その 7 小川の裏側
女の子が小川を覗き込む。
さらさらと流れる水は、女の子にとっては光を弾くきれいな水面。
けれどぼくにとっては、そこは「もうひとつの世界」への入り口だった。
女の子がしゃがみこみ、水面に顔を近づける。
その足元で、ぼくの足先がそっと水に触れる。
すうっと、静かに世界の境界がほどけていく。
水面の裏側には、まぶしい光の届かない、濃紺のやわらかい世界が広がっていた。
そこには、光の届かないぶんだけ、影たちの静かな街が広がっていた。
ゆらゆら揺れる水草の影は、まるで風にそよぐ森のようだ。
影たちはその木陰に腰かけて、のんびり過ごしている。
ふと、足元をすばしっこい集団が通り過ぎた。
メダカたちの影だった。
本物のメダカより、少しだけ大きく見えて、まるで競争しているみたいに水中を泳いでいる。
「あ、メダカだ!」
女の子の弾んだ声が、水面を通り抜けて、少し遅れてぼくに届く。
女の子が見ているメダカの群れと、ぼくが見ているメダカの影。
見ているものは違うけれど、ふたりで同じ思いを分け合っているみたいだ。
ポン、と大きな音がして、頭上の世界が少し暗くなった。
カエルの影が、石の上から飛び込んだのだ。
影の世界に一瞬だけ大きな波紋が広がり、石の影が橋のように大きく揺れる。
トンボの透明な羽がはじいた太陽の光は、粒になって降ってきた。
トンボは、水面の裏側でも飛んでいて、
その軌跡が細い線の影となって水中に残っている。
ただ静かで、やさしくて、どこか懐かしい時間が流れている。
「そろそろ行こっか」
女の子が立ち上がる気配がした。
ぼくが水面から戻るとき、世界が一瞬だけ逆さまになる。
揺れる水面越しに、女の子の笑顔がキラキラと光の粒になって弾け、
青い空が足元へすうっと落ちてくる。
ぼくは、この一瞬の感覚が好きだ。
「……こっちはこっちで、悪くないな。」
ぼくは水滴を払うように、そっとブルっと身を揺らした。
そして、水面の裏側で見つけた小さなワクワクを胸に抱いたまま、
またいつものように、女の子の足元へと寄り添った。




