王の価値
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「て、敵襲ーーー!!」
近衛兵の1人が迫り来るスレイヤード軍に気づき声を上げた。
慌てて周囲の者たちがゼールギスを守るために動く。
「ラーズが私を飲み込むのか………」
その中でゼールギスは己の敗北を悟る。
見たところ敵の数はここにいる近衛兵の数を上回っている。
敵に不意を突かれ、数の有利も今は失った。
「やはり、牙はこちらに向いていたのだ………」
敵がどのように背後に回ったのかわからない。
山脈越えを果たしたのか、元々伏せていたのか。
どちらにしても『ラーズの牙』を警戒しながら最後まで自分の勘を信じられなかったことがこの事態を招いた。
「………違うな。敵が予想以上に」
上を行った。
敵の数の見積もりは多くて2500。
だがこの戦いで行われた敵の攻撃は4度。
右翼が1000程であったから単純に見積もっても 4000を超える。
背後を絶たれたスレイヤード家に集められる数字ではなかった。
しかしできないと思ったことを奴らはやった。
更に将兵の質も予想を遥かに超えていた。
右翼3000が三分の一程度の軍に敗れようとは誰が想像できたか。
挙句我が友にしてディーン随一の将であるカレイドも討たれてしまったのだ。
そして最後は士気。
ディーン軍は宿願であるリキア王国打倒を掲げ、その士気は非常に高いものだった。
しかし策に溺れ、敵を侮り、誰もがこの戦いの勝利を確信したことがそれを鈍らせた。
後がなく、不退転の覚悟で挑んできたスレイヤード軍の気迫に押し負けた。
「無念、………ああ、無念だ」
できればここでスレイヤード軍を仕留め、クーガ城砦を奪いたかった。
しかし、逆に自分の首を取らんと敵が迫る。
もはや自分には勝利の目はなかった。
「陛下、お逃げください!」
近衛兵がゼールギスを庇い逃がそうとする。
しかしゼールギスは言い放った。
「私は逃げぬ。例えここで地に伏せることになろうとディーン国王として誇りある死を選ぶ」
ここで逃げても背後を絶たれている以上は国には戻れない。
反対側で戦う本隊もいるがこのタイミングで合流しては逆に混乱を招いてしまう。
その隙を敵が見逃すはずもない。
決意を固めたゼールギスは自ら剣を持ち、敵を待ち構える。
ゼールギスは元々腕の立つ方ではない。
もはや覚悟はできていた。
「陛下………必ずとお守り致します」
近衛兵もゼールギスの覚悟を汲み取り、気持ちを固めるのだった。
やがてスレイヤード軍とゼールギスの近衛兵が激しくぶつかった。
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「押し通れ!」
「敵を通すな」
シンクの率いる本命の部隊は近衛兵と激戦を繰り広げた。
近衛兵はゼールギスの命がかかった戦いに奮戦したが、シンク、リンド、リーフ、リズというロンクーに匹敵する4人が相手では部が悪い。
やがてシンクは自ら敵兵を切り裂きゼールギスの下に辿り着いた。
「陛下! お逃げください!」
周囲の護衛たちがゼールギスを隠すように叫ぶ。
シンクはそんな彼らを斬り捨てていく。
リンド、リーフ、リズも周囲の兵と戦いこれを助けた。
特にロンクーを早く助けたいと願うリズの戦いは激しい。
「ディーン国王ゼールギス殿とお見受けする」
シンクは近衛兵をまた一人斬り殺し、血潮を纏いながらも冷静に語りかける。
「いかにも。貴公はシンク・スレイヤードか?」
ゼールギスの顔にも感情は見受けられない。
怒りも焦りもないが悲しみや絶望も感じない。
「貴方をもってこの戦いの終止符とする」
シンクが剣を向ける。
もはやそれを遮るものはない。
