待つ者
デュバルを大将とした貴族を中心とした軍勢が猛然とディーン軍左翼に迫る。
「はははっ、デュバル伯爵、遅いですぞ!」
「何を!? シュテン、お主には負けん!」
シュテンが先に出るとデュバルが負けじと追従する。
「味方が戦っている中、雨に打たれて待ちに待った戦機だ。一番手は譲らんぞ!」
「それはこちらの台詞ですよ! 泥の中でずっと待っていたのです!」
その言葉通り二人は泥に塗れ、貴族とは思えない姿であった。
敵に見つからないように必死に隠れていた努力の跡だった。
「デュバル伯爵は大将ではないですか! 後ろにいて下さい!」
「シンク様が教えて下さった! 大将は一番前よ!」
「絶対違います!」
言い合いながら先を争う二人は実に楽しそうである。
その様子はまるで数年来の友人のようでもあった。
二人は鬱憤を晴らすが如く、左翼に突撃した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「左翼が敵の攻撃を受けています!」
戦況が新たな場面を迎えたことでディーン本隊にもう何度目になるかわからない動揺が走った。
「敵はまだ戦力を残していたというのか!?」
「まずいぞ、左翼の兵を抽出してしまった」
ゼールギスは動揺が軍全体に波及しそうな気配を感じとる。
「落ち着け!!」
ゼールギスの一喝に一瞬で静まり返った?
「我らが浮き足立てばそれこそ敵の思う壺だ。慌てる前に対策を練るのだ」
ゼールギスの言葉に臣下達が頷く。
(………何とか抑えることができたが、さて、どうしたものか)
冷静に振る舞うゼールギスだが内心は穏やかではない。
先程まで右翼に敵の全軍が攻めて来ていると考えていた。
一人の猛将に開けられた穴が全力でこじ開けたられたからこそ、ここまで右翼が崩されたのだという考えであった。
そのためここにきて新たな軍勢が出てくるというのは完全に予想外であった。
「今は右翼はいい。問題は左翼だ。敵の規模はどの程度だ?」
「………ここからでは確認できません」
臣下が恐縮しながら答える。
「急ぎ確認せよ!」
「は、はい」
ゼールギスの言葉に慌てて兵を走らす。
ここに来て敵の正確な数がわからないことがディーン軍の大きな枷となっていた。
「右翼の敵は? どの程度だ?」
敵を知る。
兵法の初歩の初歩であるが、これまで怠っていたことを悔いる。
万全を期したつもりでもどこかで油断はあったのだ。
「私も………老いたな」
かつて、ゼールギスが英雄と呼ばれるに至った頃の自分であればこんな無様は晒さなかっただろう。
油断、逡巡、覇気。
今の自分から失われたものは多い。
国が大きくなり、安定したことが自分の強さを失わせていた。
「私は気づいたのだ。まだ遅くはない!」
確かに敵の奇襲によりディーン軍は混乱しつつある。
それでも兵力はこちらが多い。本隊に至っては無傷である。
「この戦いで随分と情けない姿を見せたようだ。………それもこれまでだ!」
ゼールギスの体に活力が満ちる。
「左翼に伝えよ! 敵と接触している部隊を除き、残りの部隊で隊列を整えるのだ!」
今できることは時間稼ぎ。
詳細な状況が判明するまでゼールギスは反撃を待つのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
デュバルらの軍が左翼で戦端が開いた頃、右翼を攻めていたロンクーが率いる部隊は新たな敵の抵抗によって勢いを失いつつあった。
ディーン軍の増援を率いているカレイドは根っからの武人。
長く軍の中核として活躍しただけはあって、その用兵は見事であった。
瓦解した右翼を収容しつつ後方で再編、突出した敵を集中して攻めてスレイヤード軍の前進を止めた。
カレイド隊は右翼と本隊の間に位置して崩れた右翼の代わりとなっていた。
「陛下のため、ここは抜かせん」
そのカレイドの強烈な意志を見て、歓喜する者が一人。
「見事な気迫、強烈な戦意。………よく来てくれた、我が敵よ」
目が獣の如き輝きを放ち、心を昂らせるロンクー。
敵の返り血に濡れ、最前線で剣を振るう姿はもはや指揮官と言われても誰も信じないだろう。
「生涯最期の戦場にしては物足りないと思っていた。あの男こそ相応しい」
言うや否や単身カレイドの部隊に突撃する。
その後をロンクーの部隊が声を上げ続く。
彼らもまたそれが一番勝利の可能性が高いことも分かっていた。
「敵の勢い、決して強くはない! 押し返せ!」
カレイドがその圧力に屈することなく声を上げる。
両者とも一歩も譲らない。
ロンクーがカレイドを目指して切り込み、カレイドはそれを包囲し押しつぶそうとする。
時間が経つにつれ数に勝るカレイド軍の包囲が徐々に強くなっていく。
それでもロンクーが止まることはなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「………ロンクー殿の軍勢が敵に包囲されつつあります」
「………」
放った斥候から報告を聞き、黙って目を閉じるシンク。
その様子から周囲はまだ動かないと悟る。
しかしそんな静寂を破る者がいた。
「何黙ってるのよ! 師匠が危ないんでしょ! 助けに行かないと」
リンドとリーフの妹、リズであった。
彼女はロンクーと共に戦うことを希望したが、却下されシンク率いる本隊に加わっていた。
ロンクーに師匠という関係を超えた思いを持つ彼女が声を上げるのは当然の流れだった。
「………流れはまだ来てない。今動けば敵に呑み込まれる」
シンクは淡々と語る。
その態度がリズを苛つかせた。
「師匠に何かあったらどうするの!? 今行かないと手遅れになるかもしれないでしょ!」
リズがシンクに詰め寄る。
それを止めたのはリンドだった。
「リズ、シンク様に無礼な振る舞いはするな。今は戦争中だぞ」
いつにない兄の厳しい態度に一瞬戸惑う。
しかし、リズは引き下がらない。
「お兄ちゃんは師匠が死んじゃってもいいの!?」
態度を改めないリズにリンドが眉を顰める。
「大きな声をだすな。お前一人の軽率な行動で全てが無に返すかもしれないんだぞ」
「お兄ちゃん!」
二人は譲らず、リーフは不安そうにシンクを見ていた。
「………リズ、君はロンクーの名に泥を塗りたいのか?」
その言葉にリズがリンドとの言い合いを止める。
「………どういう意味よ?」
「ロンクーは自分の役目は果たして見せると言った。援軍の要請も無しに助けに向かえばロンクーは役目を果たせない無能ということになる。それでもいいのか?」
「そ、そんな………」
あまりの暴論だがロンクーの名を汚すことをリズは戸惑う。
「俺はロンクーを信じている。必ずあいつは好機を作り出してくれる」
こう言われてはリズは一つしか言えない。
「私だって師匠を信じてる!」
「なら黙って待ってろ。ロンクーの弟子として軽率な発言は慎め」
「っ!」
リズは踵を返して離れていく。
「シンク様、寛大な処置、ありがとうございます」
リンドはシンクがリズを罰しなかったことを感謝する。
「………ありがとう、シンク様」
リーフも同じ気持ちだった。
「………少し言いすぎたな」
シンクは自分の感情を抑えきれなかったことを反省する。
ロンクーの無事。
誰よりもそれを願っているのは果たして誰か。




