思いは巡る
策謀渦巻く謁見が終わった。
多くの思惑が交わり、少なくない人間の運命を変えた数時間であったが、シンクは無事切り抜けた。
「リキアはディーンと和睦の道を進みます。いずれは国に戻ることができましょう」
ディーンの王であったゼールギスはこれから王城で過ごすことになる。
交渉が進むまで人質ということになるがそう悪い扱いはされないだろう。
「感謝する。シンク殿、いや、スレイヤード候の恩義を忘れはしない」
別れを告げにきたシンクとゼールギスの会話は終始和やかなものであった。
「リキアとディーンは複雑な過去を持っています。その時を知らぬ私ですがいつまでも負の遺産を残したくはないのです。勝手な話ですがゼールギス王にはその架け橋になってもらいたいのです」
「難しい話だ。たが、私はこうしてスレイヤード候と話すことができる。そこに答えがあるのかもしれんな」
ゼールギスは憑き物が落ちたように晴れ晴れとした表情を浮かべている。
(今のゼールギス王なら大丈夫そうだ)
シンクがここまでゼールギスに肩入れするのは理由がある。
今の姿からは信じられないが目の前にいるゼールギスこそが『閃光の軌跡』で世界を滅亡に向かわせる原因を作った男なのだ。
正確に言えばディーン王国という存在がその引き金を握っていると言える。
ディーン国王の暴走を防ぐことがそもそも世界の滅亡を防ぐことに繋がる。
シンクはそう考えた。
「王として最期の仕事のつもりだったが重い荷を背負わされたな」
シンクの狙いは十分と言えるほど果たされていた。
何故かは分からないがゼールギスは予想以上に協力的な姿を見せている。
演技という可能性もあるが、彼と直接話し、シンクは信じてみることにしたのだ」
「ゼールギス王、いずれまたお会いしましょう。今度は剣ではなく杯を持って」
「………ああ、楽しみにしている」
二人は手を固く合わした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
謁見の間で見せたシンクの才覚。
それは人々に新たな思惑を生まれさせるには十分だった。
謁見に参加していた者たちは今後について気の許せる仲間内で話し合う。
そんな姿が王都のあちこちで見ることができた。
王城の中で王族が暮らす区画。
特に許可を与えられた者だけが入ることができる場所に国王の執務室は存在する。
その中で国王デルウッドと宰相カーチスが昼間の謁見について話し合っていた。
「ディーン軍を打ち破った若き侯爵。………半信半疑であったが信じざる得ないな」
「は、未だ7歳にもかかわらず、周囲の圧に屈しない胆力とあの智謀は恐ろしさすら感じます。シンク殿が先頭に立って戦ったというのも事実と考えた方が良さそうです」
カーチスはヘイゲルに王家が圧迫されていた時も変わらぬ忠誠を貫き、王家の権威を取り戻さんと奔走していた。
結果としてヘイゲルには敵わなかったがデルウッドからは厚い信頼を寄せられていた。
「どう見る?」
「謁見の様子を見るにシンク殿は王国より自領を優先するのは間違いないでしょう。とはいえ王国の利益を全く考えない訳でもなく、基本的には王家に忠誠を示しています」
「ヘイゲルの二の舞ということにはならんか?」
デルウッドの1番の懸念はそこにある。
ヘイゲルが死にようやく王家の威信を回復できると考えた矢先に別の侯爵家から突出した才覚の持ち主が現れた。
今度はシンク・スレイヤードが王家を侵し始めないか心配だった。
「今の所は野心は感じられません。彼の感情と立場を考えれば王家とグラード家の責任を追及することが普通です。しかし、混乱を避けるためにあえてそれをしなかった」
「………感情を律したというのか。本当に7歳なのか?」
それは偶然にもシンクの人格の核心であったがそれを知る者はいない。
「シンク殿は今や王国の英雄。避けるよりも取り込むが上策と考えます。彼を蔑ろにしなければ忠義を尽くしてくれるでしょう」
「………わかった。カーチスの言を信じよう」
デルウッドはまだ心配そうであったが最後は忠臣の言葉を信じることにした。
「………しかし、どう取り込む?」
王家も無理矢理とはいえヘイゲルの謀略に協力している。
それにシンクが気づいていることは昼間の謁見でわかった。
間違いなく心象は悪いだろう。
「古来から人を取り込む簡単な手段は金、名誉、女。このうちシンク殿を取り込める可能生があるのは一つしかありません」
「………娘を使えというのか?」
デルウッドには三人の娘がいた。
後継ぎには長男がいるので彼女らは貴族とのつながりを担う役目にあった。
しかし既に婚約者がいても不思議ではない年齢になってもヘイゲルの牽制があったため他の貴族が二の足を踏んでしまい三人とも婚約者がいなかった。
「憚らず申せばその通りです。幸いなことにシンク殿は次期侯爵であり婚約者もいない。王女様を降家させることに何の問題もありません」
「うむ………」
カーチスの言葉に王家の復権と娘への愛情で揺れるデルウッド。
そんな主の心境を慮り、カーチスは提案する。
「陛下のご懸念もわかります。しかし政略結婚だとしても不幸になるとは限りませんし、王女様方はシンク殿と年も近い。まずは交流を深めることから始めてはいかがでしょうか?」
「………そうだな。存外娘にとっても良縁になるかもしれん」
王と臣下はどの様にするか遅くまで話し合った。




