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勇者なんて待てるかよ!!  作者: 星屑
第一章
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牙剥く天意、牙の大地(ラーズの戦い開幕)



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


リキア王国を目指すディーン軍の行程自体は何事もなく進んでいた。

ただ障害というほどでは無いものの将兵の体を打つ大雨は彼らの体力、精神力を削っていた。


軍を率いるゼールギスにとってはこれは些細な問題とは言えない。

敵と戦う前に兵を疲弊させるのは避けるべきことであるし、何より見えない士気の低下に繋がる。


幸いにして自分たちが味じあわされた長年の苦渋を晴らす絶好の機会という理由があるため兵達の意気は続いているが、それが永続に続くものではないとゼールギスはわかっていた。



「陛下、日も暮れ、雨足も強まって参りました。今日はここまでにするべきかと」

「………うむ」


騎乗で家臣の言葉を受けるゼールギス。

その進言に決定を下した。


「休息が必要だな」

「はい、この場でよろしいですか?」


ここはゼールギスの悩みどころだった。


『疲れきる前に兵を休めればいい。』


そう考えるのは簡単だが敵地に近づいている今、敵の奇襲を警戒する必要がある。

特にこの大雨では視界が効きづらい。

奇襲には絶好のタイミングだった。


「各隊には警戒を怠らせるな。常に敵の部隊を意識させろ」


今いる場所は平野、見通しが効き部隊を動かすのも容易である。

ゼールギスは奇襲へ備えることが可能と判断した。


「は、各隊長に伝達します」


家臣が去るのを見て、ゼールギスは天を仰ぐ。

雨の向こうに晴れる気配を見せない重厚な雨雲が見える。


「本当にままならない。今回の戦争は逆風としか言いようがないな」


かつての自分なら迷わず機を改めていたかもしれない。


「もはや私の意思一つで止めることは不可能だ。大きくなるっていうのも不便なのだな」


今のディーン軍は多くの意識によって動いている。

ゼールギスの意思だけではどうにもならないものがあった。


色々と思う所のあったゼールギスだったがそれも数秒のこと。

それでも事を為すならば全霊を傾けるだけのこと。

迷いも逡巡も彼方へと追いやった。










翌日も雨の中を進み続けるディーン軍の前に現れたの隘路。

ディーンとリキアを隔てる二つの山脈の切れ目であり、その地形から昔の人は巨龍ラーズの顎のようだと形容した。

それ以降誰からか『ラーズの牙』と呼ばれるようになった場所である。


隘路の北に続く山脈は天竜山脈。

ディーンの東、リキアの北に広がる広大な山脈は人を寄せ付けない人外未踏の地であった。

山頂には竜種が生息しているとされており、そもそも近く者もいなかった。


隘路の南側は壷砕山脈。

こちらはそれほど大きくはないが山は切り立って険しいものが多く、登頂は困難を極める。

一部が山々が大きな壷のような形を形成しており、そこに溜まった水が流れ出て海に繋がっている。

名前の由来がそこから来ている。


この二つの山脈は互いの干渉を防いでいたが、そこに空いた唯一の穴がここ『ラーズの牙』であった。

当然ディーンが国として成立する前から要地として考えられたが、この地は統治が難しかった。

農耕に不向きな地質と不安定な天気、更には山脈から魔獣が現れることもあり、兵の駐屯は困難と見られた。

結果どの国にも属さない空白地帯となり、今ではディーンとリキアの緩衝地帯でもあった。



ハイン・ジュードはこの『ラーズの牙』を超え、クーガ城砦を目指した訳だがその先で討たれたのだ。



だが今のゼールギスの頭にあるのはこの地の歴史的な背景でもハイン・ジュードのことでもない。


先の通りこの地はディーンとリキアを繋ぐ唯一の道。

攻めようとすれば必ず通る場所であり、大軍を活かせぬ隘路でもある。


「まさしく奇襲するには絶好の地」


スレイヤードが仕掛けてくるとすればここだとゼールギスは考えていた。


「しかし奴らに城から出るという選択肢があるでしょうか? 背後に不安を抱えたまま城を空けるとは考えにくい」


臣下の言葉は正しい。

しかしゼールギスは言いようのないものを感じていた。


「奴らが背後に敵を抱えているのは事実。だが籠城したところで援軍はなく、勝ち目など到底望めなくなる。敵は仮にもハイン・ジュードを破った。動いてくる可能性は大いにある」


そこでゼールギスは隘路に視線を向ける。


「ならここしかないだろう」


この時のためにリキアーラーズ間の地形は事前に調査している。

ここを超えた後はクーガ城砦まで障害らしい障害はない。


「『ラーズの牙』とはよく言ったものだ。我々を待ち構える顎のように見えてくる」


ゼールギスは苦笑する。


「陛下、心配ありませぬ。そうと分かっていれば敵の考えごと我らの力でねじ伏せてやれば良いのです。このまま一気に突入しましょう!」


一人の将軍が意気込む。


「大軍では身動きできずどんな不覚をとるかわからぬ。迂闊な行動は避けたい」

「ではこの場で様子を見ますか? 何か敵の動きがわかるかもしれませんし、この雨も止むかもしれません」


どちらかというと後者を求めての提案だろう。

少しずつ将兵に疲労の色が見え始めている。


ゼールギスは決断した。

答えは突破。

しかし単純な進軍ではない。


「軍を三つに分ける。各軍ごと一定の間隔を保って前進する。これならば数が軍の動きを阻害することもない」


ここでもゼールギスに油断はない。


「ここを抜けて隘路を背にすればそこで兵を休められる」


その時ゼールギスの体に逆風が吹いた。



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