涙
戦死者を弔った後は勝利を祝った。
客観的に見れば勝ち目の無い戦いに勝利したのだ。
城砦を上げて盛大な宴を開いた。
「デュバル伯爵、私の獲った首の方が多いですぞ!」
「何を言うか! 私の方が敵将の首は多いわ!」
お互い傷を負いながらも言い争う二人は相変わらず仲が良さそうだ。
それにしても二人は貴族のくせに血の気が多い。
デュバルも最初の理知的な姿が嘘のようだ。
「シンク様、今回の勝利、お見事でございます」
周囲からの挨拶が終わり、一息ついたところで一人の男が音もなく現れた。
「シフ、お前こそ見事に依頼を果たしてくれた」
「ありがとうございます。我らのことは………」
「もちろん召し抱える。むしろこちらから願いたいくらいだ」
シンクの言葉にシフが身体を震わせる。
一族の宿願が果たされようとしているのだ。
「その言葉を誇りに思います。私は一時暇を頂き、頭領に伝えたいと思います」
シフが頭を下げる。
「ああ待て、影の民には拠点があるのか?」
「は、人目につかぬ山奥に里を構えておりますが」
「お前達がどのように暮らしているのか興味がある。落ち着いたら訪ねたいものだ」
「は、は!」
一瞬間があったがどうやら問題ないようだ。
今の発言に深い意味はない。
ただ純粋に影の民の里がどのようなものか見てみたかっただけだ。
かつての知識には影の民のイベントについてはあるがそれ以上のものはない。
どこかでかつての記憶がその知識を欲しがっているのかもしれない。
シンクにとってはただの興味本意といってもいい発言であったがシフにとっては違った。
シンクが前世の自分に思いを巡らせていたため気づくことはなかったが、シフは先程以上に身体を震わせ、静かに涙を流していた。
仕える主君を里に招き自分たちの実力を褒めて貰う。
あるいはもっと励めと叱咤して貰う。
悲願より一歩先に進んだ一族の願い。
それが目の前にあった。
日が落ち、辺りを暗闇が包んでも宴の喧騒は収まらない。
ある者はただ望外の勝利を喜び、ある者は悲しみを紛らわせるために。
シンクもまたその中心にあったが挨拶受けも終わったので一息つこうと部屋に戻っていた。
「………」
ベッドに倒れこむ。
一人になると色々と考えてしまう。
自分の命令で多くの人間が死んだ。
もちろんスレイヤードの領地を守るために必要なことだったし、実際に守ることはできた。
だが自分の心のどこかに『ここはゲームの世界』と浮ついた気持ちはなかったかと考えてしまう。
それは今日命を賭けて戦ってくれた者たちに対する冒涜に思えた。
「やめよう。かえって落ち着かない」
いくら考えても答えは出ない。
なら今後向かい合っていけばいい。
「………戻るか」
これでは何のために席を外したのかわかったもんじゃない。
起き上がろうとした時、部屋のドアが開いた。
「ノックもなしか。短慮と言えばいいのか。相手が相手なら斬られても文句は言えないぞ」
起き上がり訪問者を見て話す。
「そう。ならやってみればいいじゃない」
暗闇の訪問者、リズは鈍く輝く剣を右手に持っている。
「なるほどな」
ベッドにはいざという時の備えに一振りの剣が置いてある。
だがシンクはまだそれを取らない。
「やはり短慮と言うしかないな。弟子としても一人の人間としても」
シンクの心は驚くほどに落ち着いていた。
どこかでこうなることを予想していた。
「そして復讐者としてもな」
リズの瞳が揺れる。
「復讐をなすなら俺に従うふりをして信頼させてから不意を突けば簡単に目標は果たせただろう」
「………さすが、外道の考えることは違うわね」
リズの剣を握る手に力が入る。
「外道か、あえて否定はしないが」
「師匠を殺したくせに!!」
リズが叫ぶ。
「それもあえて否定はしない」
「………なら私に斬られても文句はないでしょ」
ただの感情の爆発にすぎない彼女の行動だが自分が正しいと思い込んでいる者に何を言っても無駄だろう。
「その行動がリンドとリーフにどんな影響を与えるか考えたか?」
