その日俺は地獄を見た
この話の途中から三人称に変わります。
スレイヤード家は貴族だった。
それも侯爵家。
(身分が高そうどころか貴族の最上位かい)
そりゃカザリアも自分の息子を跡取りにと望むはずだ。
更に根深いのがカザリアも同じ侯爵家の出身だということだった。
どうやらシュリよりも実家の立場が上のため長男であるバースの地位も万全とは言いがたいようだ。
(親父はバースを跡取りにすると明言したらしいが………)
三男の俺には無縁な話だができればバースに継いでもらいたい。
というのもグシンが予想に違わず嫌な成長を遂げたからだ。
5歳になったグシンは母親のカザリアと共にシュリを強く当たるようになっていた。
その度にシュリは悲しみに暮れる。
元来の優しさと実家の地位の差がシュリを泣き寝入りさせているのだ。
部屋に籠るシュリを慰めるたびに涙を浮かべて『ありがとうシンク』と言ってくれるのがなんとも痛々しい。
この件に関して親父はあてにできない。
(転生したとはいえあの人の愛情には答えたい)
だから俺は兄の立場を盤石にしようと決意した。
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決意の日から2年、俺は5歳になっていた。
元々記憶を引き継いでいたので当たり前ながら精神面の成長は早い。
ハードリックはシンクのことを神童と喜び早くから教育をしようとしたのは渡りに船だった。
兄のバースは文官肌だったため俺には戦働きをして支えて欲しいとスレイヤード家の武術指南役であるロンクーがついた。
それからは厳しく文字通り血反吐を吐くような日々が続くことになる。
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「シンク様、倒れていたら敵は退いてくれますか?」
ロンクーの指導は鮮烈を極めた。
立てなくなるまで打ち込まれ、立てと言われて立てないと蹴りを入れられる。
(5歳のガキにやる訓練かよ!!)
思わず心の中で悪態をつくがこのままでは更に追撃されるだけなので気力を振り絞る。
「………いえ、まだまだこれからですよ」
悔しいから精一杯の強がりを言う。
「………よろしい。では続きを」
再び始まる苛烈。
(見てろよ。その涼しい顔を崩してやる)
「シンク様、お疲れ様です」
結局、一太刀すら浴びせることが叶わず地に伏せていた。
「………ロンクー、今日もありがとう」
「いえ………」
ロンクーが一瞬戸惑いを見せる。
(ボロボロにした5歳児にお礼を言われる気分はどうだ!)
我ながらみみっちいがこれくらいの仕返しはいいだろう。
「………シンク様はスレイヤード家にふさわしい方ですね」
「はあ?」
(あ、やべ)
今まさに器の小さいことをしていただけに素の声が出てしまった。
「スレイヤード家は王国の盾として名を馳せてきました。その中でもシンク様の成長は素晴らしいですよ」
幸いロンクーは気にしなかったようだ。
しかし随分持ち上げるな。
「でもロンクーに手も足も出ないよ」
「今は当たり前です。ですが私はシンク様の努力を見てきました」
その言葉が心に響く。
苦しみながらも必死に食らいついてきたのが認められた気がした。
「いずれはハードリック様をも超えられると確信しました」
「ロンクー………」
「………その点で言えばもバース様よりもグシン様よりもシンク様はスレイヤードに相応しいと言えるでしょう」
「………本気でそう思っているの?」
「はい」
ロンクーの目が語る。
「そうか。兄上達よりも………」
「はい。スレイヤードは武勇に優れたシンク様にこそ」
「………………舐められたもんだ」
更に言葉を重ねようとするロンクーを遮る。
もはや取り繕う必要はなかった。
「シンク………様?」
ロンクーが驚き目を剥く。
こんな事でこの男の表情を崩すことになるとは思わなかった。
「ロンクー、お前は父上の腹心と聞いていたが随分と違うな」
「………は」
「俺を焚きつけてどうするつもりだった。継承問題を起こして弱体化させたいか? それとも傀儡としてスレイヤードを我が物としたかったのか?」
「………………」
ロンクーは冷や汗をかいている。
(どうした。お前ほどの男が何を追い込まれている)
俺は怒っていた。
父を裏切ったことでも継承問題を起こそうとしたことでもない。
俺はこの男に認めてもらえたと思ったのだ。
ロンクーという男に認めてもらえてただ嬉しかった。
だがそれは間違いだとわかった。
「答えろロンクー。目的は何だ?」
ロンクーは躊躇いを見せるも口を開いた。
「全ては我が生涯に終止符を打つため」
「………要領を得ないな」
嘘をついている様子はないが語りづらい何かがあるらしい。
「俺が許す。全て話せ」
沈黙は許さないと命じる。
この時俺とロンクーの運命が決まった。




