軍神の体現者
目の前の門が開く。
同時に俺は駆け出した。
「目指すはディーンの大将のみ! 他に目をくれるな!!」
流れ行く景色を前だけを見ながらただ叫ぶ。
それだけで後ろから大きな圧力が返ってくるのを感じた。
斥候の話では態勢を立て直した敵は街道を悠然と進んでいるらしい。
ディーン軍はハードリックを討ち取ったことで油断している。
こちらが砦に篭ると考えているのだろう。
「悪いな、そんなお利口さんじゃねえんだ」
思わず笑みが漏れる。
シンクの姿にはある意味余裕が感じられた。
「シンク様、敵が見えたら我々にお任せ下さい。シンク様にまで何かあってはハードリック様に顔向けできません」
ただデュバルはシンクが先頭を駆けるのをよく思ってはいなかった。
「シンク様はこの軍の大将。敵と切り結ぶのは他の者の役目です」
もしシンクに何かあればその時こそ軍は壊滅すると考えていた。
「伯爵、それは正しい大将の在り方だ。だがそれは相手に優越している時の話でもある」
戦場に出たシンクは徐々に本性を隠しきれなくなっていた。
「今必要なのは兵力差を埋める将兵の士気。俺が先頭に立つことで兵士を鼓舞することが勝利への一歩目だ」
その変わり様もさる事ながら未だ7歳のシンクが戦場の機微を理解していることにデュバルは驚いていた。
「伯爵、走りながら伝えよ。最後まで俺についてこれた者には特別の報酬を出すとな」
そう言うとシンクは馬の速度を上げる。
その後ろにロンクーが黙ってつき従う。
慌ててデュバルは大声で後方にシンクの言葉を叫び後を追う。
それを聞いた将兵は同じように叫びながら追従していく。
馬蹄を搔き消すが如く声は響き全体が一つの目標を共有した。
シンク・スレイヤードに付いて行く。
それだけを求める一つの大きなうねりとなった。
隠れる事もなく突き進むシンクらの動きはやがて敵に察知される。
「ハイン様! 前方から土煙が迫っています!」
ハイン・ジュートはその報告を聞き笑った。
「誰が率いているのかは知らぬが戦を知らんな。わざわざ砦を出るとはこちらの思う壺よ」
ハインは今回ディーン軍三千を率いる大将であった。
ジュート家はスレイヤードと国境を接するディーン王国の伯爵家である。
スレイヤードと何代にも渡って国境線を争ってきた因縁ある家だった。
ハインの代になり本格的にスレイヤード攻略を企て遂にスレイヤード当主と次期当主を討ち取る大功を立てた。
その戦果に好機とみたハインは一度領内に戻り態勢を立て直すと共に王都に伝令を送りスレイヤード侵攻を具申した。
ディーン王家もリキアの領地を奪う機会に歓喜し援軍を約束。
まず足がかりとなるクーガ城砦の奪取に向け軍を動かしたのだった。
「弓兵隊を前に出せ。近づく敵を射かけ崩れた所を騎兵を持って殲滅する」
万全の構えで待ち構える。
ハインはスレイヤード当主ハードリックと跡継ぎバースの首を確認している。
他にも子供がいたのは知っているが一人は愚物。もう一人はまだ子供と統制を取れる者はいないと考えていた。
「砦の一部が主人に殉じに来たか。望み通りにしてやろう」
ハインにとってクーガ城砦制圧までは勝利を約束された戦いでしかなかった。
「シンク様! 敵が弓兵隊を展開しています。お逃げ下さい!」
敵の動きに気づいたデュバルが叫ぶ。
同時に味方にも動揺し速度を落とし始める者が出始めた。
「シンク様、ここは私が」
ロンクーの声が届く。
何を考えているのか直ぐにわかった。
「ロンクー、お前の死に場所はここじゃない」
「しかし………」
「まだ早い。敵も舞台も剣鬼には相応しくない」
それにここでこいつを使うようじゃ俺の先も見えている。
「それともお前が俺に教えたのはこんな状況も越えられないものだったのか?」
その言葉にロンクーの目がギラつく。
プライドの高い自殺志願者というのも難儀だな。
扱いやすくていいが。
「付いて来いロンクー!」
敢えて後ろを向いて叫ぶ。
そして返事を確認しないまま速度を上げる。
前方で今まさに無数の矢が放たれた。
「ハイン様! 前に出られては危険です!」
展開する弓兵隊の直ぐ後方に現れたハインを隊長が止まる。
「主人に続こうという奴らが現れたのだ。見届けてやるのが武人の情けだろう?」
得意そうにハインが説き伏せる。
本心は自分の軍が憎いスレイヤードの軍を蹴散らす所を真近で見たかったのだ。
「ん、何だ? あれは子供?」
「なんだと!?」
隊長の言葉にハインが反応する。
「隊長、先頭の二騎が速度を上げました!」
続く報告にハインが歓喜する。
「あれはハードリックの子供だ! 何といい日だ。スレイヤードの一族をまた一人討ち取れるとは!」
その姿を周囲が見守る。
スレイヤードとの因縁があるのは周りの者にとっても同じ、ハインの言葉に共感していた。
「突出した先頭の二騎を集中して射かけよ! 馬鹿め、血気に逸りおって!」
ハインの命令に隊長が号令をかける。
直ぐに無数の矢がシンク目掛けて放たれた。
「シンク様!」
後ろから誰かの声が聞こえる。
だが俺の意識は前方から降り注ぐ矢に集中していた。
『シンク様、この程度が見えぬようでは話になりません』
『シンク様、槍の突きは点、よく見極めるのです』
そのふと思い出されるのは苛烈な扱き。
その速さに比べ雑兵の放った矢のなんと遅いことか。
その終わりなき攻撃と比べこれは最後の矢が見えるではないか。
確かな確信と共に馬首を巡らす。
そしてそのまま矢の嵐に飛び込む。
「秘技『飛矢崩し』」
剣を前方に構え最小限の動きで飛来する矢を弾き落とす。
ロンクーから教えられた技の一つ。
止めどなく降り注ぐ矢を撃ち落としながら駆け続ける。
(そういや前の世界にも似たような話があったような。あれは鉄砲だったか?)
まさか自分がやる事になるとは思わなかった。
同時にこんな死と隣合わせの状況で自分の血が沸き立つのを感じていた。
そして最後の一本を弾き敵の斉射を突破する。
視界を妨げていた矢が消え万能感が身体を支配する。
そして身体の動くままに剣を天に掲げる。
「刮目せよ! シンク・スレイヤードこれにあり!」
双方に届くほどの声を上げる。
「「「「「「うおおおおおぉぉぉぉぉぉ」」」」」」
天地を揺るがす歓声が近づいて来るのが聞こえた。




