第十三話「鉄の鳥たちの咆哮」
第十三話「鉄の鳥たちの咆哮」
一
信長が動いたのは、夜明け前だった。最初の知らせは斥候からだった。
「南の街道に、信長の軍が動いています。数が——数えきれません」
「玄斎殿に知らせろ。武を起こせ。全員を集めろ」
城が動き始めた。武が目を覚ました。何が起きているかを把握するより先に、体が起きていた。
「来たか」武は言った。自分に言い聞かせるように。
「来た」須根 夫介が廊下で言った。
「F-22も来るか」
「わからない。でも、準備しておけ」
武の胃の中が、冷たくなった。いつも通りの、恐怖の感覚だった。怖い。怖いけど、歌う。それだけだった。
この夜、城壁の外でニャえもんも動いていた。信長の軍が動いたことを、ニャえもんは斥候より早く知っていた。毎日空から偵察していたからだ。ただし、ニャえもんは城の中に知らせなかった。知らせる方法がなかった。城は自力で気づいた。それで十分だった。
二
夜明けが来た。空が白くなり始めた。
その時だった。音が来た。最初は雷のような音だと思った。でも違った。雷は一瞬で終わる。この音は続いた。低く、深く、轟音が空を切ってきた。
城壁の全員が、空を見た。南の空から、一つの影が現れた。おそろしく速かった。巨大な金属の体が、轟音を引きながら空を飛んでいた。
武は一瞬、動けなかった。ただ、怖かった。これまで感じたことのない種類の怖さだった。
歌っている場合か、と思った。次の瞬間、いや、だからこそ歌うんだ、と思った。
鉄の鳥が城の上空を通過した。轟音が城全体を揺らした。それでも、爆弾は落ちなかった。
「なんで爆弾を落とさないんだ」武は言った。
「わからない。Davidが、何かをしているかもしれない」須根 夫介は言った。
三
二回目の通過が来た。今度は少し低かった。城の屋根が風圧でわずかに揺れた。それでも、爆弾は落ちなかった。
その頃、城壁の外では——ニャえもんが空にいた。バンブーコプターで飛んでいた。鉄の鳥の動きを追っていた。追いつけない速度だった。でも、高度から全体を見られた。
鉄の鳥が繰り返し城の上空を通過していた。攻撃していなかった。ただ、飛んでいた。
ニャえもんは胸の収納庫を押さえた。煙幕の球体。磁石。縄。使う機会が来るかもしれなかった。来なければ、来ない方がいい。でも来れば、使う。それだけだった。
四
城下から声が来た。「信長の軍の先頭が止まりました!」
須根 夫介が身を乗り出した。「止まった?」
「旗が止まっています。信長の陣から伝令のような動きがあります」
太兵衛から聞いた話があった。昨夜、信長の陣で異人の一人が命令を拒んだ、と。鉄の鳥を飛ばす命令が出たが、一人が拒んだ。そのせいで出発が遅れた。
Davidだ、と須根 夫介は思った。Davidが信長の命令に抵抗した。それが、信長を怒らせた。怒って動いたが——鉄の鳥が爆弾を落とさないのは、Davidが乗って拒否しているからかもしれない。
その時、空に変化があった。鉄の鳥が城の上空で旋回した。旋回して、また旋回した。速度が落ちていた。城の北側の野原に向かって降下し始めた。
「着陸しようとしている」
鉄の鳥が野原に降りた。轟音とともに、着地した。止まった。コックピットが開いた。人が出てきた。大柄だった。肌の色が違った。
「David」須根 夫介は言った。
Davidが野原に立ち、城の城壁を見た。それから——手を上げた。攻撃の意思のない動作だった。
五
須根 夫介が城壁を降りた。走った。武が後を追った。
Davidが二人を見ていた。動かなかった。
「David」
「Osuke」Davidは言った。発音が怪しかったが、須根 夫介の名前を言おうとしていた。
Davidが胸のポケットから紙を出した。須根 夫介が書いた絵だった。その裏に、カタカナで「フスケ」と書いてあった。
須根 夫介は新しい絵を出した。鉄の鳥。それを囲む人々。人々が鉄の鳥とは別の方向を向いていた。その方向の先に、家の絵があった。
