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24 皇女の帰還

 待ちにまった、皇女に会える日。

 

 その日は、朝早くからからキールとミーナにお湯を持ってきてもらって、お風呂に入ることになった。


 この国での入浴は、重労働である。

 水道からお湯が出るわけではなく、他で沸かしたお湯を部屋にあるバスタブまで運んでもらって、入ることになる。もちろん沸かし直しなどできないから、入っている傍から冷めてくる。


 近衛たちは訓練後、外で水浴びを行う。俺も普段はそうしていたが、春の井戸水はまだ冷たい。今日は臣従のための拝謁ということで、キールとミーナが頑張って準備してくれた。


 バスタブ半分ぐらいの湯船につかりながら、久しぶりの入浴にほっとしたが、準備する二人を見ていると、かなりの重労働だと思った。

 距離のある洗濯場から、沸かしたお湯を容器に入れて何度も運んでくる姿を見ていたら、簡単にお風呂に入りたいなんて、言い出せない。


 よく転生物の話では、魔法道具を使って、お風呂のお湯を入れているが、ここではそう言ったことはしないのだろうか?


 その後、乱れた髪で皇女に会うのは失礼だからと、香油で髪形をオールバックに整えられた。

 油がべっとりとして、頭が重く感じる。折角、お風呂でさっぱりした後なのに。残念。

 

 拝謁する服装は、決まっているらしく、ひらひらと豪華であるが、着方がさっぱりわからない。

 二人に着せ付けてもらい、ディノが来るまで、拝謁の受け答えの復習をしながら、待っていた。


 今日の拝謁は、俺が臣従を受け入れてくれた礼と、忠誠を誓う言葉を側近等の前で述べることになっている。

 皇女の待つ拝謁の間に行けるのは、貴族階級以上でなので、キールについてきてもらうことはできない。


 臣従なんて、単なる形式的でしかないのだから、そんな面倒なことをしなくてよいのにと心底思う。

 お貴族様的というか、お役所的と言おうか…。



 『わが剣をリステリア皇国のために』云々といった後、皇女からお言葉を頂くらしいが、『わが剣』とかって、いかにもって感じすぎて何度も笑ってしまった。

 

 俺が笑いをこらえながら復習をしていると、これまた、拝謁用の近衛服を着たディノが迎えに来たので、二人して離宮の本館に向かった。



「ひびき。誓いの言葉と、剣のかざし方、覚えましたね。」


「多分、大丈夫だと思うけど。なんか緊張する。ちょっと見て。」


 本館についてからも、すぐ拝謁できるわけではない。そこからまた延々と待たされる。

 待てば待つほど心配になってきて、控室でディノに見てもらいながら復習した。


 そして、朝9時頃本館について、拝謁の間に呼ばれたのは正午近くだった。



 取次の者に先導され、俺、その後ろをディノが付いてきて、拝謁の間に向かう。

 大きなドアが開かれると、そこに十数人の人が立っており、イネスの顔も見えた。

 

 その奥の台座の上にある豪華な椅子に、あの日以来初めて見る皇女が座っていた。



「ヒビキ=トーリィが御礼とご挨拶に参りました。」


 取次の侍従の声に、俺はホール真ん中まで進み出る。

 そして跪きながら、腰にさしてある剣を鞘ごと抜いて、自分の左わきに置き、頭を下げた。


「リステリア皇国 ヴァーべリナ=エンシャラー=イーナ=ケテー=カツァー=コクマ―=リステリア様。拝謁する栄誉をお与え下さり恐悦至極に存じます。皇女様には春の女神リアレイ様のお導きにより……」


 - ああ、舌ががもつれる。無駄に名前長すぎ! ここで顔を上げて、と。


「わが剣を生涯皇国の繁栄と皇女様の…」


 - ここで剣を抜いて、胸にあてて、垂直に掲げ…。


 俺は極度の緊張の中、覚えた挨拶をすべて伝え、剣を収めた。



「ヒビキ=トーリィ。そなたに期待しております。」


 俺が口上を終えたあと、皇女は、天使の様な笑顔を浮かべながらお言葉を述べ、そして黙った。


 俺は、そのまま皇女を見上げていたが、皇女は笑顔のままで、何も言わない。



 ー なぜ、何も言わない?


