その3 公園と猫
公園に入ると、頭上の木々がザワザワワと静かに音を立て、
地面には光と影のまだら模様が広がっていた。
「ちょっと寄っていこう!」
女の子はベンチにこしかけ、
リュックから出したバナナをもぐもぐと食べはじめる。
その足元で、ぼくは木漏れ日の影に混ざりながら体を伸ばしていた。
そのときだ。
木陰の奥から、しっぽの先が少し曲がった、ふっくらした茶トラ猫がぬっと姿を現した。
いかにも「この公園の主です」といった顔で歩いてくる。
女の子は「あ、猫ちゃん」と目を輝かせ、その場にしゃがみこんだ。
猫は少し甘えた声で「ニャーニャー」と近づき、
女の子の足もとをすり抜けて――
ぼくを踏んだ。
「ちょっと。」
猫は、何事もなかったみたいに歩いていく。
「今、ぼくを踏んだよね?」
猫は知らん顔を決め込んでいるが、ヒゲがピクピクと動いている。
猫は数歩先で立ち止まり、チラリと後ろを振り返った。「ニャッ?」
「……まあ、猫なら仕方ないか」
ぼくが自分を納得させようとした、そのときだった。
猫はくるりと向きを変えると、
少し曲がったしっぽを揺らしながらわざわざ戻ってきて――
ぐにっ。
「二回目は、絶対に仕方なくない」
この猫、ぼくが見えている。
しかも、わざとだ。
「見てなよ……」
ぼくは、すっと伸びた。
逃げようとする猫の影の上に、ぼくの影をぴたりと重ね合わせる。
重なった瞬間、ぼくはその影をギュッと縫いとめた。
すると、猫の足が止まった。
右へ動こうとする。
動けない。
左へ。
動けない。
後ろへ。
やっぱり動けない。
猫は目を丸くし、自分の足元とぼくを交互に見つめ、
困惑した声を漏らした。
「にゃ、みゃ?」
ぼくは、満足そうにつぶやいた。
「ぼくの“影縫い”さ」
急に固まった猫を見て、女の子が心配そうに覗き込んできた。
「猫ちゃん、どうしたの?」
「大丈夫だよ、ちょっと反省してもらってるだけだから!」
けれど、猫は事態が飲み込めず、
「ニャオオ!ニャオオ!」と焦って少し曲がった尻尾をパタパタと振り始めた。
でも、本気で焦った様子を見ていると、なんだかいじめているみたいな気分になってきた。
「……はぁ、もういいよ」
ぼくが影の力を抜くと、束縛がふっと解けた。
自由になった猫は、弾かれたように後ろへ跳びのいた。
そして、まず心配そうに手を差し伸べる女の子を見て、
それからゆっくりと、その足元にいるぼくへ視線を落とした。
「フーッ!」
心底驚いたような丸い目だ。
ぼくは影の先端を少しだけ持ち上げて、猫に念を押す。
「次からは、ぼくを絶対踏まないこと。分かった?」
猫は「ニャッ!」と短く返事をすると、
草むらの奥へ走り去っていった。
「行っちゃった……」
不思議そうにつぶやく女の子の足元で、ぼくはふうと息をつく。
踏まれるのは相変わらず大嫌いだ。
でも、たまには影だって、こうやって自分の存在を主張したっていいはずだ。
女の子は何も知らないまま、また元気に歩き出す。
ぼくはその足元にぴたりと寄り添いながら、
少しだけ得意げな気分で公園をあとにした。




