王都の使者
影の民の力を借りて各方面の情報を収集する中、『さすが影の民』と思わず感嘆する程の情報が上がってきた。
ディーンの王が遂にリキア侵攻を決断し軍を動かした。
ハイン・ジュードが敗死、その事実を知ってなおディーン王は自ら大軍を率いて王都を発った。
その時期や軍の編成などを含んだ生きた情報の価値は計り知れない。
「シンク様、王都から使者が来ております」
ロンクーの報告を受ける。
「遂にヘイゲルが動いたか。意外と遅かったな」
完全とは言えないもののハードリックの死による混乱は収まった。
怪物と呼ばれたヘイゲルならば時間の余裕を与えることなく動くと考えていただけに拍子抜けであるとともに何処か不気味だった。
「グラード領の兵が国境に集結しています。無関係ということはないでしょう」
「その兵がディーンを討つためのものだったら楽なんだけどな」
もちろんそんなことはあり得ない。
「いつまでも使者を待たせる訳にはいかないな」
ともかく使者に会ってみなければ始まらない。
「私の名はゾンド。王の名代として参りました」
「これは遠いところをご苦労様です」
「シンク・スレイヤード殿。この度の働き、陛下はとても喜んでおられます」
「ありがたきお言葉。以後の励みとさせていただきます」
まずは社交辞令的やり取りから始まる。
こういうのはやはり得意じゃないし、柄でもない。
だがつまらないことで使者の気分を害す訳にもいかないので手は抜けないのが辛い所だ。
「これから私が話す言葉は陛下の言葉。背けば偉大なるリード王家に弓引くことになりますよ」
「はい」
最初からかなり飛ばしてくれる。
明らかな上から目線とその脅しとも取れる言葉はとてもじゃないが紛いなりにも国を守った者にかけるものではない。
「それにしてもこの砦は物々しい。周囲の貴族を召集していることといい、不穏そのものですな」
唐突にゾンドが挑発的なことを言い出す。
「ディーンへの備えは現況もっとも優先すべきことです。王国の盾となるスレイヤードとしては当然のことではないでしょうか?」
当たり障りのない答えを返す。
「しかし、シンク殿がディーン軍を退けたではありませんか」
「あれは地方貴族の軍を退けたに過ぎません。我が国と事を構えることを一領主の独断で行うとは思えません。必ずディーン王国として動きます」
「それはシンク殿の憶測ではありませんか?」
「杞憂であれはそれでも構いません。ですが警戒を解き不意を突かれてディーンの侵攻を許せば我が国が侵されることになるのです。それだけは避けねばなりません」
「………そうですか」
ゾンドの顔が悔しさに染まる。
どうやら子供と舐められているようだ。
「陛下の為にこの国をディーンなどに荒らされる訳にはいきません」
これでくだらない話を終わらせる。
ゾンドが王家の権威を借りている以上、王家の為にする行為を咎めることはできない。
予想通りゾンドは言葉に詰まり、こちらを睨みつけている。
(このレベルになると口には出さないことを褒めるべきなのか、内心がダダ漏れであることを指摘すべきか迷いどころだな)
「………………シンク殿は若くしてしっかりとした考えをお持ちのようだ。陛下もお喜びになるでしょう」
長い葛藤の末になんとか気持ちを飲み込んだらしい。
「………失礼しました。これから陛下のお言葉をお伝えします」
ようやく本題に入るらしい。
すると今まで苦い顔をしていたゾンドの顔に愉悦が浮かぶ。
「スレイヤード当主ハードリック殿が亡くなられたことに陛下はいたく心を痛めておられます」
「それは………父も喜ぶことでしょう」
「そうでしょうとも」
ゾンドが大仰に頷く。
「そこで陛下はこれ以上スレイヤードに血を流させたくないと仰せられました」
「………どういうことですか?」
先程までとは打って変わってゾンドは馬鹿にするような笑みを浮かべる。
「スレイヤードの次期当主をグシン・スレイヤードとし、一切継承に関して争うことを許さぬということです」
「!」
驚愕するシンクを尻目に更にゾンドの機嫌が態度が大きくなっていく。
「長男のバース殿が亡くなられた以上次男が家を継ぐのは当然でしょう? もしこの決定に逆らえばシンク殿はたちまち反逆者となってしまいます。聡明なシンク殿ならばその心配はございませんかな?」
「………もちろん陛下に弓を引く気はございません」
「さすがシンク殿! そうだ、いい事を教えて差し上げましょう。私がグラード領を通過してすぐにグシン様が兵を率いてスレイヤード領都スロードに向かわれました」
「それは………」
「そう。グシン様の継承は時間の問題。ですが万が一のことを考え、もしこの後シンク様が一兵でも領都に向かわせたら反逆と見做します」
「………」
何も言わないシンクを屈したと判断したゾンドは饒舌に話し続ける。
「ゾンド殿、せめて伝令を一人送ることを許可して頂けませんか?」
ゾンドは自分が優位に立っていると疑わない。
だからシンクの唇の端がわずかに上がっていることに気づかない。
「許可はできません。これは王命です」
「しかし、事は一刻を争うのです」
「シンク殿にとってはそうでしょうな。ですがそれはわたしには関係ないこと。何度頼まれても答えは変わりません」
「そう………ですか」
ゾンドはニヤニヤしながら退出していく。
「ではシンク殿、もう会うこともないと思いますが精々頑張って下さい」
ゾンドは去り部屋にはシンクと側に控えていたロンクーとリンドのみが残る。
「シンク様っ、このままでは当主の座をあの男に取られます!」
リンドが取り乱す。
この会見中に騒がなかっただけでも上出来だった。
「リンド、お前はいずれ俺の側近になる。この程度のことで平常心を欠いていたら務まらないぞ」
「し、しかし」
リンドは先のシフとのやり取りを知らない。
この反応は自然だった。
「前門の虎、後門の狼か」
リンドの反応を眺めながら今後のことを考える。
自然と笑みがこぼれるのを止められなかった。