 俺が呆然と見上げていると、側にいた侍従がヒビキ=トーリィ殿 お下がりください。と促し,

ディノが後ろから - ひびき。ひびき! 行くぞ ー と、声をかける。 


 え? 謁見て、これで終わり?

 ここで、そう聞き返す訳にもいかず、俺は頭を下げて、すごすごと引き下がった。




「何時間も待たせてあれだけ!?」


「拝謁って普通、あんなものだよ。皇女様が帰られてから、こんなに早くに会うことが出来たってことは、ひびきが大切にされてるって事さ。」


 戻ってからも、あまりに短い拝謁に納得がいかない。

 俺は、一緒に拝謁祝いのランチをとっているディノに、思わず聞いた。



 確かに貴族との面会は、実に面倒だと聞いた。


 会いたい日の最低4~5日前には、相手に面会理由とともに伝えておく必要がある。

 日数を要するのは、その間に要件に対する対策を立て、食事やお茶の準備をする必要があるからだ。なんて時間の無駄遣いと思うが、相手を満足にもてなせないのは、貴族としての品格にかかわってしまうそうだ。それが、皇女様だと普通はもっと時間を要する。


 離宮に帰還して2日後の拝謁は、スケジュールを優先してくれたと分かるが、俺としては、拝謁後には召喚理由を話してくれると期待していたので、何とも物足りない。



「何で皇女は、俺をこの国に連れてきたかが聞きたかったんだけど。」 

 俺は、皿の中の固い肉を切りながら、つぶやいた。


「連れてきたって…。国を追われて、哀れに思われたからだろ?」


「…あ、いや。そうなんだけど。」

まずい。ディノは俺が召喚されていることは知らないはずだ。


「ま、なんにせよ、拝謁おめでとう。」


 ディノがワイングラスを掲げた、俺はこの体でお酒を飲むのがためらわれたので、果実水にしてもらったグラスを掲げた。



 お祝いのランチとはいえ、ここの食事は迎賓館の食事よりかなり質素だ。


 迎賓館でも健康的な食事だと思っていたが、側近用の建物に移ってきてから、食事がさらに健康的いや、質素になった。スープに使われる野菜や肉は塩漬けされた保存食や根菜類がほとんど。パンもぱさぱさして固い。

 だが、聞くところによると、これが平均的な食事らしい。


 いつも新鮮な肉が食べれるのは上級貴族だけで、下級貴族や平民は、狩りで取れた時か、何かおめでたい時に家畜をつぶす時以外は、口に入るものではなく、普段は塩漬け、燻製、もしくは干した肉しか食べられないそうだ。


 今食べている肉も塩漬けされた肉で、結構塩辛い。なんか、健康に悪そうだ。

 

 -脂身の乗った新鮮な肉…。 ガッツリ食べたい…。

 


「肉って冷蔵か冷凍しないの?」

「冷蔵? 冷凍?」


「冷たく冷やして保存したり、凍らせて保存することだけど。」 

「凍らせての保存は、真冬以外はできないよ。」


「魔法石を使ってとか。」

「知らないな。ひびきの国ではそうしていたの。」

「ああ、うん。まあ。」


 ー 危ない危ない。


 異世界転生の話では、異世界では魔法石や刻印を使って生活を便利にしているものが結構ある。

だから、当然この世界でも使っていると思い込んでいたが、あれはあくまでお話しの中の物語。ここで使われているとは限らない。

 あちらの世界の話は他言無用なのだが、世間話などをしていると、つい口に出てしまう。 

 ボロを出さない様にしないと。


 俺は何でもないよ、と話を変えて、食事を続けた。



***


 夕刻近くになり、イネスからこれからすぐ来てほしいと使いが来た。俺は、特にすることもなかったから、そのまま使いについていった。


 本館にある彼の執務室に入ると、何人かの書記官とともにイネスは机まだ仕事をしてたが、俺を見ると、すぐに席を立ち、俺を迎えに出た。。


「ひびきさん、急にお呼び立てして申し訳ない。実は、皇女様がどうしても、ひびきさんにすぐに会いたいと言いだしまして。でも、皇女様にお会いする前に、前に少しお話しさせていただいたほうが良いかと思ったのです。」


