表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『AIでいい』と言われたので、本当に何もしなくなったら職場が壊れた  作者: そらのことのは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/7

第2話 誰も、締めなかった

九時三分。


佐伯由奈は、自分のデスクでコーヒーを飲みながら、何となくフロアを眺めていた。


始業前の、少しだけ緩い時間。


朝倉陽菜がバッグを椅子にかけながら、明るい声で言った。


「おはようございます! 今日もいい天気ですね」


「おはようございます」


何人かが返事をする。


いつもの光景。


陽菜が来ると、フロアの空気が一段階明るくなる。


由奈はそれを当たり前だと思っていた。



九時十分。


朝礼前の、中途半端な時間。


「そういえば皆さん、昨日の深夜にやってた『マニアック探検隊』って番組見ました?」


陽菜が振り返りながら言った。


楽しそうな顔。


「深海魚の特集だったんですけど、ナレーションの人がやたらテンション高くて。一人で見てて、めっちゃ笑っちゃいました」


「番組ですか?」


中島ひかりが顔を上げる。


「見てないです、私」


「そうですか」


陽菜の笑顔が、少しだけ止まった。


由奈も見ていない。深夜一時過ぎの番組なんて、普通は見ない。


こういう時、いつもなら——


『ああ、四チャンネルのやつですよね。少し見ましたけど、あのナレーション独特でしたね』


誰かが、そんなふうに拾ってくれる。


由奈は無意識に、水瀬湊の方を見た。


湊は手元の書類を見ている。


何も言わない。


ペン先が紙を滑る音だけが聞こえた。



「えっと……」


陽菜が続けようとした。


「最近、深夜番組って面白いのが多くて。配信でも見られるし」


「へえ」


ひかりが短く返す。


それだけ。


誰も続けない。


一秒。


二秒。


――長い。


由奈は画面を見た。見ているフリをした。


この沈黙が自分のせいになるのが嫌だから。


五秒。


六秒。


陽菜が「あはは」と笑った。


でも誰も笑い返さない。


八秒。


九秒。


十秒。


「……私だけですね、そんなの見てる暇人」


陽菜が自虐で落とそうとした。


いつもなら、ここで誰かが否定してくれる。


『朝倉さんは忙しいのに、よく時間作りますよね』とか。


『たまには息抜きも必要ですよ』とか。


でも今日は、誰も何も言わなかった。


「……そうですね」


ひかりが、気まずそうに返した。


それで、会話が死んだ。



朝礼が始まった。


田中部長の短い話。


営業の進捗共有。


特に問題なく終わる。


でも由奈の頭には、さっきの十秒が残っていた。


なんか、変だった。


席に戻りながら、陽菜を見る。


陽菜はどこか戸惑ったような顔でPCを開いていた。


いつもなら朝礼後も、少し雑談の余韻がある。


今日は、キーボードの音だけ。


由奈は湊を見た。


湊は書類を整理している。


前より、静かに。


でも、それがやけに目についた。


前は、もっと何か言ってた気がする。



十二時。


休憩スペースで陽菜とひかりが弁当を開けている。


「今日の午後、例の案件の打ち合わせなんですよね」


陽菜が言う。


「大変ですね」


ひかりが返す。


「相手の担当者、ちょっと細かい人で」


「あー、そういう人いますよね」


「数字の根拠とか、やたら聞いてくる」


「面倒ですね」


陽菜が何か言いかけて、やめた。


そこで、会話が止まった。


由奈はサンドイッチを食べながら待った。


いつもなら、ここから話が広がる。


『そういう人には事前に資料を多めに用意しておくといいですよ』とか。


『前もそんなことがあって』とか。


誰かが続きを出してくれる。


でも今日は、「面倒ですね」で終わった。


陽菜がお茶を飲む音。


ひかりがスマホを見る音。


それだけ。


誰も、続けなかった。



十四時。


「眠いですね」


ひかりが伸びをしながら言った。


「わかる」


陽菜が返す。


「昼食後って、どうしても眠くなりますよね」


「ですね」


また、そこで止まった。


由奈はプリンターから戻りながら、その会話を聞いていた。


ここで誰かが何か言う。


『コーヒー飲みます?』とか。


『少し外の空気吸いに行きましょうか』とか。


小さな提案で、場を動かしてくれる人がいたはず。


でも今日は、「ですね」で終わった。


陽菜が画面に向き直る。


ひかりもキーボードを打ち始める。


会話が、消えた。


由奈は自分の席に座りながら、湊を見た。


湊は電話のメモを整理している。


丁寧に、静かに。


何も言わない。


あれ?



十八時。


「今日、なんか疲れました」


陽菜が帰り支度をしながら言った。


独り言のように。


「忙しかったですか?」


由奈が聞く。


「忙しいっていうか……なんか、調子が出なくて」


「そういう日、ありますよね」


――それ以上、何を言えばいいのか、わからなかった。


陽菜が少し安心したように笑った。


「じゃあ、お疲れ様でした」


「お疲れ様です」


陽菜が出て行く。


由奈はバッグを持ちながら、フロアを見回した。


湊がまだ残っている。


書類を揃えて、引き出しにしまっている。


ただ、それだけ。


でも由奈には、その「それだけ」が気になった。


何かが、変わった。


何が変わったのか、まだわからない。


でも確かに、何かが変わった。


「お疲れ様です」


「お疲れ様でした」


湊はいつも通りの声で返した。


いつも通りすぎて、


由奈は廊下を歩きながら、もう一度「変だな」と思った。


でも、何が変わったのかを考えた瞬間、


由奈は無意識に湊の席を思い浮かべていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

面白いと感じていただけましたら、リアクションや評価、

ブックマークで応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