25 答え
「こ、皇女様?」
その場にいた一同は驚き、皆振り返った。
そこには、拝謁した時と比べ、多少落ち着いたドレスを着たヴァーヴェリナが立っていた。
「お前達はこんなところでコソコソと集まり、わし一人を仲間外れか? つれないな。しかもひびきに何を吹き込んでくれてるのだ?」
席にいた俺以外の全員が、即座に立ち上がり、胸に手を当てて深々とお辞儀をする。
大人たちが頭を下げる中、幼女はずかずかと部屋の中に入ってきた。
「皇女様。このようなところにお越しになるとは。お部屋でお待ちくださいとお願いしたと存じますが。」
イネスが胸に手を当てたまま、顔を上げて話し出した。
「ふん。どうせ、こんなことだろうと思ったからな。」
「先触れもなく来るとは、お行儀悪いですし、相手に対して失礼だと存じますが。」
「そんなに怖い顔をなさらないでくださいまし。突然、寝ているわたくしの寝室に押しかけ、無理やり起こした、イネス殿ほどの無礼ではないと存じますが。」
皇女は手を口にあて、瞳はウルっと涙を浮かべ、イネスを見上げている。
え?イネス? 皇女の寝室で、寝ている皇女を無理やり起こす?
何したの?!
イネス以外のその場にいた全員が、驚いて彼を見る。イネスは嫌そうな顔を露わにして、わざと大きなため息をついて、皇女を見返した。
「…。私は、一人では伺っていませんし、無理やり起こたりしていませんでしたでしょ? 言葉は、正確に選んでお話いただけますよう、何時もお願い申し上げております。
今の仰い方ですと、ご婦人としての品位を問われるような、誤解を招くかと存じますが。」
「『人に説明する際は、事実を端的に述べよ』と、いつもイネス殿から教えてていただいているので、わたくしはその教えに従ったに過ぎませんが、何か?
それに、わたくし何か変な事を申しましたでしょうか? 『ご婦人としての品位を問われるような誤解』ってどういう事でしょうか? 勉強が足らずに恐縮ですが、わたくしには分かりかねます。どうか、詳しく教えてくださいませんか?」
ふっふっふっ。
二人は火花をバチバチ飛ばせながら、柔らかい物腰で、上品な笑顔を浮かべたまま、言葉のを交わしている。
…凄い。
ばーさま皇女もイネスもお上品な言葉で、よくもこう、嫌味の限りを尽くせるものだ。
「まあまあ。二人とも。挨拶はそれぐらいにして、立ち話もなんだから、皇女様の執務室に伺ってお話ししようか。」
と、ノイリーが執り成した。
「ここでよい。どうせお前たちは移動中に、内緒話をするんだろう。私に内緒で集まっている時点で、お前たちの考えなど分かっているがな。」
顎を上げて目を細めて見下す、あの召喚の時に見た人を見下した態度。
しかし、口の端は上がっておらず、目も笑っていない。
こんなに幼いのに恐ろしいほどの迫力がある。これが権力者の持つオーラか。素に戻った皇女のこの発言に、4人とも笑顔が消えた。
では、こちらへどうぞ。とノイリーに案内され、皇女は多分一番の上座だろう場所に座った。
「で、お前たちは何を話していた?」
皆が黙って気まずそうにしていると、腕を組んだままこちらを見ていたヴァーヴェリナ皇女が切り出した。
「ええ。ちょうど召喚を知っている者、全員が集まれる時間が取れたものですから、ヴァーヴェリナにお目にかかる前に、少しお時間を頂いたのですよ。」
「ふーん。ちょうどねえ。わしはお前たちが隠れてコソコソ話している様にしか見えなかったがな。」
「皇女様。『わし』はいけません。せめて『私』と。」
「『細かい うるさい めんどくさい 話を逸らすな ふざけるな』 お、語呂の良い標語ができた。」
「ヴァーヴェリナ様…。」
また沈黙が支配する。
側近達は沈痛な面持ちを浮かべ、ヴァーヴェリナ皇女はまだあの見下した態度を崩さない。
何。この話の噛み合ってなさ。気まずさ。本当にお姫様と側近?
