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ヨアヒムの中の木之内

 私は次に、ヨアヒムのこれまでの人生を聞いた。

 小玉が「木之内には那波以上に怒ってる」「苦労させる」と言っていただけあって、ヨアヒムの子供時代は壮絶な人生だった。


 ヨアヒムは、本名をライロック・ブレイド・ソードナイトと言い、ソードナイト王国の第三王子として生まれた。

 生まれた時から国の政情は不安定で、日常茶飯事で暗殺者と鉢合わせていたそうだ。


 ヨアヒムが10歳の時、木之内は彼に接触して、木之内に協力するならヨアヒムに力を貸すと誘った。

 許可を得てヨアヒムに自分を組み込んだ木之内は、持ち前の天才的な人誑し能力を駆使してクーデターを支援する資産家達を味方に引き込んだ。

 第三王子ゆえに帝王学を学んでいないヨアヒムの代わりに、聞いたことが無いからよく分からないけどスゴイ家の後継ぎとして帝王学を学んでいた木之内が、大人を相手取って人心を掌握し、遂にはクーデターの芽を潰すことに成功した。


 だが、木之内はやり過ぎた。

 ヨアヒムは第三王子なのに、天才ぶりを発揮し過ぎた。

 第一王子の側近達にとって、今度はヨアヒムが『クーデターを起こすかもしれない脅威』になってしまった。

 ヨアヒムには、そんなつもりは全く無くて、ただ大切な家族を守りたかっただけなのに。


 自分が国に居ると争いが起きる。

 そう考えたヨアヒムは、名前と身分を偽り国を出た。

 腕一本で生計を立てられるように、魔法や戦闘術を磨きながら過酷な旅を続ける内に、少年時代とは顔付きも体付きも変わり、ソードナイト王家で何代かに一人生まれる『王者の黒』と呼ばれる珍しい黒髪が鮮やかな青色に変貌した。

 黒髪のせいで第三王子にもかかわらず、生まれた時から悪目立ちして刺客を放たれ続け、国を出た後も人目を忍んでいた。


 青い髪に銀の瞳ならば、噂になるほど珍しくもない。

 ようやく人目を避けずに暮らせる。

 冒険者稼業で金は十分持っていた。

 彼は現在の『ヨアヒム・バルト』という外国の子爵の名前を買って、寄付金を積んでフォレスタリア貴族学院に入学した。


 ヨアヒム君。今年16歳だよね?

 お姉さん、涙が出そうなくらい濃い人生なんだけど。


 これは、木之内じゃなきゃ無理だ。

 天性の人誑しだから、一見いい人そうに見えるけど。

 友人には優しい彼は、人を人とも思わずに生きることができるメンタルの強さがある。

 人を人とも思わない分、彼は必要であれば自分自身も何処までも追い込める。

 目的のために手段を選ばないを地で行ける男だ。


 けど、さすがに小玉も、ここまで凄絶だとは思わなかったんじゃないかな。

 小玉は怒らせちゃダメな人だけど、仲間には結局甘いんだ。

 最終的にはフェルにも絆されて主導権を取り返されたし。


「ところで、小玉が木之内に対して物凄く怒ってたけど、なんで?」


 私が訊くと、ヨアヒムは覚悟を決めたように話し始めた。


「君を殺した男だけど。あれは俺の祖父の私生児だ。君が殺されてから祖父を締め上げて吐かせたんだけど。最初に会社に持ち込んだラノベも、祖父の力で出版していた」


 あぁ。資源の無駄も甚だしい駄作か。


「奴は祖父の権力でうちの会社に無理矢理入ろうとしたけど、才能が無いから俺も断固拒否した。試用期間後に本採用は無いと告げても祖父がしつこかったから、これ以上俺を煩わせるなら祖父を退陣させると脅した。それが間違いだった」


 淡々と話すヨアヒムの目は何も映していない。


「やるなら、脅さずさっさと実行すべきだった。俺の脅しで祖父は奴に、入社を諦めるよう申し渡し、代わりに面白い玩具をやると言って、うちの財団で発掘を手掛けていた遺跡から出て来た短剣とガラス瓶を渡した」


