崩された思惑
スレイヤード領の大事件から数ヶ月の時が経過した。
スレイヤード領における混乱は、僅か一月で終息を見せ平穏さを取り戻していた。
そのあまりの早さに現地の人々すら事件が本当にあったのかを疑う程であったという。
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「はあ」
フェリオは自分の執務室で目の前の書類を片付けていた。
「いい加減にしましょうよ。器が違うっていうのはフェリオ様の言葉ですよ」
アルバンドは、最初のうちは落ち込む主人に気の利いた言葉をかけていたが、何度も続くため辟易としていた。
「わかってる」
憮然と答えるフェリオだが、その言葉通り頭ではわかっていた。
しかし感情というものはどうにも追いつかない。
この点フェリオはまだ若かった。
「だがこうも差をつけられてはため息の一つくらい吐きたくなる………」
数ヶ月前、ディーン王国の侵攻から始まり、リキア王国は大きな変化の時を迎えた。
その中でフェリオの父ヘイゲルが、幼くしてスレイヤード家の当主となったシンク・スレイヤードに殺され、フェリオは急遽グラード家の当主となった。
だが、それはいつか来ることであったし、覚悟もできていた。
寧ろ父によって腐敗しつつあったグラード家を己が立て直すのだと前向きになれた。
しかし、王都でシンクの姿を見た時、そんな気持ちが吹き飛ばされたかのような感覚に陥った。
自分の娘と同い年のはずの少年からは、父ヘイゲルと同様かそれ以上の何かを感じた。
言葉には表せないが、彼と争ったら負ける、そう本能が理解させられた。
その感覚に囚われてからフェリオは身の危険を感じた。
既に自分の父は、彼の家族を殺している。
自分は関係ないなんて言葉は通じるはずもない。
あの恐ろしい少年と戦わなければならない未来を想像して寒気が止まらなかった。
しかしそんなフェリオの恐怖を払ってくれたのは、当のシンク・スレイヤードその人だった。
彼は積極的にグラード家との和解を望み、それが合意に至った時は、内心歓喜した。
更にシンクも領内の安定化という自分と同じ悩みを抱えているのかと、得体の知れない恐怖心が薄れると共に、親近感を感じた。
同時に先に自領を掌握できればシンクに勝つことができるかもと夢想したこともあった。
その数日後のことである。
シンクが軍勢を率いて貴族達を粛正したという報告が王都に届けられたのだ。
最初は誰も信じなかった。
ついこの間まで王都に居たのにどうやったらスレイヤード領で軍を率いることができるのかと。
しかし、王都の屋敷にシンクの姿がなく、貴族と繋がりのある商人達が同じ話を持ち込むにつれ、否定できる者はいなくなった。
多くの傘下貴族が粛正され、その家族も同じ末路を辿ったという話を聞き、王都の貴族の大半が恐怖心を隠しきれなかった。
中にはシンクの非を鳴らす者もいたが、具体的にどうするかとなると皆一様に口を閉じた。
スレイヤードの軍靴が自分に向かってくるのではないか。
シンクの苛烈な行動が彼らの心にそんな幻想を抱かせたのである。
国王であるデルウッドですら何も言えなかった。
そしてそのままシンクの予想通りの結果に落ち着くのだった。
フェリオは現在領内の安定化に追われている。
フェリオが掲げる領内統治の優先の方針。
悪く言えば消極的なその姿勢に、ヘイゲルに近かった貴族達が反発したのである。
フェリオは彼らの懐柔の方針をとっていたが、時にはシンク同様、実力行使も辞さなかった。
しかし、スレイヤード領の件で警戒する貴族達は対抗姿勢を整えていた為、討伐に時間がかかり、その間に反逆者と息を通じた王都の貴族からの横槍が入るなど難航した。
剛柔両面の施策で、少しずつ反抗する者たちは減ってきているが、スレイヤードに大きく遅れとったのは事実だった。
「はあ」
その事を考える度、フェリオはため息を吐くのだった。
「元気出して下さいよ」
アルバンドも苦笑いが止まらない。
「シンク殿も友好を保ってくれてますし、ここからではないですか」
アルバンドの言う通りだった。
グラードにとっての救いは、早々に領内を安定化させたシンクが苦境のグラードに手を出して来なかったことである。
和解したとはいえ、それを平気で裏切る者は多い。
事実父もそうであった。
しかし、シンクはグラードに兵を向けるどころか、
積極的にグラードの支援を行った。
支援物資の拠出や反逆者の牽制など、父の所業で敵の多いグラードにとって渡に船であった。
「その分大きな借りを作ってしまった」
「そのうち返しましょうよ」
律儀なフェリオは踏み倒すという考えはない。
あったところでスレイヤードとの関係を悪化させるのは悪手でしかない。
「まずはシンク殿との約束を果たすのはどうですか?」
「………? ああ、そうだったな」
王都で和解した際にシンクと交わした約定はまだ果たされていない。
忙しい日々が続き、機会がなかった為である。
「ようやくこっちも落ち着いてきたからな。これ以上伸ばしては失礼にもなる。アルバンド、スレイヤードに使者を送ってくれないか?」
「了解」
アルバンドはようやく少し前向きになった主人にほっとするのだった。