「私の時間はいつでも大丈夫ですが、イネスさん、忙しいんじゃないですか?」


「はは。いつもの事です。」

イネスはそう言いながら、俺にソファーを勧めた。



「皇女様の執務室に伺う前に、ひびきさんの召喚を知る側近達と、取り急ぎ話をさせていただきたいのです。今、皆を呼びにやっています。すぐに集まると思います。

 どうしても、皇女様に会う前に、私達は、本当に、ひびきさんが必要だとご理解しておいていただきたいのです。」


「?」


 ー ? 皇女に会う前に、側近と顔を合わせる必要があるのかな。


「本当に、この世界に来ていただくのは、ひびきさんでなければ、ならないんです。」


 ー ますます解らん。言い回しが回りくどい。イネスはきっと何を言いたいんだろう。

 貴族独特の言い回しか。さっぱり分からん。


 俺は混乱してきて『はあ。』と答えることしかできなかった。



 ー トントン 

 ドアをノックする音とともに、30代ぐらいの長髪の綺麗な男が入ってきた。

 この服装からすると魔法使いっぽい。しかも、耳がとがっている。エルフ?

 …。またイケメンか。ここは乙ゲーの世界だったのか? 

 


「ひびきさん。こちらは魔法省大臣のダリガ=ヴァイムサヴァエフ。」

イネスからの紹介にダリガは右手を胸にあてて微笑んだ。


「初めまして。貴方がひびきさんですか。ダリガです。以後お見知りおきを。」

「こちらこそ。」


不思議な瞳の色をしたダリガは、ジッと俺をみた。


「うん。なるほどね。君、面白いね。」

「?」


「今度研究所に遊びに来ない?」

「研究所?」


「ああ、魔法・魔術の研究をしていてね。面白いと思うよ。」


 お!そんなところがあるんだ。ぜひ行きたい。



「ダリガ。抜け駆けは許さんぞ。」


 そう言いながら一人の男が入ってきた。それに続きもう一人入ってくる。



 話しながら入ってきた男は、30代ぐらいで、顔に傷がありいい体格をしている。ベさんほどではないけどね。この様子だと軍人だな。

 うん。先ほどの乙ゲーの世界説は、取り消す。

この軍人さんや、ベさん、近衛の兄貴たちは、乙ゲーの攻略対象としては、マニアック過ぎる。



「ひびき君。私は皇国軍のスピタリス=ズブロッカ准将だ。元は皇女様の近衛隊長だったこともあり、離宮と宮廷の連絡役みたいな事もしている。近衛達から君の事は聞いてるよ。」


「どうも初めまして。近衛の皆さんには、大変お世話になっております。」

俺は軍式に拳を作って胸に当てた。


「君の噂を聞いてな、近々訓練を見に行こうと思っていたが、その前にここで会えたな。私も君の世界に大変興味がある。一緒に酒でも飲もうや。」


 いい体つきはしているが、脳まで筋肉でできている様な、べさんとは感じが違う。上に立つ人は、落ち着いた感じがある。



「私はノイリー=パンヴェルムーゼです。イネスの前に、皇女様付きの書記官兼教育係をしていまして、現在は、技術省の大臣をしています。私も、ひびきさんのお越しを心から歓迎いたします。」

 

 後ろから来た40代前後の男は、そう言って挨拶した。

 気品のある落ち着いた感じがするおじ様だ。行動の一つひとつも洗練され、目を見張る。


 やはり乙ゲーの、マニアックバージョンを取りそろえた世界に召喚されてしまったんだろうか?

 しかも、一気に3人。顔は一度見れば忘れない。だが、名前は一度に言われても、覚えきれん。


 だが、ゲームの世界なら、中身の濃すぎるチュートリアルだ。展開が遅い。

 『王国にきて、王様から目的を聞いて、お金と初期装備を渡され、勇者は旅に出ました』

 と、してくれないだろうか。 

 長い。長すぎる。本当にゲームなら、こんな長い設定は飛ばして、街からでるぞ。




「で、皇女様に会う前に手短にですが、ひびきさんの召喚の目的をお話ししたいのです。」

 全員が椅子に座わり、イネスが口を開いたことで、俺は現実に戻された。


「皇女様の事は、皇女様ご本人や、エデナからどのように聞いていますか?」


「あ、はい。皇女様からは、前世は俺の祖母だった話を聞きました。多分それは間違いないと思います。そして、エデナさんからは、皇女は並外れた発想力があって、この国を改革していると。

