第十七話「誤爆」
一
信長が後退してから、三日が経った。
一日目。信長の本陣で、何か議論が起きているという。
二日目。現代兵器を持つ者たちの間で、動揺が広がっているという。
三日目の朝。太兵衛が城に来た。「信長様が、自ら南の野原に出るという話を聞きました。F-22を取り戻しに来るという話です」
「信長が、自らF-22のある場所に来る」
「そう聞きました」
須根 夫介は玄斎に報告した。「信長が動くかもしれません。ただし——本陣から出てくる方向が、F-22のある場所に向いている。北の野原に向かってくる。信長という人間は、怒っていれば、大軍で来るかもしれません」
「どちらだと思う」
「わからない。ただ、動くなら今日だと思います」
「準備する」
二
Davidに伝えた。絵で。城の中に入る絵。
Davidがそれを見て、首を横に振った。F-22を指した。頷いた。
「F-22から離れたくない」須根 夫介は言った。「そういうことか」
Davidが頷いた。須根 夫介は考えた。Davidにとって、F-22は乗り物だけではないのかもしれなかった。F-22の側面に書かれた家族の名前を、Davidは指で撫でた。F-22は、故郷への繋がりだったのかもしれない。
「わかった。ただし——信長が来た時、一緒にいるのは危ない」
須根 夫介は絵を描いた。信長らしき人物が来る絵。そのそばに、Davidが立っている絵。危険の記号。
Davidが絵を見て、しばらく考えた。それから、仲間に向かって何かを言った。仲間たちが話した。やがてDavidが頷いた。
「城の中に入る、ということか」
またDavidが頷いた。
三
その日の昼過ぎ、信長の動きがあった。
「南から、信長の軍が動いています」「信長様の旗が、先頭に出ています」
「信長が自ら来る」玄斎は言った。「F-22のある場所へ向かって」
玄斎の軍が動いた。北の野原に展開した。F-22が並ぶ野原の前に、玄斎の軍が立った。武が、野原の端に立った。源七郎が護衛についた。
南から、旗が来た。信長の旗だった。その後ろに、兵が続いた。数は、前の戦より少なかった。でも——整然としていた。乱れがなかった。
信長の旗の下に、一人の人物がいた。馬に乗っていた。その動き、馬の上での姿勢、全体の雰囲気が、他の者とは違った。
「信長だ」玄斎は言った。静かに、でも確信を持って。
四
両軍が対峙した。F-22が並ぶ野原を挟んで。
武が歌い始めた。野原の端から、声を出した。今日は最初から声が届いた。野原は広かったが、山がなかった。音が、まっすぐに広がった。
信長の兵士たちの耳に、届いた。信長の馬が動いた。前に出た。F-22の方向に向かって、馬を進めた。
「信長が来る」玄斎は言った。
信長の馬が、F-22の前に来た。信長が馬を止めた。F-22を見上げた。何かを言っているようだった。怒鳴っているようだった。でも、F-22は動かなかった。当然だった。Davidたちは城の中にいた。
信長が振り返った。後ろにいる兵士たちに向かって、何かを叫んだ。兵士たちが動いた。現代兵器を持つ兵士たちが、前に出た。M16を構えた。玄斎の軍に向けた。
須根 夫介は計算した。現代兵器が来る。煙幕の球体はもう残っていない。磁石はニャえもんが使っていた。ニャえもんは——いない。
計算が止まった。
(止まるな)
須根 夫介は自分に言った。
(今は止まるな。動け)
その時だった。音がした。F-22の一機から、音がした。
五
誰も、F-22を動かしていなかった。Davidたちは城の中にいた。他にパイロットはいなかった。でも——F-22の一機が、起動した。エンジンが回り始めた。轟音が来た。
須根 夫介は見ていた。動かしている者がいない。でも動いている。なぜだ。何が起きている。
ニャえもんの道具。胸部収納庫の中にあった道具。確認した道具の一つ——謎のカプセル。「使い方次第で、良い方にも悪い方にもなる」と言っていた。確認が取れなかったので、「使わない」と判断した道具だった。
ニャえもんが溶鉱炉に落ちた時——そのカプセルも一緒に落ちた。溶けたはずだった。でも。
F-22のエンジン音がさらに大きくなった。航空機が、野原を走り始めた。離陸しようとしていた。誰も乗っていないのに。
信長の軍が、混乱した。鉄の鳥が、誰も乗らずに動き始めた。兵士たちが叫んだ。玄斎の軍も、動揺した。
航空機が野原を走り、速度を上げていた。
六
航空機が離陸した。空に上がった。誰も乗っていない航空機が、空を飛んだ。轟音が野原全体に広がった。
信長の馬が、また暴れた。信長が必死に制した。
航空機が旋回した。低く、速く、旋回した。信長の本陣の方向に向かっていた。
武も見ていた。歌を止めて、空を見ていた。
「須根 夫介」武は声を上げた。「何が起きてる」
「わからない」
航空機が、信長の本陣の上空を旋回した。一回。二回。信長の本陣が、混乱していた。兵士たちが散り始めた。三回目の旋回の後、F-22の機体から、何かが落ちた。
