お前の生まれの不幸を呪え
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それは暗闇の中にあった。
一切の身動きをせず、呼吸すら最低限しかしていないため側から見れば死んでいるのではないかと誤解を生むことだろう。
それでもそれは待ち続ける。
たった一つの好機を待って。
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「いよいよだなあっ、遂に俺が当主になる時がきた」
スレイヤード領都スロードを目前にしてグシンは上機嫌だった。
その浮かれた姿を見た家臣の一人がグシンを諌める。
「グシン様、スロードの屋敷に着くまで油断は禁物です」
「相変わらずお前は心配症だな。慎重も過ぎれば臆病者に見えるから気をつけな」
既に領主となったつもりかグシンは家臣を説教し始める。
「しかし、上手くいきすぎてはいませんか?」
「ああ? ヘイゲル爺様の考えた策だぞ。上手くいって当たり前だ」
グシンは折角の良い気分に水を差されたようで気分を害し始める。
「で、てすよね」
慌てて頭を下げる。
「あまり変なことを言うんじゃねえよ」
これ以上藪蛇にならないうちにグシンの側から少し離れる。
「セル、どうかしたのか?」
同僚の一人が声を掛けてくる。
「いいや、何でもない」
「あんまりグシン様の機嫌を損ねるなよ。今グシン様に取り入っておけば当主になった時優遇されるんだからな」
そう言って同僚はグシンの側に行く。
「はあ」
出世を狙うなら同僚の言うことが正しい。
だがセルはそんな気持ちにはなれなかった。
元々セルはハードリックに仕えていた。
名君とは思っていないがハードリックには相応の敬意を持っていた。
グシンが生まれた時に側仕えを任された時は誇りに思ったものだ。
だがそのグシンが父ハードリックを罠に嵌めて当主の座を奪おうとしていると知り、心が冷め切ってしまった。
今は成り行きで従っているが、これが終わったら職を辞して故郷に帰ろうと考えていた。
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「ははっ、当主様のご帰還だ。これからスレイヤードは俺のもんだ」
スロードに到着したグシンは意気揚々と屋敷に入って行く。
屋敷の中には今まで父に仕えていた者たちが残っている。
調子に乗ったグシンはいつもの調子で話しかける。
「おい、これからはお前らが仕えるのは父上じゃねえ、俺だ。ちゃんと理解しておけよ」
「………はい」
しかし返ってきたのは感情の入っていない返事だった。
「ちっ」
途端にグシンは不愉快になる。
「グシン様、早く執務室の方へ」
「わかってる。行きゃいいんだろ」
後で覚えてろと渋々ハードリックが使っていた執務室へ移動する。
ヘイゲルの到着前に当主の印と重要な書類関係の確保を命じられていたからだ。
書類はどうでもよかったが当主の印はグシンにとっても必要だった。
「ん、あれは」
グシンはとある部屋を視界に入れると嗜虐的な笑みを浮かべた。
家臣の制止を聞かず部屋へと入っていく。
「ち、あいつには勿体ない部屋だぜ」
そこはシンクの部屋。
内装はグシンの部屋とさほど変わらない。
だがグシンにはそれが気に入らなかった。
「うらぁっ」
手当たり次第に物を破壊していく。
こうなるともう誰も止められなかった。
「はは、ざまあねえな」
グシンは無残な姿となった部屋を見て溜飲を下げる。
「あいつは昔から気に入らなかったんだ。爺様の軍を使って捕らえてから処刑してやる」
シンクはグシンの嫌味に何一つ反応しなかった。
母親のシュリは部屋で泣いていたがシンクはそれを慰めるだけで怒りも悲しみも見せない。
堪らずシンク一人に罵倒を浴びせたがまるで相手にしてこない。
いつからかグシンは馬鹿にされているように感じるようになった。
