第三話: お水会
人影のない砂浜で見知らぬ少女と二人、焚き火で暖をとる。
私がこれまで生きてきた人生の中で最も非現実的な場面だが、不思議と心は落ち着いていた。
二人とも大きな怪我がなかった幸運が大きいが、それ以上に頭上に広がる圧倒的な星空と広大な海を前に圧倒されていたからだ。
私は浄水器でこしたばかりのビニール袋に入った水を彼女に差し出した。
「どうぞ、喉乾いてるでしょ」
彼女は両手で大切そうに袋を受け取ると、極々と喉を鳴らして飲み干した。
「…おいしい、こんな美味しい水、初めて飲みました」
きらりと輝く雫を唇に光らせて彼女と独り言のように呟いた。
「さて、落ち着いてきたところで、お互いのことを話しませんか。見ての通り、ここには私とあなたの二人しかいないので…どうしてこうなったか覚えてる?」
「…フェーリーのデッキに出て、風が吹いて転びそうになって…それであなたにぶつかって…海に落ちて…海岸で目が覚めて…」
「覚えていてくれてよかった。海に落ちてからここにたどりつくのも大変だったけど大体そそんな感じ」
「あなたが私を助けてくださったんですね?」
「助けたというか…二人とも助かるために必死だっただけだよ」
二人いるからお茶会でもしたいところだが、お茶もお菓子もなく、ビニールに入った水があるだけの「お水会」を続けることにした。
「初めてだから、自己紹介するね。私の名前は烈火灯。普段は会社員をやってて、仕事休みにあの船に乗ってた。あなたは?」
「私は清水渚です。17歳で…一応、学生をやっています。両親に連れられて旅行で船に乗ってました。」
身体が細いから中学生くらいかと思っていたが高校生だったようだ。
ただ「一応」という言葉の濁し方と平日の家族旅行という点に引っ掛かる。今は踏み込むべきではないだろう。
「高校生かぁ。私とは一回り近く違うね。この状況でお姉さんとは言いづらいけど遠慮なく頼りにしてね」
「はい、灯さん」
名前を呼ばれるとくすぐったいような確かな責任感が胸に宿った。
「それで、これからどうするかだけど。救急袋の非常食は二人で分けて一週間持つかどうか。それまでに助けがこればいいけど、もし来なかったら…」
「来なかったら、どうなるんですか?」
「野草を摘んだり、魚を取ったり。最悪、ネズミみたいな小動物を捕まえる覚悟もしいといけないかも」
「えぇ!ネズミ…飼い猫が捕まえてきたのは見たことありますけど、私には絶対無理です…」
青ざめる渚を見て、私は思わず吹き出してしまった。
「ふふ、あくまで最悪のケースだよ。今日はもう休んで明日から対策を考えよう」
私たちは焚き火を挟んで、砂の上に横たわった。昼間の太陽が残した熱が背中を優しく温めてくれる。
「…灯さん、うさぎさん、とかはいないでしょうか」
眠そうな小さな声が聞こえた。
「いるかもしれないね。でも可愛いウサギを捕まえるのは心が引けるかな」
私の答えに返答はなかった。代わりにすうすうと規則正しく愛らしい寝息が聞こえてきた。
私は彼女の寝顔を見守りながら、自分も深い眠りへと沈んでいった。




