英雄飛翔
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
戦の準備も終わり出陣の時を待つだけとなった頃、俺はシュリの部屋を訪れていた。
部屋には俺とシュリの二人の他にリーフとリズもいる。
「では母上、行って参ります」
「シンク………」
シュリの泣きそうな顔を見るのは辛い。
だから俺が悲しませることの無いようにしなければならない。
そのために今回も勝つ。
「シンク、リンドくんも連れて行くの?」
「はい、リンドはこれから腹心として活躍してもらわねばなりませんから。それがどうかしましたか?」
シュリの問いの真意はわからないが隠すことでもないので正直に答える。
「ねえシンク、リーフちゃんとリズちゃんも連れて行ってあげてくれないかしら」
「二人を………ですか?」
シュリの願いは考えの虚を衝くものだった。
連れて行かないでというならまだしも、連れて行ってくれと頼まれるとは思わなかった。
二人には今回シュリの護衛をしてもらおうと思っていたのだが。
シュリは二人に視線を向ける。
「二人とも戦う力があるのにただ待っているだけなんて辛いと思うのよ」
二人が頷く。
「………シンク様、お願いします。………私も、戦いたい」
「師匠がいれば大丈夫だとは思うけど、やっぱりね」
シュリはこの二人を実の娘のように可愛がっている。
自分と同じ思いをさせたくないのだろう。
「シンクは勝って戻ってきてくれるんでしょ? だったら私の心配はいらないでしょう?」
迷う俺の心中を的確に言い当てる。
やっぱり母親には勝てそうにない。
逃げるように二人を見るが、意見は変わりはなさそうだ。
特にリーフからは強い意志を感じる。
「………わかりました」
気丈に振る舞うシュリ、守りたいと願う二人。
それを蔑ろにはできなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「シンク様はいつ動かれるのだろうか」
城砦の中では各々が自分の隊の準備を終えてシンクの号令を待っていた。
これから数倍の敵を相手にするというのに彼らの士気は高い。
「我らでも経験のない大戦、さすがのシンク様でも緊張しておられよう」
「ははっ、怖気づいていなければ良いのですが」
シュテンの言はシンクを馬鹿にしているようにもとれる。
だが。
「シュテン、お主はもう少し素直になれんのか」
「デュバル殿、私はこういう性分なのです」
「難儀なものよ………」
誰もシュテンの言葉通りの意味にとらない。
僅かな期間ではあるが志の近い者たちである、お互いを理解するのにさほど時間はかからなかった。
特にデュバルは独特な見方をするシュテンに自分には無いものを感じていた。
「シンク様はこのような所で死なせていいお方ではない。その為なら………」
「『私の命に代えても』とか言いださないで下さいよ。生きて、勝つ。それだけではないですか」
「………そうだな。その通りだ」
これだ。
楽観はしないされど悲観もしない。
この柔軟さはわたしにはなかった。
ハードリック様を失い、一度この身の希望は消えたかに見えた。
しかし今新たな灯火がこの身を燃え上がらせていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そしてそれは間も無くのこと。
「………? 雨だ………」
ポタポタと鎧と兜を雫が打つ。
見れば頭上には灰色の空。
段々とそれは濃くなりつつあった。
そして遂にシンクが姿を現わす。
その傍らには腹心ロンクーとリンド。
そして急遽加わったリーフとリズの姿があった。
「皆、天の時が来た! この雨は我らの動きを隠し、勝利へと導く天啓だ!」
剣を掲げ戦いに向かう檄を飛ばす。
「天の理、地の理は既に我らにあり! 後は我らが、人が全霊を尽くすのみだ!」
「「「おおおおおおぉぉぉぉぉぉ」」」
天地を揺るがすが如き怒号が響く。
それに呼応するように雨は強く叩きつける。
「剣を取れ! 王国の盾として!」
「槍を取れ! スレイヤードの武威を示すために!」
相乗、どちらも負けじと止まらない。
刹那、雷光が空気を切り裂く。
「続け! 駆けよ! 勝利の為に!」
それを合図にシンクが駆け出す。
即座にロンクーらが続き、各々が役目に沿ってそれに追従する。
「シンク様」
直ぐにロンクーはシンクに追いつくと横に並ぶ。
「ロンクー、お前の忠義大義だった」
「は」
「ロンクー、頼りにしているぞ」
「は」
「ーーーーーー」
「は!」
ロンクーが側を離れる。
あいつにはあいつの仕事がある。
俺は離れていくロンクーに目をくれない。
「シンク様………」
リンドの声が聞こえるがそれを無視する。
リーフやリズは今のやり取りを不思議に思っているかもしれない。
だがもう止まらない。
それはそうこの軍と同じ。
一度駆け出したらもう止まることはできないのだ。




