英雄の産声
至急会議室に来て欲しい、伯爵の兵からそう伝えられてシュリ、ロンクーと共に砦の作戦会議室へと向かった。
室内にはデュバル伯爵を筆頭に主要な将が集まっていた。
部屋の様子は尋常ではない。
先ほどの穏やかな伯爵の姿はなく、何かに耐えているようだ。
少し遅れてグシンもやってくる。
「おい、人を呼びつけておいて一体何の用だ」
開口一番グシンが吠える。
あまりの態度に眉を顰める者もいる中、デュバルは表情を変えない。
その様子に嫌な予感を抱えながらデュバルを待った。
「落ち着いて聞いて下さい」
「いいから早く話せよ」
デュバルの態度にグシンが焦れる。
やがてデュバルも覚悟を決めたように口を開いた。
「国境へと向かってスレイヤードの軍勢は敵の攻撃により壊滅、ハードリック様、バース様共に討ち死にされました」
「な!?」
耳を疑う。
ハードリックとバースが死んだ。
最悪の事態だった。
「ああ………」
シュリがその場に崩れ落ちる。
涙を溢れさせながら嗚咽を漏らす。
「つ、誰か母上を部屋へ!!」
これ以上聞かせないように退室させる。
「母上から目を離すな。必ず一人側につけろ」
兵士に命じるとデュバルに向き直る。
「デュバル伯爵、その事実を伝えたのは誰ですか?」
「ハードリック様が連れていた兵の一人です。包囲されたハードリック様が事実を知らせるためにこちらへ向かわせたそうです」
「敵の放った偽報の可能性は?」
「その兵士はハードリック様の直属で見覚えもあります。一応確認の斥候を送りましたが事実と思われます」
なんてこった。
俺の見通しの甘さが取り返しのつかない事態を招いた。
こうなることは予想できたはずなのに。
「シュリ様が気の毒だ、夫と息子の両方を一度に失われるとは………」
デュバルのつぶやきに目が醒める。
俺は未来を知っていて何もしなかった。
シュリからハードリックとバースを奪ったのは俺だ。
(俺は母上を、そして父と兄が守りたかったものを守る)
「そんなことはどうでもいい。大事なのはこれからだろ」
「………………グシン様の言うとおりですな」
デュバルが苦い顔をして同意する。
主君であり親友でもあったハードリックの死を『そんなこと』と言ったグシンに素直に従えなかったのだろう。
「よし、先に決めておこう。父上も兄上も死んだってことは次の当主は俺だ」
グシンが宣言する。
あまりの露骨さに嫌悪感を示す者が多い。
「シンク、当然お前も俺に従え」
優越感に浸ったグシンが嬉しそうにそう宣う。
だが俺は違和感を感じていた。
いくらグシンでも父と兄が死んだのに落ち着きがあり過ぎる。
「おい、聞いてんのかーーーーーー」
「報告します!!」
グシンが何か言おうとするが部屋に入ってきた兵士の言葉に遮られる。
「斥候が戻りました!」
「報告せよ」
場が静まり返る。
「ディーン軍は戦いの後領内に後退、態勢を立て直し現在この砦を目指し進軍を開始しました!!」
「なぁ!?」
グシンが人一倍大きな声で叫ぶ。
「何言ってんだ! そんなはずねえだろ!?」
「い、いえ、複数人が見ています。間違いございません」
詰め寄られた兵士はそう告げる。
「なんてことだ………、敵の数は?」
「………正確な数はわかりませんが、遠目から見た限りでは三千はいたとのことです」
「三千だと!?」
デュバルが荒い音をたてて立つ。
「ハードリック様との戦いで数を減らてなお三千だと………」
デュバルが唇を噛んだ。
バースの初陣にあたり当然こちらも情報を集めた。
当初の見立てでは敵は百人ほどの小部隊ということだった。
当然不慮の事態を考えハードリックは五倍の五百の兵を用意。
だが敵は巧妙に動きを隠し、六倍以上の兵力で迎え撃ったのだ。
完全に敵の術中だった。
「………………グシン様、如何なさいますか?」
デュバルがグシンに方針を求める。
グシンの発言を考慮してのことだろう。
「ば、勝てるわけねえだろ!」
先ほどの落ち着きを失ったグシンはそう吐き捨てる。
「この砦を抜かれればスレイヤード領はディーンに蹂躙されます。逃げる場所などございませんぞ!!」
グシンの態度に遂にデュバルが声を荒げる。
「に、逃げる訳じゃねえよ。そ、そうだ援軍だ。俺はグラード侯爵に援軍の要請に行く! その間はお前らが支えろ!」
グラード侯爵、グシンの母ガザリアの父親でありスレイヤード領に領地を接している。
「………間に合うとでも」
「それを持ち堪えるのがお前らの仕事だろうが!」
もはや見ていられない。
「兄上、私はここに残ります」
「シンク様!?」
「あ?………いや、よしシンクお前が残れ。この砦の指揮権をやる!」
デュバルは驚くがグシンはこれ幸いと役目を押し付けてきた。
「………本当によろしいのですか?」
「はい。描いていた未来とは違いますが私は戦場に出るために育てられたのです」
「シンク様………」
「き、決まりだな。俺は荷物を纏める。護衛の兵を用意しておけ!」
そう言い残すとグシンは慌てて部屋を出ていった。
「ロンクー」
「は」
側にいたロンクーに指示を出す。
頷くとロンクーもまた静かに部屋を出て行く。
「これ以上兵を引き抜かれるのか………」
グシンの護衛につける兵は戦いに参加できない。
クーガ城砦は堅固なれど兵力は少しでも欲しい。
デュバルはそう考えていた。
「デュバル伯爵、非公式とはいえ私に砦の指揮権は譲渡されました。以後伯爵も含めて砦の将兵は私の指揮下とします」
周りに聞こえるようにそう告げる。
「構いません、私はハードリック様のお子であるシンク様に最後まで従います」
その言葉に満足する。
「まず、兄上につける護衛からさっさと選んでしまいましょう」
「シンク様、グシン様に数を少なくするよう嘆願しましょう」
デュバルの提案は当然のものだった。
「いえ、今すぐ兄上と共に領内に戻る者を募って下さい」
「は?」
すぐさま砦中に事実が告げられ、援軍要請という形で合法的に逃げる者たちが募集された。
「砦にいた約千のうち二百人程が希望しました」
デュバルの報告を聞き意外に思う。
「思ったより少ないですね」
「………残りはここで戦うと言っております」
明らかな劣勢、半分はいなくなると思っていた。
「いい意味で予想外でした。ここにいる皆さんの人望のおかげです」
笑顔で喜ぶシンク。
対して周囲にいる指揮官達は微妙な顔をする。
褒められたのは嬉しいが兵力が減ったことに変わりはない、といったところか。
「しかしシンク様、我が軍は残りおよそ八百、敵の四分の一近くに減ってしまいました」
優しいだけではダメです、とデュバルは忠告しようとした。
「その二百が残っていてどれ程の役に立つ?」
「え?」
デュバルは何を言われたのかわからなかった。
それは周囲の将兵も一緒だった。
「怖気づいておよび腰の兵などかえって邪魔なだけだ。いない方がよっぽど戦える」
シンクは変わらぬ笑顔を浮かべている。
だがそれが逆に畏怖を呼び起こした。
「残った八百の兵は真の勇者、これ程頼もしいものはない」
悲壮感など一片たりとも感じられない。
「さあ、皆に勝利を見せてやろう」
乱世の足音が一人の英雄を目覚めさせようとしていた。




