時運に見放された者たち
シンクは目を覚ました時、自分のいる場所が自分の館の自室であると気づくのにしばらくかかった。
「………我ながら無茶をしたものだ」
王都からの道中を思い出し、部下たちや祖父にも無理をさせたと少し反省する。
「しかし、そのお陰で得たものは大きい」
今自分がここにいることはスレイヤードに連なる者しか知らないだろう。
それこそがこれから為すことの前提条件であった。
「とは言えぐずぐずすれば気付かれる可能性もある。急がないとな………」
そう思って起きようとした時、ようやくその存在に気付いた。
「すぅ………すぅ………」
シンクのベットの傍で寄りかかるように眠る少女。
小さい身体で文句一つ言わず自分を守ってくれている。
「リーフ………」
その名前を呼び、頭を撫でる。
すると気持ちよさそうに笑顔を浮かべる。
「やれやれ、直ぐに動かねばならないと分かっているのにな」
その寝顔を見ていたいと思ってしまう自分がいる。
葛藤の末に頬をつつく。
ちょっと嫌そうな顔をするリーフも微笑ましい。
できればこのまま起きずにいて欲しいとも思うが。
「ふぁ………シンク様ぁ」
「起きたかいお姫様?」
暫く目をぱちぱちさせていたリーフだが、状況を認識すると慌てて立ち上がった、
「ご、ごめんなさい! 私………護衛なのに………」
リーフは涙を浮かべて絶望する。
彼女はシンクに護衛を解任されてしまうのではないかと本気で心配した。
そんな彼女を見てシンクは笑いながら。
「リーフ、これが終わったら一緒に寝ようか」
そう言ってシンクも立ち上がる。
リーフは最初、何を言われたのかわからなかったが、言葉の意味を理解すると顔を真っ赤にした。
「シンク様!」
揶揄われたと思って声を上げるリーフを尻目に、シンクは笑いながら兵のもとへ向かう。
「たまにはこういうのかあっても悪くないよな」
これからやることも、この日常を守るためなのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
スレイヤード領の南部。
領都より離れたこの地域では領主の力もなかなか届かず、各傘下貴族が少しずつ力を持つようになっていた。
先の戦争においても領主たるスレイヤード家の要請に応えず、むしろヘイゲルの誘いに乗って転覆に一役買っていた貴族たちは今も健在であった。
それにも関わらず予想に反してシンクがヘイゲルを謀殺すると急に掌を返し。
『我らはシンク様に忠誠を捧げます』
などとのうのうと宣っていた。
その後もスレイヤード家が何も追及をしてこないことを良いことに、表向きは忠臣面を見せながら裏では南部の傘下貴族で連合してのスレイヤード家転覆を画策するまで増長していた。
その日、スレイヤード領南部で一番の都市であるパロールに家族たちが集まっていた。
表向きにはバロールの領主貴族による親睦パーティーとされていた。
「皆様、ようこそお集まり下さった」
パーティーの当日、南部貴族の大半が集まったその日に領主の館で当主達が集まっていた。
テーブルを囲む面々には様々な感情が見て取れた。
そわそわと落ち着かない者。
余裕な笑みを浮かべる者。
媚び諂う者。
その光景はとてもパーティーを楽しもうとするものではなかった。
「集まって貰ったのは他でもない。我が家がスレイヤード家に代わってこの地を支配する計画を実行に移す時が来たのだ」
その言葉に動揺を見せる者はいない。
ここにいる全員がこの場が何を語る場なのかを理解していた。
「そもそも先代が戦死し、今の当主はまだ子供ではないか。そんな家に領主の資格があろうか?」
彼の言葉に多くの者が頷く。
しかし中には迷いを見せる者もいた。
「………しかし、かのゼールギスを破り、前グラード候も退けたと聞きますが?」
「そんなものは臣下の小利口な奴らが、たまたま幸運を掴んだにすぎん。そんなことが何度も続くものか」
