フェリオ・グラード
「………負けた。完敗だったな」
グラード家現当主フェリオは王都の自分の屋敷に戻ると開口一番そう呟いた。
執務机に座り天井を見上げたフェリオは振り返る。
今回の謁見はスレイヤード家にとどめを刺すための罠が巡らせてあった。
フェリオはヘイゲルのような冷酷非道な性格ではないが甘い理想論者でもない。
グラード家を守るためなら手を抜くつもりはなかった。
「それでも足りなかった」
シンク・スレイヤードは向けられた悪意全てを押しのけて、逆に彼が望む結果へと流れを導いた。
今回の戦争でスレイヤードに仇を為した者たちは皆裁かれた。
首謀者である父に妹の息子であるグシンは謀殺され、父に協力して見返りを得ようとしたゾンドもデルウッドが直々に処分を下した。
その他の父と近しい貴族たちもシンクの罠に嵌り、スレイヤード乗っ取りに加担したとされ、やはりデルウッドによって責任を追及された。
ある家は爵位、領土の没収あるいは責任をとっての当主の処刑。
どう進んでも彼らの行く末は明るくないだろう。
グラード家としても王国を牛耳っていたヘイゲルの死による恐怖支配の崩壊。
さらには今回の謁見で傘下の貴族の大量失脚させられ、シンクの思い通りに動かされたことで威信が大きく傷つけられた。
今後、グラード家は厳しい状況へと置かれていくだろう。
だがそれでも………。
「それでも私は、グラード家は生き残った」
正確にはシンクの配慮に生かされたというべきだろう。
しかし、あの時、あの一瞬の自身の判断が生死を分けたとフェリオは確信している。
「貴族たちが愚かにもスレイヤードの責任を追及しようとした時、私は咄嗟にグラード家としての方針を切り替えた。敗北を認め、敵対を止めたからこそシンクも国の安定を優先したのだろう」
ならばまだ自分の運は尽きていない。
グラード家が傾くなら自分が支えればいい。
それが当主たる自分の仕事のはずだ。
「それにグラード家当主としてではなく、私個人としてならばこの状況は悪いことばかりじゃない」
父と繋がりの深い傘下の貴族が潰れた。
それはグラード家の支配力の低下を意味するが、フェリオにとっても制御しづらい者たちを自分の手を下さず排除することができた。
また彼らの財産は全てスレイヤードに賠償されるがその領地は全てグラード家の直轄に戻る。
そこに自分と思いを同じにする者たちを配することができればフェリオの統治を盤石にすることは父が生きている時より遥かに容易なはずだ。
「まさか、そこまで考えて………。いや、そんな筈はない。彼は私と面識がなかったはず。私が何を望んでいたかを知る由もない」
自分で言っておきながらもしかしてと考えてしまう。
「どちらにしてもスレイヤード家とは少しずつ関係を取り戻す必要がある。シンク………殿は決して敵に回すべき相手ではない」
己の中で方針を固めていくフェリオ。
自身の統治を盤石化と早急な関係改善の手段を検討する。
その時、部屋のドアが叩かれた。
強めの力で叩かれたドアは大きな音を上げる。
訪問者が誰かを察したフェリオはため息をついた。
「入りなさい」
ドアを開け、少し興奮した様子で入ってきたのは自身の娘、アルテナであった。
「………父上、謁見はどうなりました?」
「その姿はなんだ? それが貴族の子女の振る舞いか?」
フェリオが軽く嗜めるがアルテナは追及をやめない。
「スレイヤードの卑怯者はどうなりました! お爺様の仇は取れたのですか!?」
アルテナの様子に再び心の中でため息をつく。
長女であるアルテナは怪物と言われた謀略家であるヘイゲルや現実主義者なフェリオに似ることなく、真っ直ぐに育った。
しかし世間知らずな面と苦もなく育った環境から独善的な性格になりつつあった。
今回の件を利害を全て除いて見れば非があるのは間違いなくグラード家の方であり、ヘイゲルは殺されて当然のことをした。
本来娘の性格なら祖父の罪を追及すべきなのだが、世間を知らない彼女は祖父の本当の姿を知らない。
誰かに教えられることもなく彼女は祖父の死をスレイヤードに嵌められて殺されたと信じた。
「アルテナ、グラード家はスレイヤード家と和解した。これからは良き関係を築いていくのだ」
フェリオは淡々と結論を述べる。
「何故ですか!? お爺様を殺したスレイヤード家は罰せられるべきです! 特に謀略など卑怯な手段を使うシンク・スレイヤードは貴族の風上にも置けないではないですか!」
フェリオにとって娘の主張はどうでもよかった。
しかしスレイヤードとの関係改善の一つの手段が失われたのはわかった。
(シンク殿との関係を築くためにアルテナを、とも思ったが)
この様子ではあまりに可能性がなさすぎる。
貴族同士の繋がりを得るための最も一般的な手段を失いフェリオは考える。
「………やはり一度直接会うべきだな」
これから父のグラード家は終わりフェリオの時代が始まる。
父とは違うことを示すためにもシンクに誠意をもった謝罪をしようと考えていた。
「父上、聞いているのですか!?」
それはなお言い募る娘からの逃避でもあった。




