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のび太一は死んだ  作者: 伝説の男前
第二幕:それぞれの戦国

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第十二話「David」

 信長の動きが、止まっていた。南から来る情報では、信長が玄斎の城への攻撃を保留しているらしかった。

 止まっている。なぜか。須根 夫介(すね おすけ)は計算した。信長の内部で、何かが起きているかもしれない。

 この時、須根 夫介(すね おすけ)が商人の太兵衛を通じて信長の軍の異人たちにメッセージを送っていたことは、武も玄斎も知らなかった。

 太兵衛との接触は、三週間前のことだった。城の女たちの中に、太兵衛の妻——お梅という女性がいた。須根 夫介(すね おすけ)はお梅が夫について話すのを廊下で偶然聞き、太兵衛が信長の軍への荷運びをしていることを知った。

「信長殿の陣営に、個人的な手紙を届けていただけないでしょうか。異人の方——肌の色と髪の色が我々と違う方です」

「断ることもできますよ」太兵衛は言った。

「もちろんです。断るなら、知らなかったことと同じにしていただきたい。あなたを守りたい。知っていることには、責任が伴います」

 太兵衛は長い時間、須根 夫介(すね おすけ)を見た。「面白い人ですね。引き受けましょう。変わった仕事の方が、記憶に残る」

 須根 夫介(すね おすけ)は手紙を書いた。文字ではなかった。絵だった。

 地球を描いた。丸い星に、大陸の形。二つの矢印——過去から現在へ、現在から別の場所へ。二人の人間——戦国の兵士と、鉄の鳥と並んで立つ人間。問いの記号。最後に、手をさしのべる姿。

 太兵衛が手紙を運んだ。三日後、太兵衛が戻ってきた。

「届けました。受け取った方の顔色が変わった。何度も見ていた。仲間を呼んで、一緒に見ていた」

「一言だけ、日本語で言いました。一人が」

「なんと言ったか」

「帰りたい、と」

 須根 夫介(すね おすけ)は動かなかった。「それと——返事の紙を渡されました」小さな紙だった。数字と記号が書かれていた。

 数字と記号を、須根 夫介(すね おすけ)は夜通し考えた。分解した。組み合わせを変えた。並べ直した。夜明け前に、一つの解釈に辿り着いた。三日後。東の山の裾野。夜明け前。

 須根 夫介(すね おすけ)は城を出た。一人で出た。武には言わなかった。武が知れば「俺も行く」と言う。武が城を離れれば、士気が下がる。

 東の山の裾野へ向かった。裾野に出た。誰もいなかった。風が吹いていた。冷たかった。空が白み始めた。

 帰ろうとした時、音が聞こえた。枝を踏む音だった。木の陰から、人影が現れた。大柄だった。肌の色が違った。髪が短く、茶色だった。

 男は須根 夫介(すね おすけ)を見た。須根 夫介(すね おすけ)は男を見た。どちらも動かなかった。男が手を上げた。攻撃の意思のない動作だった。須根 夫介(すね おすけ)も手を上げた。男が自分の胸を指した。

「David」

須根 夫介(すね おすけ)須根 夫介(すね おすけ)は自分の胸を指して言った。

 言葉が通じなかった。須根 夫介(すね おすけ)は絵を出した。地球。矢印。二人の人間が向かい合う絵。そして——家の絵に向かう矢印。帰る、という意味だった。

 Davidがそれを見た。長い時間、見た。目が、揺れた。

 須根 夫介(すね おすけ)はもう一枚出した。天秤の絵だった。一方に鉄の鳥。もう一方に家。天秤が、家の方に傾いていた。

 Davidが見た。長い時間、見た。やがて何かを言った。英語だった。一言もわからなかった。男が自分の目を指して、須根 夫介(すね おすけ)を指して、頷いた。

 どれかはわからなかった。でも——男の目が、最初より穏やかになっていた。

 城に戻った。武に話した。

「一人来た。Davidという名前だった。絵で話した」

「なんで一人で行ったんだ」武は言った。声が低かった。

「武が城を離れれば、士気が下がる」

「俺に言えよ」

「言えば、ついてきた」

「……来るだろうな」武はため息をついた。「で、どうだった」

「帰りたいという気持ちがあることは確認した。ただし——一度来た。それは変わらない」

「仲間に話すかもしれない」

「期待している」

 武はしばらく黙った。「野火 太一(のび たいち)が最初に手を差しのべたな。俺たちに」

「そうだ」

「今度は、お前が差しのべた。お前らしくない」

「らしくないか」

「計算じゃなくて、気持ちで動いてる感じがした。あの絵、計算で描けるものじゃない」

 須根 夫介(すね おすけ)は黙った。「……そうかもしれない」

 それから数日が経った。信長の動きが止まった、という情報が届いたのは、その頃だった。

「Davidが関係しているかもしれない」須根 夫介(すね おすけ)は源七郎に言った。「空軍の中で何かが起きているかもしれない。止まっている間に、準備する」

「ニャえもんに、伝える方法はあるか」

「ない」須根 夫介(すね おすけ)は言った。即座に。「ニャえもんは単独だ。こちらから連絡する手段がない。ただ——向こうが信長の軍を攪乱し続けていれば、それだけでいい。連携しなくても、結果として同じ方向を向いている」

「それで十分か」

「今は、十分だ」

 その夜、須根 夫介(すね おすけ)は一人で城壁の上に立った。武の歌が城の中から聞こえていた。

「ニャえもん」須根 夫介(すね おすけ)は小声で言った。「信長の動きが止まっている。お前の仕事が効いているかもしれない。Davidという男と話した。絵で話した。帰りたいと言っていた。俺たちも最初、帰りたかった。今も、帰れるなら帰りたい。でも今はここでやることがある。お前も、そうかもしれない」

 森は暗かった。何も動かなかった。

「続けてくれ」須根 夫介(すね おすけ)は言った。「お前が外を抑えてくれれば、俺は内を動かせる」

 それだけ言って、城壁を降りた。

第十二話「David」 了

Davidデイヴィッドという名前について。この男が何者で、どんな経緯で戦国時代に来たのかは、記録に残っていない。残っているのは、絵を見て目が揺れた、という一点だけだ。感情は、言語を超えることがある。言語を超えた感情が歴史を動かすことも、たまにある。たまに、である。

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