奇襲とは
『ラーズの牙』を警戒しながら進むディーン軍を嘲笑うかのように敵が攻めてくることはなかった。
「何故だ、何故攻めて来ない?」
ゼールギスにとってスレイヤード軍が野戦を選ぶのはもはや確定事項であった。
だというのに奇襲に絶好の条件が揃っているこの場所で仕掛けてこないということは理解できなかった。
「陛下、もしや敵は城に籠っているでは?」
「 ………いや」
やはり有り得ない。
前回の戦を見事に制した者がそんな死を待つだけのような戦略を採るはずがない。
そうゼールギスは自分に言い聞かせる。
「周囲の監視を厳にせよ。ここを抜けるまで気を抜くことは許さぬ」
ゼールギスは改めて警戒の強化を命じる。
この時浮かんだ自分への疑念を振り払うために。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ゼールギスが待ち焦がれるシンク率いるスレイヤード軍。
それは間違いなく近くに潜んでいた。
「シンク様、ディーン軍が間も無く姿を現します」
そしてこちらはディーンの動きを完全に把握する影が存在していた。
僅かそれだけの違い、だがその差は大きかった。
「そうか、他に変化はないか?」
「ゼールギスが軍を三つに分けました。それぞれ間隔をとって『牙』を抜けるようです」
その言葉にシンクが喜ぶ。
「さすが『英雄』だ。こちらの意図は見抜いている」
「シンク様、何で嬉しそうなんですか?」
リンドが呆れている。
「ん? ………いや」
まさかゲームキャラとして知っているからとは言えない。
「問題はゼールギスがそれ以上の意図に気づいているかどうかだな」
そこが見抜かれた場合敗北は濃厚になる。
「間も無くぶつかるぞ。リンド、ビビってないか?」
「そんなことはありません! ………と言い切りたいところですが」
そういう割に落ち着いて見える。
俺は勢いで乗り切った感覚があるから羨ましい。
「そうか、リーフ達は?」
「少し緊張していますが大丈夫だと思います。ただ………」
「どうした?」
リンドが言い淀む。
「リーフはともかく、リズが不満のようです」
「ロンクーの側に置かなかったことか」
リズの行動原理は分かりやすい。
「申し訳ありません」
「気にするな。分かっていてやったことだ」
むしろ謝らなければならないのはこちらの方だ。
「リズを死なせない為ですね?」
「………知っていたのか?」
「………師匠から聞きました。もっとも二人はまだ知りませんが」
この時の何を感じたのか全く思い出せない。
「俺を恨んでいるか?」
「いえ、私は師匠の望みを知っていましたから」
「『私は』か………」
自分の選択が正しいのか今でもわからない。
ただもう後戻りは許されない。
「俺にできることは勝つことだけだ」
両者に思考の違いはあれど、激突の時は近い。
そしてそれは一方が予想を外した時から始まる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ディーン軍は『ラーズの牙』を抜けた。
彼らの厳重な警戒を嘲笑うかのように何も起きることはなかった。
相変わらず降り続く雨が虚しく地面を打っている。
「まさか、前回の戦いは感情に駆られた偶然の勝利だったとでもいうのか………」
遂にゼールギスは自分の考えを疑った。
相手はかつて自分が称されたように英雄の資格を持つ者と思っていた。
『ラーズのの牙』を進む間も何度も自分にそう言い聞かせたが今はわからなくなってしまった。
「陛下、最後の隊も隘路を抜けました」
家臣の言葉に目が覚める。
(いかん、私が迷っては軍が混乱する)
ゼールギスは頭を切り替える。
「わかった、軍を再編せよ。今度は速度を重視する」
ゼールギスは遅れた時を取り戻す為に大きく編成を変えようとした。
『ここで奇襲がなかった以上、敵は籠城を選んだ』それがゼールギスの結論だった。
伝令を受け、各隊が動き始めた時、右翼の方が騒がしくなる。
「どうした! この程度で軍を乱すとは情けないぞ!」
ゼールギスが咎めると一人の兵士が駆け込んでくる。
「報告します! 右翼が敵の攻撃を受けました!」
その報告に本隊が揺れる。
「隊列が乱れた所を敵に突かれ、右翼は混乱しています!」
「まさか、ここだというのか………」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「進め! 目指すはディーン国王ゼールギスだ! 進めー!!」
軍の先頭を駆けるロンクーが叫ぶ。
その剣は既に血に濡れていた。
「止めろ! ここで食い止めるんだ!」
ディーン兵も何とか防ごうとする。
しかし軍の乱れがその動きを阻害する。
「遅い」
その隙をロンクーは逃さない。
剣を振るい、一人二人と切り捨てる。
「スレイヤードの将よ、これまでだ。これより先は進ません!」
そこに統制を保っていた一隊が立ちはだかる。
指揮官の名はフレイ。
若くしてゼールギスに将来を有望された男である。
彼は混乱する右翼で自らの隊を見事に率いたのだ。
「見事な統率。若くして恐ろしい男だ」
ロンクーも思わず感嘆する。
しかし一切の躊躇なく突撃する。
あまりの愚行。
フレイはそう思いつつ迎え撃った。
「………確かに脅威、だがーーー」
鎧袖一触。
隊列を組み、ロンクーの前に立ち塞がった者達は地に伏せていた。
「ば、馬鹿な………」
フレイは目を疑う。
「まだ、未熟!!」
神速の一閃。
それがフレイの最期に見た光景だった。