 で、それが、あちらの世界の記憶、えと、『知の神界』を基にしているらしい。とか。」


「そうですか。皇女様は召喚の目的を、何もお話ししていないのですか?」


「ええ。来た時に『孝行してもらうために呼んだ。』なんて、冗談は言っていましたがね。」


「…え…ええ。まあ。皇女様は、冗談がお好きですから。」


 集まった側近が微妙な顔をする。きっと、いつもあのロリババア皇女の我儘に振り回されているのだろう。 『すまじきものは宮仕え』だね。気の毒に。



「え…と、ですね。ひびきさんに、私どもから、こちらの世界にお越しいただいた本当の理由をお話しします。」


ごくり。俺は唾を飲み込みイネスの言葉に真剣になる。


「まだ、皇国に来て、あまり時間が経っていませんが、どうですか。我が国と、ひびきさんのお国との違いは。」


「ええ。かなり違うと思います。」


「魔術の違いはどうですか?」

とダリガが口を開く。


「ええ。まだしっかり見た訳ではないのですが、私の世界で思われている魔法とちょっと違いますね。魔法の世界ってもっと魔法石とか刻印を使って、生活していると思っていました。」


「魔法石…魔石ですか。ほう? 例えば」


「細かい話ですが、お肉を生のまま保存したり、お風呂のためにお湯を供給したりするものだと思いました。」


「どうやって?」


「私の世界では、本当に魔法が使える訳では無いので、あくまで話しの中だけですが、魔法石や刻印をを組み込んだ蛇口からお湯を出すとかは、よくある話です。」


 ー ゲームやアニメの中でね。



 だが、その話を聞いたダリガは目をキラキラ輝かせ、身を乗り出した。


「なるほど! そんな発想が! ぜひ詳しく聞きたいものです!」


興奮して俺の両手を握るダリガ。俺は普通に女の子が好きだが、なぜか顔が赤くなった。




「ちょっと待て、ダリガ。独り占めするな。時間がない。ひびき君。この国の武器は君の世界と比べてどうだ?」


 今度はスピタリスが声をかけてきた。


「武器ですか。私たちの世界では武器と言えば銃ですね。えと、弾矢と言っていましたか。」


「弾矢! どんな種類があるのか知っているか?」


「えーと。大砲とか、マシンガンとか…。」


「おお、沢山あるのだな。」


スピタリスは立ち上がり、右手でガッツポーズをとりながら、興奮した。


「よし。ひびき君。飲むぞ!今夜は語り明かそう!」


 え…? なに? パワハラ上司? 俺の酒が飲めないってかとか言いそう?

 俺は、思わず引いてしまった。



「スピタリス。ちょっと落ち着きなさい。ひびき君が驚いているじゃあないか。」

 

 ノイリーがスピタリスに声をかける。


「ひびき君、驚かせてごめんね。ちなみに君の世界では、建物や建築物とかどうなってる?この離宮の建物と比べて。」


「離宮の建物はとても豪華ですね。私たちの世界では、鉄筋コンクリートの高層ビルばかりで味気なくて。」


「鉄筋コンクリート? ビル?」


「ええ。こんなに土地が広く取れないもですから、上へ上へと高く建物を作って、広さを求めているのです。」


「上へ上へ建物を高くして空間を確保? ちなみに、高さどれぐらいまでの物がある?」


「そうですね。634mぐらいのタワーがあります。」


「634m!」

四人は驚き、黙り込んでしまった。


メートルで、ちゃんと高さが通じているのかな。何か勘違いされていなければ良いが。



 俺の話を聞いて、何かを考えている風だったイネスが、真剣な顔をして、静かに話し出した。


「…えと。ですね。つまりひびきさんがいた世界と、我々の世界には大きな差があるのです。我が国は、数年前まで戦争をしていて、民も疲弊している。経済の復興が大きな課題なのです。


 皇女様のお知恵で、産業改革を進めていますが、皇女様は前世の記憶が、次第に薄れているらしく、最近では新たな発想を頂くことが、難しくなっています。新しい斬新な風をこの国に吹かせたいと言う、こちらの勝手な都合で大変恐縮なのですが、今回ひびき様に来ていただいた次第です。」


 なるほど。技術革新のため、異世界の考え方を取り込もうとするか。

 そう言う事ね。と、納得しかけた瞬間



「ちっがーう! 全く違うぞ!」



部屋のドアがバーンと開き、大きな声がしたと思うと、皇女がドアの外で仁王立ちをしていた。


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