軍神と呼ばれた男
フェリオとの会談を終えた翌日。
シンクはとある人物と会っていた。
「よく来てくれたな、シンクよ」
「初めまして、ですね。お祖父様」
シンクの正面に座る老齢の男。
彼こそがハードリックの父二代前のスレイヤード当主である。
つまりはシンクの祖父であり、名をハルバトスという。
「正確には違うが、まだお前は小さかった。覚えていないのも無理はない」
ハルバトスは普段、王都の屋敷で隠居生活を送っていた。
二人の間、少なくともシンクの方には家族という感覚はあまりない。
「それで、この老いぼれになんの用だ?」
ハルバトスは孫がただ会いに来たなどとは毛頭も考えていない。
「もしや文句の一つでも会いに来たか?」
ハルバトスはスレイヤードの変事を聞いても領地に赴くどころか便りすら寄越すことはなかった。
「いえ、そのことについて私がなにか言うつもりはありません」
シンクとて思うところはある。
だが過ぎたことをどれだけ責めたところで何が変わる訳でもない。
更に言えばシンクは自分にはその資格が無いと考えている。
「お祖父様にはスレイヤード領に戻ってきて貰いたいのです」
「断る」
一考することもなく、孫の頼みを断る。
「何故でしょうか?」
「わしではなんの力にもなるまい」
その言葉になんの説得力もない。
ハルバトス・スレイヤード。
『閃光の軌跡』を知っているもので彼の名を知らないものはいない。
とあるイベントのみで登場し、出番はそう多くはないものの、彼の存在はプレイヤー達の記憶に深く刻み込まれている。
当然俺も知っていた。
スレイヤードという家名を聞いて密かにこの男と血が繋がっていると知って熱くなった程だ。
この世界でもハルバトスの名前は聞いている。
百戦不敗の名将。
百里先に深謀を巡らす知将。
国内外で恐れられる彼だが、隠居してより一切表舞台に立つことはなかった。
「もちろんお祖父様の手腕をお借りしたいのですよ」
今回そんな祖父を訪ねたのは名将、知将が欲しかった訳ではない。
正直にいって今のスレイヤードは人材不足だった。
それも近いうちに更に人手不足になるだろう。
「ならば諦めるのだな。今のわしは誰かに仕える気はない」
なんと言ってもハルバトスは首を立てに振らない。
「それにわしを将としておけば周囲から警戒を招くことになるぞ。特に王家はわしを許さんだろう」
ハルバトスの隠居の理由の一つは王家との決裂である。
たしかにハルバトス言うことは最もではある。
だが。
「いえ、お祖父様には戦場に立って貰おうとは思っていません」
その言葉に更にハルバトスの眉間が強張る。
「また悪巧みか? やめておけ。謀略多きは要らぬ敵を作るぞ」
ハルバトスは孫が過ちを犯さないように忠告した。
それが彼が家族にできる唯一のことだった。
「いえ、それも違います」
ハルバトスは二度肩透かしを食らうことになる。
「………ではわしに何をさせたいんだ?」
シンクの真意を探るハルバトス。
だがシンクはあっさりと答えた。
「私に政治を教えて欲しいのです」
今のスレイヤード家の問題。
一つは人材不足。
そしてもう一つはシンクの当主としての能力の不足だった。
元々シンクは軍事面での兄の支えを求められてきた。
戦場での指揮についてはそれなりに学んできたが当主としての教育は一切受けてない。
前世の知識も政治に関わったものはほとんど無かった。
(断片的な知識はあるが、そう都合良くいく訳ないか)
政治に関われるのはごく一部の人間。
どうやら自分はそうではなかったようだ。
思考は戻り、以前当主をしていたハルバトスなら流石に知っている筈である。
なんとしても助力して欲しかった。
「まさか政治とはな」
流石のハルバトスも困惑していた。
「だがさっきも言ったがわしは王家に目をつけられておる」
ハルバトスはため息を吐いた。
「シンクよ、悪いことは言わん。わしのことは諦めよ」
諭すような語り口。
そこには家族を心配する情念が見えた。
「戦場には立たぬ。策は立てぬ。そんな不忠者ではなく、他を当たった方が良かろう」
それは欲を言えばハルバトスには戦場にも立って貰いたい。
だがシンクはハルバトスが拒否する理由を知っている。
だから。
「お祖父様は忠義者だからこそ誰にも仕えてこなかったのでしょう?」
その言葉は何故かすんなりと口から出た。
「………」
ハルバトスは今度こそ驚きに固まっていた。
「シンク、何故、何を知っている?」
「私が知っているのはお祖父様が先先代のリキア国王に絶対の忠誠を誓っているということです」
そう。
知っている。
「そう、か」
ハルバトスは思い出す。
『ハルバトス、お前の汚名は知っている。それこそがお前の忠義の印であることも』
『お前こそ、この王国の盾である』
『ハルバトスよ。その力、これからもリキアのために使ってくれ』
「シンク」
目の前の孫にかつて自分を認めてくれた男が重なった。
「お前の提案を、受けよう」
1人の男の運命が変わった瞬間だった。