「なるほど、まだ幼い子供だというのに見事なものだ。その姿といい、『鮮血の貴公子』とでも呼ぶべきか?」
場に似合わぬ軽口。
シンクは僅かに目を挟める。
ただの負け惜しみかと考えたがそうとも思えない。
「スレイヤード軍の強さを侮った。王国の盾と呼ばれたのは伊達ではないな」
その不自然さがかえってシンクに気づかせる。
ゼールギスが時間を稼いでいることに。
「覚悟はよろしいか?」
それでもシンクは冷静さを失わなかった。
「たしかに私を討てばこの軍は壊滅しよう。この場は貴公らの勝ちだ」
素直に賞賛するゼールギス。
しかしその言葉には続きがあった。
「しかし、まだ甘い。貴公らは負ける」
ゼールギスが笑う。
「私の率いた軍勢はただの先遣隊。遥か後方を進む我が真の軍勢が怒りに燃えて貴公らを飲み込むだろう!」
満を辞して決行されたリキア侵攻。
その目的は決してリキアに対する憎悪のみではなかった。
それは国の将来を憂いたゼールギスが次代の王にしてやれる最期の仕事。
すなわち次代の王たる息子に戦功を与え、王として国民に認めさせることだった。
次期ディーン国王ゼウル。
真のディーン軍本隊を率いる彼は今もこちらに向かい前進しているはず。
その数2万。
まさにディーンの総力。
それが到着すれば、例えゼールギスが死んでも目的は果たされる。
次期国王は父の仇を報じ、敵の領土を奪って国王として国民に認められる。
それが追い詰められたゼールギスが描いた最後の絵だった。
「まもなくだ、まもなくゼウルは大軍を率いて姿を現わす。さあ我が首を取るがいい!」
自らの死をもってディーン本隊の戦意の高揚を図るゼールギス。
そんな彼にシンクは言った。
「そうですね、だから私はこうします」
シンクは一瞬で距離を詰めると剣の柄をつかってゼールギスの腹を強打する。
「ぐ、な、なにを………」
崩れ落ちるゼールギス。
シンクはその言葉に答えずゼールギスを拘束すると剣を天に掲げた。
「敵総大将国王ゼールギス捕らえたり!」
雨の中では声は遠くまで届かない。
だからシンクは兵たちにも叫ばせる。
人から人へとその情報は拡散する。
前方でスレイヤード軍と交戦していたディーン軍も後方から聞こえる時の声に違和感を持ち始めていたところだった。
そこへ、
『ゼールギス捕縛』
その情報を伝え、戦意を折ろうとしている。
「ぐ、ぐぅ………」
シンクが自分を捕らえようとしていることに気づく。
「捕虜にはならん。ならば私は舌を噛み切ろう」
拘束されても口は動く。
ゼールギスは死を求めていた。
「ゼールギス殿、もし貴方が死んだら私は全力で次期国王ゼウルの首をとりましょう」
淡々と告げるシンク。
普通なら何をバカなと一笑するところである。
しかしゼールギスには笑うことはできなかった。
(何という目だ。彼は、シンク・スレイヤードは本当にやる)
その圧倒的な意志をゼールギスは感じとった。
「そうか、それだったか………」
その瞬間、ゼールギスは真の敗因に気づく。
それはゼールギスが久しく失っていたもの。
自分を信じ、貫き通す強い意志。
「勝てぬ、これは勝てぬな」
かつての自分もそうだった。
ディーンのために脇目もふらずに駆け抜け、危ない道も時には渡った。
だが王となり、英雄と呼ばれてからは無難を選ぶようになった。
多くを得た代わりに己の武器であった『果断にして確固たる意志』を失ったのだ。
遂にゼールギスは真の意味で敗北を認めた。
シンク・スレイヤードは本当に実行する。
僅かな可能性であっても次期国王を危険な目に合わせる訳にはいかなかった。
「………降伏しよう。将兵たちの命を可能な限り救ってやって欲しい」
ラーズの戦いと呼ばれたディーンーリキア間の戦争。
それはシンク・スレイヤード率いるスレイヤード軍の勝利で終わった。




