やることがある」

 その日の夕方、玄斎が全員を集めた。玄斎が話した。

「信長が倒れた。戦が終わった。この時を、誰が作ったか。多くの者が動いた。その中で——雷岸 武の名を、俺は一番に挙げたい」

 武は固まっていた。

「武が歌った」玄斎は言った。「怖くて、追い詰められて、それでも歌い続けた。その声が、人を動かした。この城に人が集まったのも、信長の軍の士気が落ちたのも、武の声がなければなかった」

「玄斎殿」武は言った。「俺は——信長を倒していません」

「そうだな。お前が直接倒したとは、俺も言っていない」

「でも、人はそう思う」

「思うかもしれない。ただ——武よ、一つ聞く。お前が歌わなければ、今日があったと思うか」

「……」

「お前が歌ったから、人が集まった。人が集まったから、動けた。動いたから、今日がある。それは事実だ」

「……わかりました」

「お前が歌ったことは事実だから」

「それで十分だ」玄斎は言った。

 広間が終わった後、武は須根 夫介(すね おすけ)に言った。

「重い。名前が。天下を取った男、という名前が付いてくる。でも俺は——そんな男じゃない」

「そんな男じゃないが、その名前を持つ男になった。武はその違いを知っている。それが、武が普通の英雄と違うところだ」

「ニャえもんと野火 太一(のび たいち)のことを知っているから、英雄だなんて思えない」

「そうだ。だから、武が一番ふさわしい」

「俺は歌いたい」武は言った。「英雄でも、天下人でも、そういうことじゃなくて——人が悲しんでいる時に、怖がっている時に、そばで歌いたい」

「わかった。武は歌うだけでいい。それ以外のことは——俺がやる」

「俺の歌を使って、お前が計算する。昨日今日の話じゃないな」

「そうだな。最初からそうだったかもしれない」

「……野火 太一(のび たいち)がいたら、何と言うかな」

「大丈夫だよ、と言うと思う。あいつは、いつもそう言った」

 その夜、武は城壁に上がった。須根 夫介(すね おすけ)もついてきた。

「一緒に上がっていいか」

 武は少し驚いた顔をした。「須根 夫介(すね おすけ)が城壁に来るのか」「たまには来る」「来なかっただろ、今まで」「今日は来たい」

 武は少し笑った。「来い」

 二人で城壁に上がった。夜の城下が見えた。

「ニャえもんがいたら」武は言った。「今夜ここで、何と言うかな」

「……寂しいな、と言うかもしれない。でも——今夜、ニャえもんがここにいたとしたら、寂しくはないかもしれない。俺たちがいるから。ニャえもんがそばにいるために作られた存在なら——そばにいる者がいれば、寂しくない」

「俺たちが、ニャえもんのそばにいた」

「そうだ。だから——大丈夫だったと思う。最後は」

 二人はしばらく、何も言わなかった。星が動いていた。風が吹いていた。戦が終わった夜だった。

 武が言った。

野火 太一(のび たいち)。天下、拾い申した」

 静かな声だった。「拾ったつもりはなかったけど——拾ったらしい。お前がいたら、どう言うかな」

野火 太一(のび たいち)は笑っていたと思う」須根 夫介(すね おすけ)は言った。「困ったような、嬉しそうな顔で」

「根拠は」

「ない。でも、そう思う」

「そうだな。根拠はなくていい」

 二人はしばらく空を見た。計算しなかった。ただ、見た。ただ、ここにいた。

十一

 夜が深くなった。武が「眠る」と言って降りた。須根 夫介(すね おすけ)だけが、城壁に残った。

野火 太一(のび たいち)須根 夫介(すね おすけ)は言った。声に出した。「お前が言っていたことを、俺は覚えている。全部覚えている。お前から感染した。根拠のないことを言えるようになった。計算が止まっても動けるようになった。信じることが、計算の前に来るようになった」

 星が動いていた。

「武が言っていた。お前から感染した、と。俺も感染した。武から、ニャえもんから——そして一番は、お前から」

 須根 夫介(すね おすけ)は城壁を降りた。部屋に戻った。横になった。目を閉じた。眠った。

第十八話「天下、拾い申す」 了

「天下を取る」と「天下を拾う」は違う。取るのは意志であり、拾うのは偶然である。雷岸武は天下を取ったと言われているが、本人は「拾っただけだ」と言った。拾い物というのは、拾った本人より、それを捨てた者の話の方が、たいてい面白い。捨てた者は、もういない。


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