Davidは絵を長い時間、見た。声が震えていた。言葉はわからなかった。でも、声の質で通じた。
Davidが絵を裏返してペンで描いた。人が複数人、鉄の鳥の前に立っていた。矢印が、鉄の鳥から離れる方向に向いていた。
「仲間も降りるということか」
Davidが頷いた。指を五本立てた。
「五人か」
また頷いた。
須根 夫介は信長を描いた絵を出し、問いの記号を加えた。Davidは右手を水平に伸ばして、手のひらを下に向けた。断ち切る動作だった。
「信長と、もう関係ない、ということか」
Davidが頷いた。
六
「どういうことだ」武は言った。
「Davidたちが降りる。五人全員が、信長から離れる」
「本当に?」
「信用するしかない。今の状況で、信用しない選択肢はない」
武はDavidを見た。Davidは武を見た。武の巨体を、Davidは少し驚いた目で見た。
武は一歩前に出た。歌い始めた。鉄の鳥の轟音がまだ耳に残っている中で、武の声が広がった。静かだった。穏やかだった。
Davidが動かなかった。歌を聞いた。言葉はわからなかった。でも、Davidの目が、少しずつ変わった。ただ、聞いている目になった。
歌が終わった。Davidはしばらく動かなかった。それから、何かを言った。柔らかい声だった。
「なんと言ったんだ」武は須根 夫介に言った。
「わからない。でも——良い声だったような気がする」
「信じる」武は言った。「良い声だったと、信じる」
七
その日の午後、五人全員が降りてきた。鉄の鳥を野原に並べて置いた。
Davidの後についてきた仲間たちは、野原に立ったまま、しばらく誰も動かなかった。須根 夫介には、その沈黙が何を意味するかが、少しわかった。軍人として命令に背いた。帰る方法も約束されていない。残る故郷も、戻る未来も、今この瞬間には何もない。それでもここに降りてきた人間たちの、静かな重さが、その沈黙の中にあった。
夜、武が歌った。Davidたちは黙って聞いていた。歌の途中で、一人が何かを言った。別の一人が笑った。小さな笑いだった。
「今日の結果は——どう見ている」武は須根 夫介に言った。
「Davidたちが信長の元を離れた。これは大きな変化だ。ただ、信長はまだいる。地上軍はまだいる。何も解決していない。でも——変わった。Davidたちが降りてきた。武の歌を聞いた。今、同じ場所にいる。それは昨日までなかったことだ」
「一歩、進んだ」
「一歩だ。ただの一歩だ。でも、一歩は一歩だ」
武が須根 夫介を見た。「須根 夫介、お前——野火 太一に似てきた」
「そうか」
「根拠のないことを言い始めた」
「計算できないことが増えた。感染したのかもしれない」
武が笑った。「野火 太一から、か」
「そうかもしれない」
八
その夜、武は城壁に上がった。一人で、空を見た。
「野火 太一」武は小声で言った。「今日、鉄の鳥が来た。怖かった。でも歌った。Davidが降りてきた。どうにかなってる。まだ終わってないけど」
星があった。
「大丈夫だよ、って言ってくれよ」武は言った。
何も聞こえなかった。でも——武は、聞こえた気がした。それで十分だった。
城壁の外の森で、ニャえもんはその夜も単独でいた。武の歌が城の中から聞こえていた。今日、何かが変わった。それだけはわかった。
第十三話「鉄の鳥たちの咆哮」 了
今回登場する航空機について補足する。F-22ラプター(最高時速約1,960km、ステルス機能あり、地上からほぼ見えない)。F-15EXイーグル・ツー(爆弾搭載量最大13トン、城壁など一瞬で消える)。AH-64アパッチ(攻撃ヘリコプター、低空飛行、村への奇襲に最適)。SR-71ブラックバード(最高時速約3,500km、偵察専用、飛んでいるのに気づいた時にはもういない)。これらが戦国時代の空に現れた時、地上の人間には説明のしようがなかった。残っているのは「鉄の鳥が消えた日、歌声が聞こえた」という断片的な証言だけである。




