↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/9

その2 横断歩道

 横断歩道は、ぼくもちょっと緊張する。


 女の子が、横断歩道の前で立ち止まる。


「渡ろう!」


 その声は元気だったけれど、

 足もとには、少しだけ緊張が落ちてきていた。

 ぼくはそれを、いちばん近くで受けとめる。


 横断歩道は、女の子にとってちょっと特別だ。

 道路では、車が主役。

 女の子は、そのあいだを歩かせてもらう。


 だからだろう。

 女の子は、そっと足もとに声をかけた。


「あなたもちゃんと遅れずについてくるのよ。」


 そのひとことで、

 ぼくは背すじをのばす。


 うん。

 ちゃんといるよ。

 今日は、いつもよりぴたりとついていく。


 女の子は、心の中で思っている。

 今日は、やさしい運転手さんばかりだといいな。


 その願いが、足の先からぼくに伝わってくる。

 ぼくも少しだけ、どきどきした。


 慎重にね。

 影ながら応援しているからね。


 女の子は、ぴいんと手を高くあげる。


「わたし、ちっこいから。」


 車の人から、ちゃんと見えているかな。

 そんなことを思いながら、できるだけ高く、背のびをする。


 そのたびに、ぼくも足もとで細長くのびる。

 だいじょうぶ、ちゃんとここにいるよ、と

 見えない声で何度も言う。

 ぼくは、その足もとでこっそり気持ちを引きしめた。


 ほんとうは少し緊張しているけれど、

 そんなこと、女の子には見せない。

 今はただ、一緒にまっすぐ前を見る。


 やがて、手前の車が先に止まった。


 その運転手さんは、

 やわらかい顔で女の子を見ていた。

「どうぞ」と言うみたいに、

 白い線の手前で静かに待っていてくれる。


 少し遅れて、反対車線の車も止まった。

 その運転手さんは、

 ちょっと怖そうな顔をしていた。


 でも、その止まり方はとても丁寧だった。

 白い線のずいぶん手前で、

 ゆっくりとブレーキを踏む。


 まるで、


「ここなら安心して渡れるよ」


 と、道を広くあけてくれるみたいに。


 そして、ハンドルを握ったまま、

 さりげなくミラーを見る。

 後ろの車は大丈夫か。

 止まった車を追い越してくる車はいないか。


 目立たないけれど、

 ひとつ、またひとつ、

 見えない危険を確かめていく。


 その姿は、

 誰にも気づかれないまま、

 そっと道を整えてくれる人みたいだった。


 確認を終えると、

 運転手さんは少し照れくさそうに、小さくつぶやく。


「……ほら、気ぃつけて行きな。」


 怖そうに見える人ほど、

 ほんとうは、まわりをよく見ている。



 ぼくは、ふたりの車の気配を

 足もとからじっと見ていた。

 もしものときは、すぐに動けるように

 気持ちだけは、きゅっと結んでおく。


 女の子は、にっこり笑って、ぺこりと頭を下げる。


 でも、あわてて渡らない。


 ママが教えてくれたのだ。

 止まった車を追い越してくる車がいるかもしれないからね、と。


 そう。

 そこが、いちばんだいじ。

 ぼくも、足もとで小さくうなずく。


 だから、まずはゆっくり。

 道の真ん中まで歩く。


 ぼくも、ぴたり、ぴたりとついていく。

 白い線の上を進むたび、

 ぼくの気持ちも少しずつ前へ進む。


 右を見て、左を見て、

 もう一度たしかめる。


「よし。」


 その小さな声に、

 ぼくも胸の中でうなずいた。


 今度は、すこし急いで渡りきる。


 横断歩道の真ん中でも、

 女の子は背すじをのばして、

 もう一度だけ背のびをした。


 やっぱり、車の人から

 ちゃんと見えていたほうが安心だから。

 その背のびに合わせて、

 ぼくもすっとのびる。

 女の子の勇気が、

 少しでも遠くまで届くように。


 手前の運転手さんは、

 女の子がそっと背のびをするのを、

 やさしく受け取るように見ていた。


 反対車線の運転手さんは、

 怖そうな顔のまま、

 女の子が渡りきるまで、ときどきその先の車列にも目をやっていた。


 渡り終えると、

 女の子はもう一度ぺこりとした。

 声には出さないけれど、

 ありがとうの気持ちがちゃんと届くように。


 そして、安心したように、

 そっと背すじをのばして、

 もう一度だけ背のびをした。


「ちゃんと見えてたかな。」

 そんな気持ちが、足の先からぼくに伝わる。

 ぼくも足もとで細くのびて、

 まだ少し残っていた緊張を

 ふわっとほどいていく。


 手前の運転手さんはほっと笑い、

 反対車線の運転手さんは

 照れくさそうに目もとをゆるめた。



 急ぐことより、

 誰かが安心して歩けることを選ぶ。

 そういう人がいるから、

 道は少しだけ、やさしくなる。


 ぼくはその気配を足もとから受けとめる。

 ああ、よかった。

 女の子が渡り終えると、

 ぼくは、足もとでそっとほっとする。



「よく頑張ったね。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。