王国の盾
セスはその時屋敷の中にいた。
ここで働いている者たちの中には顔なじみも多い。
グシンを挟めば微妙な関係になるがそれを除けば親しい者もいる。
故郷に帰る前の挨拶をしておきたかった。
セスが一人グシンの側を離れてもご機嫌取りに必死な同僚たちが気づくことはない。
しばらく屋敷の者たちと話しているとスレイヤードに未練を覚えるようになった。
何だかんだ言ってもセスにとってスレイヤードで働くことは誇りであったのだ。
それでも次の当主であるグシンを受け入れることはできなかった。
セスが深く悩んでいると屋敷を激しい揺れと轟音が襲う。
動揺して廊下に飛び出すと兵達が騒がしい。
「執務室?」
行き交う兵の口から漏れ出た言葉から執務室で何かが起きたと推測する。
そしてそこにはグシンが居たはず。
慌ててセスは執務室へと向かう。
今はまだその惨状を目の当たりにし、頭を悩ませるしかない。
彼の運命の歯車も既に動いているとも知らずに。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
同時刻、シンクは自らの下に届いた知らせを見て状況が新たな局面を迎えたことを悟っていた。
既にシンクは継承問題については心配していない。
グシンの性格はよく知っている。
彼がどう動くかはシンクの掌中だった。
だがこの時点でシンクは彼の一手が想像以上の効果を発揮したことを知らない。
後にその事実を知った時にシンクはこう呟いた。
『ゲーム本編のヘイゲルは自分の想像できる範囲のことは全ての可能性を潰して対処をしていた。しかし自分の想像を超えることを想定することができず、原作はそれが原因で命を落としていた。期せずしてこの世界でも同じことが起きた』
ジュード領に集結していたディーン軍がクーガ城砦を目指して前進開始。
その報告を受けシンクはクーガ城砦の全軍に戦闘準備を命じた。
「今すぐ動かせるのはスレイヤードの軍勢約2000と集まった貴族の軍勢約1500の合わせて約3500。短期間でよくこれだけ集まったもんだ」
元が800しかいなかったことを考えれば比べ物にならない。
逆を言えば父が健在であったならこれ以上集まったであろうことを考えるとその無念は計り知れない。
「………初めての親孝行が敵討ち。その次が無念を晴らす、なんて親不孝ものなんだ俺は」
思わず自嘲する。
「シンク様、戦いの前に後ろ向きなことを考えることはお止め下さい」
ロンクーの諫言が痛い。
「わかってるさ。今だけだ」
俺たちのやり取りにリンドが目を剥いている。
リンドにとってはロンクーが仮にも貴族の俺と普通に会話しているのが驚きなのだろう。
リキア王国の貴族はプライドが高い者も多いと聞く、臣下と気安い関係を持ってることは珍しいのかもしれない。
だがリンドにはいずれ慣れてもらう必要がある。
いずれリンドはロンクー代わりに俺の隣に立つことになる。
だから最近俺はリンドを可能な限り側においていた。
「リンド、作戦会議を開く。各将を集めてくれ」
「は、はっ」
慣れろ慣れろ。
もう時間はないぞ。
会議を招集する段階で新たに情報が入ってきた。
さすが影の民というか優秀すぎて怖いくらいである。
今まで彼らを雇おうとしなかった奴らが理解できない。
作戦会議に当たって情報の精度は重要なのだ。
「まずはここに集ってくれた者たちに改めて感謝を述べたい」
ディーン軍の実情が判明するにつれて彼らの有難さが増した。
もう少し少なかったら危なかった。
「何の! 我々はどこまでもシンク様に従いましょう」
デュバルが勇ましく笑う。
彼は先の戦いから俺に忠誠を誓ってくれている。
「ふっはっはっ、このシュテン、シンク様に勝利を捧げましょうぞ!」
ゲーム本編とは違ってこの頃のシュテンの行動原理を明確に予想することはできないが、王国への忠誠心は高かったはず。
今回の戦いでは奮戦してくれるだろう。
集まった者たちの意気を褒め、本題に入る。
「我がリキア王国の長年の敵であったディーン王国がスレイヤード領侵攻を目標にして旧ジュード領から前進を開始しました」
既に全員が武人の顔になっている。
事態の深刻さを誰もが理解している。
「現在判明している敵の数は約1万人です。国王自ら軍勢を率いて士気も高いようです」
シンクの口から語られた事実に周囲がどよめく。
敵はこちらの2倍を超える。
さすがに動揺を隠せなかった。
また一部であるが敵が出発して間もない段階で敵の正確な情報を掴んでいることを驚愕している者もいた。
「たかが2倍。シンク様っ、また短期決戦でいきますか?」
そう意気込むのはデュバルとその周囲。
4倍近い敵を退けたとあって彼らの士気は高い。
「時間をかけられないのは事実。ですがさすがに国王自ら出陣とあればその警戒は前回とは比にならないでしょう」
「………たしかにそうですな」
デュバルが唸る。
「籠城しても援軍は来そうにありませんね」
そう暗に籠城を否定するのはシュテン。
「後方もある意味敵に抑えられておりますから」
この状況でもシュテンらしさは失われない。
皆が意図して触れなかったヘイゲルのことに容易に切り込んでくる。
前のディーン後ろのヘイゲル。
改めてその事実を認識し場に動揺が広がる。
しかしシンクの顔色が変わることはなかった。
「後ろに不安はないよ」
「は?」
「援軍は来ないのは間違いない。でも敵が来ることもない」
「………何故そう言い切れるのですか?」
シュテンは味方の士気を下げたかった訳ではない。
状況を正しく認識させ、より周到な計画を練りたかっただけだ。
だがそれを歯牙にもかけないシンクを理解できなかった。
「身体を動かそうとしても頭が無ければ身体は動かない」
「それは………」
「すぐにわかるさ」
シンクの柔和な笑み。
その姿にシュテンのみならずその場にいる者たちは寒気を感じた。
「正面攻撃で大将首を獲るのは難しい、籠城もできない。なら打開策は奇道しかない」
シンクの言葉に誰もが聞き入る。
まだ子供と侮る者は最初からここにはいなかった。
「とはいえ正道があってこその奇道。兵数で負けている以上まずは天と地の理を得よう」
武勇と智謀に続く三つ目のシンクの武器。
この戦でそれは語り草となる。




