その 6 道端の影
道端に、小さな影が落ちている。
なんの影なのか、分からない。
人の形でも、物の形でもない。
ただ、そこにぽつんと残されているようだった。
ぼくが近づく。
「……落とし物?」
拾ってみる。
手のひらに乗るほど軽い影だった。
影だから、重さがない。
なのに、確かに“存在している”感じだけはあった。
ぼくは困る。
「影って、落とすものなのか?」
交番に持っていくわけにもいかない。
影の持ち主なんて、どうやって探せばいいのか分からない。
だから、ひとまずぼくが預かることにした。
影はぼくの足もとにすっと溶け込んで、
まるで最初からそこにいたみたいに静かになった。
夜になれば、きっとその影も、
いつもの場所へ帰るだろう。
そう思っていた。
でも、その夜。
ぼくの足もとで、影がかすかに震えた。
まるで、何かを思い出したみたいに。
その瞬間、ぼくの胸の奥に、
ひとつだけ知らない気持ちが灯った。
それは、ぼく自身のものではない。
影が持ち主から預かってきた、
言えなかった言葉のかけらのようだった。
「……だいじょうぶ。」
そんな声が、ぼくの中にそっと落ちてきた。
影は、ただ落ちていたわけじゃない。
“置いていかれた”のだ。
誰かが、
どうしても背負いきれなくなった気持ちを、
そっと道端に置いていったのかもしれない。
影は、時々そういうものを抱えてしまう。
悲しみの影。
不安の影。
言えなかった言葉の影。
誰にも触れられたくない影。
でも、この影は、
誰かに拾われることを望んでいたようだった。
ぼくの足もとで震えたのは、
見つけてもらえたことを喜ぶような、
小さな合図だったのかもしれない。
影はぼくの中に、
ほんの少しだけあたたかい気配を残した。
それは、持ち主が本当は言いたかった
“やさしさの残り香”みたいだった。
影は消えなかった。
夜の気配が通り過ぎても、
ぼくの足もとに、
その影の気配だけが残り続けた。
まるで、
まだどこかへ帰りきれていないように。
ぼくは小さくつぶやく。
「……拾ってよかった。」
影は、ぼくの中に
ほんの少しだけ光を置いていった。




