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のび太一は死んだ  作者: 伝説の男前
第三幕:天下への道と極悪の終焉

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第十六話「溶鉱炉」

 夜が明けた。前日の戦が終わり、信長の軍が後退し、静寂が戻ってから最初の朝だった。

 須根 夫介(すね おすけ)は眠らなかった。夜の間ずっと、城の廊下の端に座っていた。計算をしようとした。できなかった。ただ、座っていた。

 夜明けの光が、廊下の窓から差してきた。須根 夫介(すね おすけ)は立ち上がった。城の外に出た。崖の方向に歩いた。

 崖に来た。昨日、三人で立った場所だった。下を見た。溶鉱炉は、昨日より熱が落ちていた。でもまだ、熱があった。鉄が冷えかけていた。その中に——何も見えなかった。形のあるものは、何も残っていなかった。

 須根 夫介(すね おすけ)はしばらく、下を見ていた。

 ニャえもんは——最後の瞬間、何を見ていたのか。根拠はなかった。でも須根 夫介(すね おすけ)には、確信があった。野火 太一(のび たいち)の笑顔を見ていた。武が言っていた。「笑っていた、困ったような嬉しそうな顔で」と。最後の瞬間に、それが来た。来たと思う。根拠はない。でも、そう思う。

 誰かの足音が来た。須根 夫介(すね おすけ)は振り返らなかった。武だった。武が崖の端に来て、須根 夫介(すね おすけ)の隣に立った。

「来てたか」

「来ていた」

「眠れなかったか」

「眠らなかった」

「俺もだ」武は言った。

 二人で崖の下を見た。しばらく、何も言わなかった。

須根 夫介(すね おすけ)」武は言った。

「なに」

「ニャえもんは、痛かったと思うか」

「わからない。ただ——一瞬だったと思う。落ちてから、溶けるまで、一瞬だったと思う」

「ニャえもんは何を思っていたと思う」

野火 太一(のび たいち)の笑顔を見ていたと思う」須根 夫介(すね おすけ)は言った。

「確信か」

「確認できない。でも——ニャえもんが最後に見ていたのは、あの顔だったと思う。そうであってほしいと思うだけかもしれない。でも、そうだった気がする」

「俺も、そうだったと思う」武は言った。

 風が来た。川沿いの、冷たい朝の風だった。

「ニャえもん」武は崖の下に向かって言った。小さな声で。

「ちゃんとやり遂げたぞ。最後まで人を殺さなかった。俺が見てた」

 風が吹いた。静かな風だった。須根 夫介(すね おすけ)は何も言わなかった。ただ、崖の下を見ていた。熱が、だいぶ落ちていた。溶けた鉄が、固まり始めていた。もう、熱い風は来なかった。

 城に戻った。玄斎が待っていた。

「信長の軍は、さらに後退した。来ないと思う。ただ——信長はまだいる。後退しただけだ」

「わかっています」

「ニャえもんのことは——聞いた」玄斎は言った。声が、いつもと少し違った。「よく戦った。この城の者として、よく戦った」

「ありがとうございます」

 Davidが来た。須根 夫介(すね おすけ)の前に来た。何かを言った。英語だった。崖の方向を指した。須根 夫介(すね おすけ)は頷いた。Davidが胸の前で手を組んだ。

 悼む気持ちだと、須根 夫介(すね おすけ)は思った。根拠はなかった。でも、そう思った。

「ありがとう」須根 夫介(すね おすけ)は言った。Davidが頷いた。

 午前の間、城は静かだった。戦の後の静けさだった。

 武は広間の端に座っていた。誰かが声をかけた。「歌ってくれませんか。死んだ仲間のために。歌ってもらえれば——少し、楽になれる気がして」

「わかった」武は言った。立った。広間に出た。誰も集めなかった。ただ、歌い始めた。

 人が集まってきた。玄斎の家臣たちが来た。武次郎の兵士たちが来た。Davidたちも来た。

 武は歌いながら、広間を見た。全員がいた。ニャえもんはいなかった。野火 太一(のび たいち)もいなかった。でも——この場所に、確かにいたことは、変わらなかった。

 武は歌い続けた。

 歌が終わった後、Davidが武の前に来た。手を差し出した。握手の形だった。武は手を出した。Davidが握った。強く、でも乱暴ではなく。武も握り返した。何も言わなかった。言葉は通じなかった。でも、握った。それだけだった。