「あの、すみません。ちょっといいですか?」
俺は、気まずさに、おずおずと右手を上げて割り込んだ。
「おお。ひびき。久しぶりだの。元気にしていたか?」
「ええ。おかげさまで。 皇女…さまもお仕事お疲れ様でした。全然、連絡来ないから、俺、いや、私、てっきり忘れられてしまったかと思ってしまいましたよ。ははっ。」
ちょっと笑いを混ぜてみる。
「おお。よく分かったな。こいつらが幼い私に、あまりにも多くの仕事を押し付けてくれたおかげで忙しくてな。召喚したことなど、すっかり忘れていたわ。」
…。減らず口なロリババアめ。
俺は顔を引きつらせ、ヴァーヴェリナ皇女はにやにやとして、お互いに顔を合わせて、はっはっはっと笑った。よかった。少し笑顔に戻ってくれた。
「ヴァ―様。先ほどイネスさん達から、俺の召喚理由を聞いたよ。」
俺は本題に入る事にした。
「なんか、経済の発展に寄与するとか、難しそうな話だけど、あちらの世界の知識が、この国のためになるなら、手つだ…。」
「違う。」
俺の話をヴァーヴェリナが、短く、ぴしゃりと遮る。厳しい顔つきだ。
「え?」
「そんな些末な事で、お前をわざわざ召喚しない。それは取ってつけた理由だ。こいつらは嘘をついている。」
「え?」
側近達を見回すと、皆、本当に気まずそうな顔をして視線を落としている。どういうことだ?
俺に嘘を吹き込んだって? それって、どういう事?
待て。
そう言えばさっきから側近と言いながらも皇女と嫌味の応酬をしている。
それに、この緊張感。お互いに信用していない間柄って事か? お互いに敵って事?
ドクン ドクン
自分の心臓が鳴る音が聞こえる…。
「わしが、お前を召喚した理由とは…」
「ヴァーヴェリナ様! おやめください!」
側近たちは身を乗りだして、皇女を牽制する。なんなんだ? 一体。理由は、もっとひどい事なのか?
「前も言ったが、『孝行』してもらうためだ。」
「へ?」
…。何? 今何ておっしゃいました?
側近たちは、あああ、と、本当に気まずそうに、俯いてしまった。
「だから、『孝行』しろ。」
「えっと?」
「こ・う・こ・う! 私に恩義を返せ。」
「えっと。ばーさま。俺、意味が分からん。」
「孝行しろ、わしに尽くせ、恩義は三倍、いや十倍にして返せと言ってるんだ。そんなことも分からんのか。」
「えっと。もちろん孝行ってか、何か理由があって、こちらの世界に連れてこられたはわかるから、俺にできることは何でもするつもりですけど、具体的に何するの?」
「下僕。いや、奴隷。」
「は?」
益々、意味わからん。いや、市民権を取り上げられて、肉体労働でもさせられるんだろうか。
「鈍いな。お前はわしの側にいつもいて、暑ければうちわであおぎ、ペンを落としたら拾い、わしの前に水たまりがあったらダイブして踏み台となり、わしが水を飲みたいと言ったら、口にグラスを差し出してのませ、焼きそばパンが食べたいと言ったら買ってくる。それがお前の召喚された理由じゃ。」
…。
…。
頭の中が真っ白になる
そんな中、一つだけぐるぐるとばーさまの言葉が頭を廻った。
『焼きそばパン』って、この世界にあるのだろうか?
しーん。
あははっ
誰もが話さない時って、ほんとに『しーん』て、聞こえるんだな。
あはははっ。 あははっ あははは…。
俺の思考が燃え尽き、灰になっていると、遠くからノイリーや、側近の話す声が聞こえる。
「ヴァーヴェリナ様。それらは側仕えが行いますから。」
「おお、そうじゃの。ともかくひびきはわしの側にいて、ゴロゴロしていればよい。そうだな。愛玩動物だな。ペットだ。」
「ヴァーヴェリナ様、それはあまりにひびきさんに失礼ですよ。ほら、ホントの事言うから、ひびきさん固まったじゃあないですか。いつも言っていますでしょう? 本当の事でも端的に話過ぎればいいってものではないんですよ。」
「何がじゃ? 本当の事を話せとか、言葉を選べとか。お前たちはうるさい。皇女のペット。こんな名誉な事はないだろう?」
「ひびきさんは、動物ではないのですから。」
「可愛いだろう?」
「まあ、そうですが。」
側近達とワイワイ話している声がする。 …気がする。
― 『可愛い?』俺が? 男に可愛いっていうな。
耳に届いたちょっとした言葉が、やっと脳に到達した。
今までくすぶっていた俺の思考に火をつけた。
「ふ、ふざけるな! このロリババア! 何が下僕だ! ペットだ! 可愛い!だ。
俺を呼んだのは、そんなふざけた理由か!」
「ふざけていないぞ。とても切実なんだ。わしは皇女だ。皆の模範にならなければならず、日々口やかましい側近達に囲まれて、毎日虐げられている。そんなわしも、気の置けない存在が必要だと思わないか?」
「そりゃそうだが。」
「私が気取らず話すことが出来るのは、ここにいる者達と、エデナ、アナだけだ。」
「そんなら増やせばいいじゃん。」
「阿保。素を知るものは、少なければ少ない方が良い。」
「いや、そもそも皇女なら、もっと品よくあるべきじゃないの?」
俺の言葉に、回りの者が全員が頷く。
「人間、できることとできないことがある!