 あれ、聞き覚えのある単語が出て来たぞ。


「古代の遺跡から出て来たはずなのに錆も欠けも無い完品。あまりに不可思議で世間に公表出来なかった代物だ。奴がソレの使用方法をどうして知り得たのかは分からずじまいだったが、奴は、ソレを使えば自分や他人を異世界に転生させられることを知った」


 うわぁ、あの短剣、本当にファンタジーな代物だったんだな。


「奴は君を自分が書いたシナリオの中で不幸にしたかったが、名前の無い者へ他人を転生させることが出来ず、君はスノウに転生させられた。自分自身は自由に指定出来る道具だったようで、崇拝する那波が描いた世界の主人公としてしばらく生きることにした」


 ん? 今何か変だったぞ?


「しばらく?」


 その言い方だと、奴は死ぬ気は無かったみたい。


「日記には遺書のように見えることを書いていたが、祖父に聞くと、奴は家出の書き置きくらいの気持ちだった。君を殺して転生させて、自分は異世界を楽しんで元に戻れる気でいたんだ。実際は死んだけどね。もう火葬も埋葬も終わってる」


 それは、うわ、待って。

 たしかに奴は殺人犯だけど。それ、罰が重過ぎないか!?


「奴は戻れる気でゲームとして、この世界を楽しむつもりだ。この世界でどんな目に遭っても、那波の絵を堪能したら、暖かい布団で目覚めると思ってる」


 そんなの怖過ぎだよ!


 蒼白になって固まる私に、私を見てない視線を向けて、ヨアヒムは声のトーンを落とした。


「けど、小玉が俺を怒っていたのは別のところだ」

「え、これよりドン引きする話ある?」


 情けない声で私が言うと、スッとヨアヒムの瞳に光が戻る。

 ヨアヒムが懐かしい木之内の調子でクスリと笑った。


「君はいつも俺を人間に戻してくれるな」

「木之内には人間でいて欲しいなぁ」

「ありがとう」


 微笑んでから、ヨアヒムは真面目な顔になって話を続けた。


「小玉が怒ったのは、俺はいつでも祖父を潰せたのに、まだ自由で遊んでいたくて、君をキープしたまま祖父を野放しにしていたことだ」

「私をキープ?」

「俺はゲイだけどね、絶対に女性を抱けないわけじゃない。必要なら女性と子供が作れる。でも、どうせ結婚して子供を作る必要があるなら、人間として好ましくて、一緒に居たいと思える相手がいい」


 それが私だったのか。

 別に私は、それを不愉快だとは思わないけどなぁ。


「俺は、いずれ君と結婚しようと思っていた。だから、俺は影で君に近づく男を潰していた。君を愛していたからではなく、自分が楽に生きるために。祖父をさっさと潰して君を俺の妻にしていれば、奴が横暴に振る舞うことも君が目を着けられることも無かった。だから、小玉は君の死の真相を知った時、怒り狂った」


 そっかぁ。

 小玉があんな風に感情を表したり、言いたいことも言ったり、一体何があったのかと思ったら。

 ホント、私に幸せになって欲しかっただけなんだなぁ。

 でもなぁ。

 私は全然不幸じゃないんだよ。

 前世でも。

 今でも。


「木之内、辛かったねぇ。言い訳も聞かないで若死にしてごめんよ? けどさ、目が覚めても忘れないで欲しいんだけど。私、木之内と結婚してたら幸せで楽しかったと思う。恋愛感情が無ければ夫婦が不幸だとは思わない。友情で何が悪いの? 変な男に騙されないように、木之内が守ってくれてたんだね。ありがとう」


 ゆっくり紡いだ私の言葉が終わる時、ヨアヒムの銀の瞳から大粒の涙が溢れた。


「ヨアヒムも、辛かったね。木之内と、死ぬほど頑張って来たんだもんね」


 声を殺して泣き続ける友を、私は静かに見守っていた。

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