傾く流れ
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カレイド討たれる。
その事実と右翼の崩壊が伝えられるとゼールギスは馬から落ちたという。
周囲が慌てて駆け寄るがゼールギスが手を上げ制する。
「無様なところを見せた。だがまだ戦いは終わっておらぬ」
その冷静な言葉を聞き、周囲は安堵する。
彼らにとってゼールギスの存在は大きい。
もし何かあればたちまち軍が崩壊する恐れすらあった。
「右翼の敵はどうなった?」
報告してきた者からカレイドとロンクーの一騎打ちが語られる。
(カレイド、武人の血が抑えられなかったのか)
長く自分に仕えてくれた戦友に思いを馳せる。
部下の死を嫌い、強敵と剣を交えることを好んだ男の最期。
部隊指揮官としてはあるまじき行動だがカレイドを責める気にはなれなかった。
冥福を祈るとゼールギスは新たに命令を下す。
「もはや右翼の立て直しは不可能だ。本隊で敵を迎え撃つ」
右翼を捨てる決断をするゼールギス。
しかし兵までは見捨てない。
敗走する兵の収容を命じると味方を鼓舞する。
「敵将も満身創痍、カレイドの命を賭けた奮戦を無駄にするな!」
ここまでディーン軍の予想を超え続けた敵将だが片手を失ってここまでくるのは不可能だった。
「左翼の状況を確認せよ!」
次にゼールギスは左翼を気にする。
戦端が開かれてから時が経っていた。
暫くして戦況の確認に向かった兵が戻ってくる。
「左翼のお味方苦戦!」
その報告にゼールギスは目を閉じた。
数に勝る味方が苦戦しているということは左翼にも数を覆す猛将がいる可能性がある。
ゼールギスはこの場の勝利を諦めた。
「左翼に守りを固めさせよ。攻勢は捨てるのだ」
もちろん言葉には出さない。
だがその指示は被害を減らすための時間稼ぎだった。
この時、実は左翼のディーン軍は苦戦などしてはいなかった。
ただ勢いに乗るスレイヤード軍が一時拮抗していただけである。
ゼールギスが戦闘間に急遽行った情報収集。
それ自体は正しいかったが、実行する兵に問題があった。
本来情報というものはあるがままの事実こそが重要、そこに人の主観は入るべきではない。
だが情報収集に向かったディーン兵は知らず、自らの主観の混じった内容を報告し、事実と異なってしまっていたのだ。
情報の錯誤が起きていたのはこの時に限らない。
だが訓練もしていない以上その事実に気づけというのは酷な話であった。
「っ、何だ!?」
突如本隊の前方から声が響く。
「報告します! 新たに現れた一団が本隊を攻撃してきました!」
劣勢に追い打ちをかける報告。
ゼールギスは心が冷えていくのを感じた。
「………まだ兵を伏せていたのか」
一人で一軍を圧倒する敵将、予想を上回る兵力。
スレイヤードの底力に恐れを感じた。
「だがこの投入は悪手、正面は最も守りが固い」
両翼の戦闘と異なり態勢も崩れていない。
「慌てず守りを固めよ。守勢に徹し敵を押し返せ」
戦い方に変わりはない。
時が経てば有利になるのはこちらだった。
しかし、そうは思えない者たちも存在した。
「陛下、本隊の主力を残して後退して下さい。ここは我らが指揮をとります」
将軍の一人の発言だった。
「馬鹿な、未だ戦闘は予断を許さぬ。総大将たる私が何故下がる?」
ゼールギスは一蹴する。
「………陛下にもしものことがあればディーンは敗北します」
その言葉に周囲が頷く。
ゼールギスは溜息を吐きたくなった。
「確かに右翼の男は強敵だったが、もはや時間の問題だぞ」
片腕を失い、多くの血を流している。
まだ戦っているのが不思議なくらいだった。
「しかし、左翼や正面の敵にも同様の強さを持つ者がいたら突破を許す恐れがあります」
「む………」
そんなことはあり得ない。
ゼールギスにはそう断言することはできなかった。
現に左翼は苦戦しているし、何より右翼の敵将が与えた衝撃はそれ程強大だった。
「陛下が下がられてもこちらが兵力に優っていることは変わりません。万が一突破された時に余裕を持たせるためにも隘路の手前まで後退下さい」
ゼールギスが『ラーズの牙』を見る。
少し前は敵に味方する凶悪な地形に見えたが、今は逆に頼もしく見える。
「しかし、私が下がれば兵の士気が落ちよう」
「この雨、前線からは見えません。我らは背後に陛下が居られると思えば、逆に士気は上がります」
ゼールギスが迷う。
兵たちを盾にするようで心苦しい。
だが自分がいては逆に戦いづらいのではないかとも思った。
「………兵の大部分は置いていく。連れていくのは一部だけだ」
最終的にゼールギスは臣下たちの意見に従った。
『ラーズの牙』の手前なら味方が完全に見えなくなる訳ではない。
意地を張ってここに残り、決定的な敗因を作っては元も子もなかった。
「後を頼むぞ」
「はっ、お任せ下さい!」
近衛兵と共にゼールギスは後方へ下がる。
『ラーズの牙』の入り口まで来ると隊列を組む。
例え前が突破されても味方が来るまで敵を止めるように正面を固めた。
ゼールギスは『牙』を見上げる。
「あれだけ恐れた『ラーズの牙』に頼るとは皮肉なものだ」
何気ない言葉。
その言葉が言い終わるや否やゼールギスの双眸は隘路を駆け抜けるスレイヤード軍を捉えた。
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「遂に、遂に時は来た!」
もはや逸る気持ちを抑えることなくシンク・スレイヤードが駆ける。
その後ろにリンド、リーフ、リズが続く。
ディーンに恐怖を与えたロンクーの弟子4人がゼールギスを目指して突き進む。




