剣鬼と呼ばれた男
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現スレイヤード家当主ハードリックに招聘され仕えてから数年が経ったある日、私はハードリックの三男シンクの教育を命じられた。
『初めましてロンクー。僕の名前はシンク。これからよろしく』
第一印象は『貴族としての風格の無いただの子供』だった。
もはや忠誠心など抱くことのできない主人から命じられたやりたくも無い仕事に内心憤慨していた俺は5歳の子供にするとは思えない過酷な訓練を課した。
最初は八つ当たりに近い扱いだった。
この子供があまりの辛さに逃げ出せばいいと雑なことを考えていた。
しかし予想に反しシンクは全ての訓練に耐えぬいた。
この少年は間違いなく傑物だ。
そう確信した私の胸に愚かな考えが宿るのはそう時間はかからなかった。
最後の見極めの訓練もやり遂げたシンクに私は思いつく限りの賛辞を浴びせた。
気づかれぬように父や兄達より優れた存在であるとシンクに吹き込む。
才能あるとはいえ未だ5歳の少年。
彼を持ち上げ神輿とすることはそう難しくないと考えていた。
しかしそんな甘い考えは吹き飛ばされる。
そしてその瞬間は私の生涯で忘れられぬ記憶となった。
「俺を焚きつけてどうするつもりだった。継承問題を起こして弱体化させたいか? それとも傀儡としてスレイヤードを我が物としたかったのか?」
私が雛鳥と見ていたものは獅子であった。
ここにはいつも柔らかな物腰で家臣と接していた少年の姿はない。
射貫かんがばかりの視線は私に畏怖を抱かせる。
「答えろロンクー、目的は何だ」
その言葉には偽りを許さない力を感じる。
剣を抜けば一閃に斬り伏せられるはずの少年に私は間違いなく屈していた。
「全ては我が生涯に終止符を打つため」
もはや隠すことは叶わない。
私は自分の望みを口にしていた。
「俺が許す。全て話せ」
心のままに。
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「私の人生は剣に捧げてきました。ただ強き敵を求めては戦場を渡っていました」
語られるロンクーの人生。
俺は口を挟むことなくそれを聞く。
「いつか私は剣において並ぶ者なき戦場の剣鬼と呼ばれるようになっていたのです」
それは頂点へと至った者の独白。
彼の人生は満ち足りたものだったのだろう。
「しかしある日私は気付きました。歳を重ね私の剣の腕が鈍ってきていることに」
ロンクーが拳を握りしめる。
「それは僅かな差異。なおも他者を寄せ付けることなく戦場を駆け続けました」
その目に映るは過去の自分か。
「しかしその度に私の心は荒立っていたのです。何よりもかつての自分に負けているという事実が許せませんでした」
誰よりも強く、そう願った男は他でもないかつての自分に敗北する日々を送っている。
「そして私は死に場所を求めました」
その事実に耐えられなくなったのだ。
「そんな私にハードリックはスレイヤードに仕えれば死に場所を与えると約束しました」
そんな言葉を信じてしまうほどに。
「私にも剣を持ち続けた者としての矜持があります。死に場所はふさわしき戦場でありたい。スレイヤードは王国の盾と呼ばれる貴族。ならばと思いました」
しかし彼は今ここにいる。
「しかしハードリックは私の望みを叶えませんでした。元々その気がなかったのか、私という武力が惜しくなったのかわかりませんが」
ロンクーの言うことを俺は間違いとは思わない。
父は贔屓目にも凡人であり目に見えた功績がない。
突出した人材であるロンクーを雇うために手を尽くした結果なのだろう。
そういう意味ではその手管は見事だった。
「私の心は今この時も苛まれています。腕は衰え、いつかふさわしき戦場に立つことすら叶わなくなるのではないか、そう考えて止みません」
しかし父はロンクーの心を繋ぎ止めることはできなかった。
「故にシンク様を担ぎ当主にして死に場所を得ようとしました」
「なるほどな」
ただ己の誇りと共に死ぬ。
まさかそんな目的とは思わなかった。
「こうなれば致し方ありません。如何様にも処分を」
「………………」
この男にスレイヤードへの忠誠心はない。
父の腹心というのは何の冗談だと思う。
この男を排除するのは容易い。
抵抗されれば止めるのは難しいが幸いにも神妙にしている。
しかしここで失うのは惜しい。
「ロンクー、お前は俺の教育を命じられているな」
「………は」
「ならば俺からお前に二つ命じる。一つは引き続き俺に指導を続けよ。ただし内容は武芸に限らず知識面もだ」
「………………………了解しました」
ロンクーが感情を押し殺す。
苦悩の日々がこれからも続くと思ったのだろう。
あるいは弱みを握って道具として使われる未来を想像したか。
「もう一つは弟子を育てよ。一人でもいい。お前の技量を余すことなく伝えた者を俺の従者とする」
「………は」
忠誠なき者を近くに置くわけにはいかない。
いずれはその者をロンクーの代わりにする。
でなければこれから訪れる困難は超えられない。
「………不足なく成し遂げたその時は」
そして功あるものには報酬を。
「俺が必ずお前の望みを叶えよう」
お前が死を望むなら与えよう、しかしその能力は俺が貰い受ける。
だからその時までは俺に忠誠を尽くせ。
思わず口角が上がる。
それはとても5歳児のものとは思えなかった。
「たしかに受けました。シンク様」
最強の剣が今俺のものとなった。