七
須根 夫介は見ていた。何かが落ちた。小さかった。でも、落ちた方向が——信長の本陣だった。信長が馬に乗っている場所の、近くだった。
爆発があった。大きな爆発ではなかった。でも——確かな爆発だった。煙が上がった。
航空機が、また旋回した。今度は、北の方向に向かった。城の方向に向かった。そのまま、野原に降りた。静かに、降りた。エンジン音が、小さくなった。止まった。静寂が来た。
八
誰も動かなかった。煙の中を、須根 夫介と源七郎が確認した。
地面が、焦げていた。馬が、倒れていた。その傍らに、人が倒れていた。顔を見た。動かなかった。呼吸を確認した。なかった。
「信長か」源七郎は言った。小声で。
「そうだと思います」須根 夫介は言った。「ただ——確認できません」
源七郎が紋を見た。「……信長の紋だ」
九
二人が戻った。玄斎が待っていた。
「信長が、倒れています。息はありません」
「確かか」
「確認できません。ただ——信長の紋の着物を着た者が、倒れています。息がありません」
「F-22から、何かが落ちた」玄斎は言った。
「そうです。誰が落としたかは——わかりません。Davidたちは城の中にいます。F-22を動かせる者は、いないはずです」
「……ニャえもんの道具か」玄斎は言った。
「そうかもしれません。ニャえもんが持っていた道具の中に、『使い方次第で大きな結果をもたらすもの』があると、俺は聞いていました。それが、溶鉱炉の熱の中で何かを起こした可能性があります」
「溶鉱炉の熱で、道具が動いたか」
「わかりません。わからない、ということしか、今は言えません」
信長の兵士たちが、煙の中を確認し始めた。声が上がった。悲鳴のような声だった。それが、信長の軍全体に広がった。旗が、動いた。後退を始めた。信長が倒れたという情報が、軍の中を走った。それだけで、軍は動けなくなった。
十
信長の軍が南へ去った。旗が、遠くなった。やがて見えなくなった。野原に、静寂が来た。
武が来た。
「終わったか」
「わからない」
「信長は」
「倒れている。息がなかった」
武は固まった。「死んだのか」
「確認できていない。でも——倒れていた。それだけが、確かだ」
「誰が動かした」武は言った。「航空機を。誰も乗っていないのに、動いた」
「わからない。ただ——ニャえもんの道具が関係しているかもしれない。確認できない」
Davidたちが城から出てきた。航空機が動いたことに、気づいていた。Davidが須根 夫介に近づいた。声が、震えていた。驚いているのだった。誰も動かしていない航空機が動いた。Davidにも、説明がつかなかった。
十一
その日の夕方、須根 夫介は一人で崖に来た。ニャえもんが落ちた崖だった。
「ニャえもん」須根 夫介は言った。「お前の道具が、動いた。意図したのか、しなかったのか、わからない。ただ——動いた」
川の音がした。
「信長が倒れた。お前の道具が関係しているかもしれない。確認できない。でも——そうかもしれない」
須根 夫介はしばらく崖の端に立っていた。
「ニャえもん、お前は最後まで、意図して誰かを傷つけようとしなかった。それは確かだ。今回のことも——意図したことではないと、俺は思う。ただの誤爆だったかもしれない。カプセルが熱の中で何かを起こした。航空機が動いた。信長の本陣に何かが落ちた。信長が倒れた。それだけかもしれない」
須根 夫介は崖の端から離れた。城に向かって歩いた。
信長が倒れた真実を、誰が知っているか。須根 夫介だけが、ニャえもんの道具のことを知っていた。信長の軍は、鉄の鳥が信長を倒した、と思っているかもしれない。あるいは——神が信長を罰した、と思うかもしれない。歴史に残るのは、何になるか。須根 夫介には、それがわかった。
十二
夜が更けた。武が眠った。源七郎も眠った。須根 夫介だけが、起きていた。廊下の端に座った。ニャえもんがよく座っていた場所だった。
航空機を動かしたのは、誰か。須根 夫介の中で、一つの推測が固まっていた。ニャえもんのカプセル。溶鉱炉の熱の中で、それが何かを起こした可能性。確認できない。証明できない。でも、計算の手が、そこへ向いていた。
(この推測を——どうするか)
武に話すべきか。源七郎に話すべきか。須根 夫介はしばらく、その問いを持っていた。
答えが出なかった。今夜は、出さなくていい。今夜は、ただここにいればいい。
須根 夫介は扉を、まだ開けたままにした。いつか、話す日が来るかもしれない。その日まで、持っていく。それだけだった。
須根 夫介は眠った。
第十七話「誤爆」 了
「誤爆」という言葉について。意図しない攻撃が意図した結果をもたらすことを、人は時に「運命」と呼ぶ。ただし当事者にとっては運命ではなく事故である。信長が倒れた真実について、後世には「雷岸武の歌声が天を動かした」という記録が残っている。実際に何が起きたかを知っていた人間は、それを訂正しなかった。訂正することの意味を、よく考えたからだ。