「父上もあんな奴を持ち上げるから死んだんだ」
自分が間接的に手を下したというのにそこに罪悪感はない。
グシンはハードリックの言うことを聞かなくなった時から既に害意を抱いていたのだろう。
「ち、あの女が居たら甚振ってやるのになあ」
続いてグシンはシュリの部屋に入る。
華美なカザリアの部屋と違い、花や小物で装飾された部屋はシュリの性格が現れている。
「は、子供の責任は親の責任だよな」
グシンはシュリの部屋にも苛立ちをぶつけようとした。
「何をしている」
「ああ? っ!!」
グシンが部屋の入り口に視線を向けると予想外の人物が立っていた。
「へ、ヘイゲル爺様」
「グシン、私は何をしているのかと聞いた」
ヘイゲルの迫力にグシンは威圧される。
「そ、それは………」
「遊ぶ余裕があるなら私が命じたことは終わっているのだろうな?」
「ま、まだ、です」
グシンは元々機転の利く方ではない。
追い込まれて正直に答えるしかなかった。
「ここまで使えんとはな」
ヘイゲルの呟きにグシンは焦る。
「い、今すぐ見つけてきます」
「もう良い。私が自ら探す」
ヘイゲルがグシンを置いて歩き出す。
慌ててグシンは後をついて行く。
「元々この屋敷に仕えていた者達は事が済むまで決して部屋に近づけるな」
ヘイゲルは自分たちが歓迎されていないと十分に理解している。
不穏な要素は徹底的に排除する必要を感じていた。
「これで爺様の悲願が叶うのですね!」
グシンの喜色を見てヘイゲルは完全に見限る。
ヘイゲルにとってこれはまだ道半ばにすぎない。
果てなき野望を抱える彼にとってこの程度で満足するような男はいらなかった。
執務室に入る頃にはもはやグシンのことなど欠片も頭に残っていなかった。
「探せ。必要な物は一つ残らずな」
今後スレイヤード領はグシンが治めるが当然傀儡である。
統治するために必要な書類が何より重要だった。
また正当性を主張するため当主の印も欲しい。
「ち、この机鍵が掛かってやがる」
グシンは当然当主の印を求めてハードリックの机を優先していた。
その引き出しの一つに錠前が掛かっていた。
「魔道具か………」
ヘイゲルが確認するとそれはただの錠前ではなく、特殊な技術で作られたものであった。
今は失われ作ることのできない魔道具の錠前。
ここに目的のものがあると確信する。
「こじ開けよ」
ヘイゲルは部下に命じる。
普通であれば魔道具を壊すことは容易ではない。
だが錠前自体を壊すのではなく、その周りの机そのものを壊してしまえばいい。
それを咎める部屋の主人はもういないのだから。
「よしっ、開いたっ」
中身を傷つけないよう配慮しつつ机が破壊される。
「あった! これだぁ!」
グシンが遂に当主の印を手に取る。
また机の中にはいくつかの紙の束がある。
これもまたヘイゲルの求めるものであった。
「よし回収せ………っ!!」
瞬間、ヘイゲルの直感が反応する。
自らを害そうとする何者かの意志。
不合理だがヘイゲルはこの感覚に従って生き残ってきた。
「護衛っ」
咄嗟にヘイゲルは護衛達をを呼び寄せる。
彼らはヘイゲルが独自に雇った強者。
死を恐れずただ戦いを享楽とする異常者たち。
だがその実力は王国の騎士団をも上回る。
害意の持ち主はハードリックの旧臣か、かつて己が滅ぼした者たちか。
いずれにせよ己に一切の油断はなかった。
やがて害意が消え去る。
「く、くくっ」
突如笑い出すヘイゲル。
「じ、爺様?」
「もはや暗殺すら我が身に届くことはない! 私の歩みは誰にも止められぬ!」
本来なら恐るべき暗殺。
それすらも看破する己にヘイゲルは酔った。
己の野望の完遂がヘイゲルには見えた。
「ふははははははーーー、っ!?」
その日スロードの町が揺れた。
町の騒音を搔き消す轟音。
その時誰もが見上げることとなった。
その発生源、領主の執務室を。