 須根 夫介(すね おすけ)はその様子を見ていた。計算が、少しずつ戻ってきた。信長はまだいる。後退しただけだ。次に来る前に、何かを変えなければならない。でも——今は、少し待つ。今日は、計算しなくていい日だ。今日は、ただここにいればいい。それだけで、十分だ。

 昼過ぎに、須根 夫介(すね おすけ)は一人で城の外に出た。崖の方向には行かなかった。城の北の野原に出た。昨日、鉄の鳥が着陸した野原だった。五機が並んでいた。

 須根 夫介(すね おすけ)はF-22の前に立った。でかかった。金属の体が、朝の光を受けていた。

「これが来た時」須根 夫介(すね おすけ)はつぶやいた。「計算が止まった。でも——止まっても、動けた。野火 太一(のび たいち)から感染した。計算が止まっても、動けるということを」

 Davidが野原にいた。F-22を見ていた。須根 夫介(すね おすけ)に気づいて、頷いた。須根 夫介(すね おすけ)も頷いた。

 Davidが、F-22の側面を見た。小さな文字が書いてあった。英語だった。読めなかった。でも、Davidがその文字を指で撫でた。大切なものを触るように、撫でた。

「家族の名前か」須根 夫介(すね おすけ)は言った。

 Davidは頷いた。

「帰れるといいな」須根 夫介(すね おすけ)は言った。Davidはまた頷いた。

 その日の夕方、全員が集まった。食事をした。言葉は通じなかった。でも、食事は通じた。

 武が言った。「ニャえもんのいた場所が、空いている」

「そうだな」須根 夫介(すね おすけ)は言った。

「ニャえもんがいたことは——俺たちが覚えている間は」

「覚えている」須根 夫介(すね おすけ)は言った。

「源七郎殿は」

「覚えている。短い間だったが」源七郎は言った。

 Davidが何かを言った。目を指した。次に、胸を指した。

「見ていた、ということか。ニャえもんを見ていたと」

 Davidが頷いた。

「覚えてくれているか」

 Davidは頷いた。

「ありがとう」

 夜になった。Davidたちが部屋に入った。武が城壁に上がった。須根 夫介(すね おすけ)も上がった。

「星が出ている」武は言った。

「出ている」

「戦国の空は広すぎる、って野火 太一(のび たいち)が言っていたな」

「最初の夜に」

 二人で、しばらく空を見た。城の中から、Davidの声が聞こえてきた。歌っていた。英語の歌だった。武の歌とは全然違った。別の文化の、別の言語の、別のリズムの歌だった。でも——歌だった。

「仲間のために歌っているのかもしれない」武は言った。「亡くなった仲間のために」

「そうかもしれない」

「俺と同じだ。Davidも、誰かのために歌う」

 Davidの歌が終わった。武は城壁から声をかけた。「俺も歌う。一人で歌うのは、寂しいだろうから、俺も歌う」

 武が歌い始めた。武の歌が夜の城に広がった。Davidが廊下の窓から、武を見た。それから、また歌い始めた。自分の歌を。

 二つの歌が、夜の城に流れた。別々の歌だった。言葉も、リズムも、違った。でも同時に流れた。須根 夫介(すね おすけ)は城壁の上でそれを聞いていた。計算が来なかった。ただ聞いた。二つの歌が同時に夜の城に流れていることは、昨日まではなかったことだった。それだけは確かだった。

 夜が更けた。武の歌が止まった。Davidの歌も止まった。

「武」須根 夫介(すね おすけ)は言った。

「なに」

「お前も眠れ」

「わかった。須根 夫介(すね おすけ)は?」

「もう少しここにいる」

「また眠れないのか」

「……眠れるかもしれない。今日は」

「そうか。それは良かった」

 武が城壁を降りた。須根 夫介(すね おすけ)は一人になった。

 城壁の上に立って、空を見た。

「ニャえもん」須根 夫介(すね おすけ)は言った。「お前と話した夜が、何度もあった。その夜に、俺の中で何かが変わった部分がある。計算では届かない場所に、お前の言葉が届いた。覚えていてくれるか。俺が——お前のことを覚えているように」

 風が吹いた。

「ありがとう」須根 夫介(すね おすけ)は言った。城壁を降りた。部屋に戻った。横になった。目を閉じた。眠れると思った。眠れた。

第十六話「溶鉱炉」 了

溶鉱炉について。鉄を溶かす炉。温度は千数百度。あらゆる金属を溶かす。グレーのロボットも、赤いロボットも、区別なく溶かす。溶鉱炉は公平である。人間は不公平だが、溶鉱炉は公平だ。この話に登場する道具の中で、唯一の公平な道具かもしれない。


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