弱気の発言は論破され、場の空気は徐々に不穏さを増してくる。
「現在シンク・スレイヤードは王都に召喚されている。つまり、今領都は手薄ということだ」
彼らの狙いは結局のところ空き巣と変わらない。
ヘイゲルに加担した彼らは、罪を問われる可能性がある。
何とかしようと考えていたところに、たまたま好機が舞い込んできたに過ぎなかったのだ。
「我々とて今までの恩を忘れている訳ではない。今なら彼を傷つけることもないのだ」
自分を正当化しようと身勝手な理屈を述べる辺り、彼の小物感が拭えない。
しかし、周囲の者は彼を支持した。
「皆が支持してくれて頼もしく思う。今日パーティーが終わり次第、各々領地に戻り軍を率いられよ」
そうして場の空気が和らぐ。
誰もが勝利を確信していた。
「報告します!!」
その時大声を上げて部屋へと乱入してくる者がいた。
「重要な話し合いの最中だぞ! 誰の許しを得てここに入ったか!!」
館の主人が怒声を上げる。
しかし乱入者ーーー領地の兵士の尋常の様子じゃなかった。
「何があった!?」
さすがに様子のおかしさに気付いた者が兵士に尋ねた。
「ぐ、軍が、大軍がこの都市を囲んでいます!!」
兵士が必死の形相で告げるが、貴族達は信じなかった。
「馬鹿なことを言うな!」
兵士の主人も疑った。
「外を、外をご覧下さい!!」
兵士は怒鳴るように言う。
その剣幕に押され、貴族の一人がカーテンを開けた。
「な、何だ、何だあれは!!」
その光景を見た誰かがそう叫ぶ。
窓からは都市を囲むように軍勢が広がっていた。
「あれは、スレイヤードの戦旗だ。スレイヤード軍だ」
「馬鹿な! シンクは王都にいるのだぞ! 勝手に軍が動いたとでも言うのか!」
部屋は混乱に包まれる。
彼らには目の前の現実が理解できなかったのだ。
「見ろ! 奴ら入ってくるぞ!」
「門の兵は何をしている!」
彼らの眼前でスレイヤード軍が街中に入ってくる。
街の兵がそれを防ぐ様子は見えない。
それも当然であり、貴族達が反乱を起こそうとしている事実が兵士達に伝わっておらず、兵士達は領主の軍が訪れたことに驚きつつも、迎え入れたのである。
「ど、どうするのだ!? ここには妻も子供もいるのだぞ!」
パーティーという名目のため、参加する貴族達は家族も連れてきていた。
反乱を画策する一族が全てここに集まっていた。
「はは、はははははは」
彼らを集めたパロールの貴族が乾いた笑いを発する。
彼には理解できなかった。
いや、理解したくなかった。
シンク・スレイヤードの動きに釣られ、集められた。
全ては反乱分子を一挙に滅ぼすために。
しかも、兵を損ねることなく。
そんな遠謀を描く者がいると理解することを拒んだのだ。
周囲の貴族が慌てふためく中、彼は全てを諦めた。
下の方が騒がしい。
スレイヤード軍が踏み込んできたのだろう。
ここに来るのも時間の問題だ。
周囲で逃げようとしている連中が馬鹿に見える。
これ程に周到な敵から逃げられる筈がない。
やがて一人の少年が近づいてくる。
既に誰かを斬ったのか、その姿は返り血で真っ赤に染まっていた。
「ふふ、はははははは」
噂を聞いたことがあった。
ディーン王国との戦争の中でゼールギス王がシンク・スレイヤードに言った言葉を。
『鮮血の貴公子』
その言葉を軽く見ていた時から自分は既に敗北者であった。
「ははははははははは」
その事実に気付いた時が彼の最期だった。
この日スレイヤード南部の貴族が消えた。
舞台となったバロールの街の市民さえ気付くことなく、一人の犠牲者も出すことなく、全ては終わった。
この出来事は王国全土を震撼させ、本当の意味でシンク・スレイヤードの名が人々に記憶される。
このたった一日の出来事を、人々は感嘆と畏怖を込めて『赤き粛日』と呼んだ。