できないことを無理にしなければならないのなら、皇女やーめた。」
イネスがノイリーに、貴方の育て方が悪かったんだと話しているのが聞こえ、ダリガとスピタリスが俺に本当に申し訳ないと、何度も頭を下げた。
「つまり、こういう事? ばーさまが、下らん理由から召喚した俺の事を哀れに思って、イネスさん達は俺に『異世界の知識を教えてほしい。』ともっともらしい理由を付けたって事?」
ほんの少しだけ落ち着いた俺は、ばーさまは無視して、側近達に聞いた。
「まあ、言葉を選ばなければ、そうなります。」
ばーさまが、下らん理由ではないと怒っている横で、ノイリーが話し始めた。
「ですが、異世界の知識を教えていただき、経済発展に寄与していただきたいと言うのは、嘘ではありません。私たち側近、いえ、この国の者にとっては、本当に切実なる願いなのです。」
「だめだ。ひびきをそんなことに使うのは許さん。」
「ですが、ヴァーヴェリナ様。それではひびき君がここにいる理由を、みんなが訝しくおもいますよ。」
「異国からの逃亡貴族で、わしに臣従したと言う理由だけでよい。」
「それでよいのですが、皇女さまが側仕えだけで、異国の少年を傍に置いたとなると、口さがないものが、良くない噂を立てます。」
「言わせておけ。」
「いえ、ひびき君がお辛いと思うのです。側に置いておくだけで仕事らしい仕事をせず、給金を与えられていると『皇女の愛人』とか言われかねません。」
「わしはかまわん。」
「それは嫌だ!」
俺と皇女の声がダブった。皇女は目を細めて俺を見た。
「ひびき。お前わしの愛人じゃ、嫌なのか?」
「嫌に決まってるだろう! 幼女の愛人ってなんだよ。中身ばあちゃんだし、俺、変態かよ!
無理無理。絶~対! 嫌だ! やだ!」
「ほら、ひびき君もこんなに嫌がっていますし、人に付け入られるスキは、与えない方が良いですし。
そもそも、一日中、皇女様の側にお仕えできるわけではありません。皇女様がいない時に、ひびき君が嫌な思いをしていいのですか。」
「ひびきも大人だから我慢してだな。できる限り、わしの傍にいればよい。」
「それだけでなく、良からぬ者たちが近づいてくると思いますよ。」
「護衛を付ける。」
「ひびき君は、この世界を知りたいとのご希望もあります。勝手に遠くから連れてきて、それを無下にはできないでしょう。閉じ込めてしまっては、彼があまりに気の毒です。
なにより、彼の知識は、この国の民の生活を改善することを強く望まれる、皇女様の手助けになるのですよ。」
「…。」
皇女は黙り込んで何か考え始めた。
あれ、よく見ると、なんか、息が荒いし、顔色悪いな。
「あのさ、ばーさま。俺、できればこの国の役に立ちたいよ。だから、ノイリーさん達が言うみたいに、俺にできる仕事があれば、させてよ。」
「…。ひびき。簡単に言うがな。新しいことを始めると、必ずつぶそうと抵抗する者が出てくる。つぶすだけなら良いが、ここでは…。」
と言うと、言葉途中にまた、黙り込んでしまった。
次第に肩で息を始め、ますます顔色が悪くなってきた。 過呼吸?
「おい、ばーさま。どうした? 大丈夫か? ひどい顔色だぞ。」
「そうです。皇女様。もう、お戻りください。」
側近たちは慌てだし、スピタリスが皇女を抱きかかえようとする。
だが、皇女はそれを拒否し、俺に両手を差し出した。
「ひびき。お前の役割追加だ。お前は今からわしの騎獣だ。」
「騎獣?」
「乗り物となる獣の事だ…。」
スピタリスは、本当にすまなそうに言った。




