父と兄と
クーガ城砦。
周囲を山に囲まれ確かに難攻不落といっても過言ではなさそうだった。
リキア王国とディーン王国を結ぶ唯一の街道を制するこの砦を有することは非常にありがたい。
「ロンクーに命じて周囲の地形を探らせよう」
ディーンの侵攻が確定的である以上、この砦を中心とした戦闘は必ず起きる。
そうなれば情報が物を言う。
「いずれは専門の機関を作りたいな」
だがそれはまだ先の話だ。
「シンク、戦場の空気は感じられるか?」
「父上、………まだわかりません」
正直に答えるとハードリックは満足そうに笑った。
「それはそうだ。まだ戦いは始まっていない」
どうやら試されたらしい。
「お前も昔から物腰が柔らかでどうも武人らしくなかった。バースは当主だからまだいいがお前をスレイヤードの軍事部門を任せるには心配だったな」
「………………」
ハードリックの独白に何も返せない。
沸々と罪悪感が湧いてくる。
「だが今回お前は戦場を見たいと言ってくれた。嬉しかったぞ」
「父上………」
心配をかけまいと家族の前では温和な少年の皮を被っていたがそれは逆効果だった。
「武術の方も上達していると聞いた。これでスレイヤードの家も安泰だな」
「グシン兄上がいるではありませんか」
照れ臭くなって話題を逸らした。
「あいつももう少し貴族としての自覚が芽生えれば良いのだがな」
ハードリックが深いため息を吐く。
「取り巻きの貴族の子息と何やらまた怪しい動きをしていて心配だったが今回少しは気概を見せた。今後に期待だな」
俺に愚痴るくらいだから相当心配だったのだろう。
一応ロンクーに探らせるか。
「ハードリック様、そろそろ………」
「わかった」
ハードリックは兵士に呼ばれて行った。
ハードリックと別れた後、バースのところへ向かった。
初陣も目前とあり緊張した様子だ。
「兄上、大丈夫ですか?」
「シンク、大丈夫と言いたいけれど、そう見えないようだね」
やや顔色が悪いが笑顔に無理はなさそうだ。
「父上がいます、心配いりませんよ」
「そうだね」
バースの性格は戦いに向いているとは言えない。
これ以上言っても逆効果だろう。
「シンクは凄いな」
「え?」
「僕はお膳立てされていてもこの有様だ。なのにシンクは自分からここに来たじゃないか」
それはしょうがないことだ。
記憶は無いとはいえ俺は年齢通りの精神では無い。
更に未来を知っている以上停滞は許されないのだ。
「いずれ私が戦場に出ます。兄上の片腕になりましょう」
ディーンが攻めて来たらいつでも戦場に出る。
その覚悟を固めるためにここにいるのだ。
「羨ましいな。僕もスレイヤードの家と領地を守りたい気持ちに嘘はないのに周りに心配をかけるだけだよ」
「兄上、スレイヤードを守る方法は一つではありません。父上の跡をついで当主としてスレイヤードの未来を守ることは私にはできないことです」
その言葉に嘘はない。
兄上には慈愛の心がある。
優しい当主になってくれるはずだ。
足りない部分があるというのならそれを補うのが俺の役目だ。
「そうか、ありがとうシンク。僕は僕ができることをやってみるよ」
数日後、早朝にハードリックはバースを連れて国境に向かった。
敵の小部隊が国境を超えたと斥候から連絡があったのだ。
「バース………」
「母上、父上も兄上も心配いりませんよ」
「うん、ごめんねシンク。少しじっとしてて」
シュリに抱きしめられる。
恥ずかしかったがシュリの体が小さく震えていた。
「母上、大丈夫です」
優しく背中を撫でる。
昔はよく抱きしめてもらったものだがシンクの体は小柄なシュリに追いつこうとしていた。
「うん、ありがとシンク」
落ち着いたシュリは恥ずかしくなったのか少し顔が赤かった。
「シンク様、私がこの砦を預かっているデュバルです。今日までご挨拶できなかった無礼をお許しください」
「お気になさらないで下さい。私こそ忙しい中お時間を頂きありがとうございます」
シュリを部屋で休ませた後、俺はデュバル伯爵の下を訪れていた。
「伯爵、最近のディーンの様子はどうですか?」
「国境付近で小競り合いが増えています。まだ大規模な戦闘には発展していませんからバース様の初陣にとハードリック様は思われたようですが」
この砦にいた者の目線から思うところを聞く。
色々と情勢について教えてもらう。
やはり父の信頼厚いだけのことはあった。
「何かあった時のために砦の兵はいつでも動けるようにしております」
「いざとなれば私もお連れください」
「いや、それは………」
デュバルが逡巡する。
「足で纏いとなれば置いていってもらって構いません。ですが優先すべきは父と兄の無事です。私は三男ですからね」
まっすぐとデュバルの目を見つめる。
「わかりました。その時は共に参りましょう」
「伯爵、ありがとうございます」
「なに、シンク様こそまだお若いのに自分の考えをしっかり持っておられる。倅にも見習わせたいものです」
「私などまだまだですよ」
収穫を得つつ終始和やかに会話を終える。
この時はただの保険のつもりだった。
考えうる限りで最悪の事態を告げる伝令が砦に戻ったのはまだ日が高いうちだった。