「お兄ちゃんもお姉ちゃんもこれで眼が覚めるわ。三人で力を合わせれば逃げ切るのも簡単よ」
なるほど、何も考えていないな。
「それがお前の選択ならそれもいいだろう。後悔しないといいな?」
「後悔なんてしない!!」
リズが踏み込んでくる。
流石に徒手では部が悪い。
すかさず剣を取ると鞘から抜くことなく振るう。
「くっ」
激しい音を鳴らして剣がぶつかる。
力が強い方ではないリズは受け切れず後退する。
「ロンクーの言葉を聞かなかったツケがきたな?」
「何を!!」
シンクの挑発に乗るリズ。
連続でシンクに斬りかかるがその守りを突破できない。
元々ロンクーの弟子の中で一番劣るリズに例え相手が剣を鞘から抜いていなかったとしても押し切ることは難しかった。
一般的にはそれでもリズは強い。
だがそこに慢心していた。
「師匠の仇!!」
懲りずに斬りかかる。
しかしそこに乱入してくる者がいた。
彼女は鈍い金属音を響かせ、リズの剣を受け止めた。
「お姉、ちゃん」
「………なに、やってるの?」
二人が離れる。
「………リズ、あなた、シンク様に何をしているの?」
普段と変わらないように見えるリーフ。
しかしその目には激しい怒りが見える。
「お姉ちゃん! そいつは師匠を殺したのよ! お姉ちゃんだって恨んでいるんでしょ!」
リズはリーフに訴えかける。
しかし、そこにリーフの心を動かす言葉はなかった。
「………師匠が死んだのは悲しい」
「だったら!」
「………でもそれを一番望んだのは師匠」
「………!」
リーフもリズもロンクーが死に場所を求めているのは薄々感じていた。
だがリズは心変わりさせることができるを信じていた。
だがいつしかそれは現実に目を背ける言い訳となっていた。
「………リズがここまで馬鹿だとは思わなかった」
リーフの目に闘志が宿る。
「なんで」
リズが地団駄を踏む。
「なんでよ!! お姉ちゃんはそいつを選ぶの!?」
ピクッとリーフの身体が反応する。
「お姉ちゃんは師匠のことなんてどうでもいいんでしょ! お姉ちゃんはそいつがーーー」
「そこまでだ、リズ」
「!」
リズが横に跳ぶ。
先程までリズの立っていた場所に剣が振り下ろされる。
「お、お兄ちゃん………」
なんとか受け身をとったリズの目に入ったのは実の兄リンドの姿だった。
「シンク様の姿が見えなくなってリーフと探していたらこんなことになっているとは。………リズ、覚悟はいいな?」
候爵に剣を向けた妹に兄としてしてやれることは一つしかなかった。
「………お兄ちゃんもそいつの味方なの?」
リズが涙を流しながら訴える。
「俺は最初からシンク様の臣下だ。師匠も同様にな」
「っ!」
リンドの言葉を聞き、リズが身を翻し逃走を図る。
「っ、待て!!」
「リンド! 追わなくていい!」
「シンク様!?」
後を追おうとした二人を止めたのはシンクだった。
「今回の狼藉は先の功績をもって目を瞑る」
「し、しかしそれでは………」
他に示しがつかない。
しかも命を狙われたのはシンクなのだ。
「他に知る者はいない。お前達が黙れば誰にも伝わらない」
「………シンク様、本当にいいの、ですか?」
リーフが心配そうに見つめる。
「リズを許す代わりにお前らの心を買えるなら安いもんだ」
あえて笑うシンクに二人の緊張が和らぐ。
「追放は避けられないが、二人の更なる忠勤と引き換えにリズを許す」
二人が跪く。
「ありがとうございます!」
「………シンク様………あり、がと………」
二人は泣いていた。
どんなに気持ちを違えても妹は妹。
一度は命を奪う覚悟もしたが、そうならないと知って安堵したのだった。
(家族を失うのは辛い。今はまだ知らなくてもいいはずだ)
父と兄の死。
それを目の当たりにしたシンクの心遣いだった。
どんな悲しみからも守ってみせる。
シンクは改めて自分自身に誓うのだった。
これで一章が終了になります。
少し時間が空きますが近いうちに二章に入りたいと思います。
皆様の感想お待ちしています。




