1381-1410
1381『舟に揺られながら』
「タオルまみれの理由は分かったけど、その投げられたタオルが濡れてないのはどうしてなの?」
「窓枠の上で外に向けて水滴を飛ばしたからだね」
「その話だと、もう濡れてないヒトにタオルを投げたか、わざわざタオルの山に埋もれ直したかってことになるんだけど」
「マオ、当たり」
「どっち?」
「後者」
1382『髪飾り』
「わざわざタオルの山に埋もれ直したの? なんでまた」
「さあ?」
「タガラさん?」
「さてな」
「えーと、タガラさんが自分の意思でタオルの山に埋もれ直した、という認識で合ってるのよね?」
「その通りだ」
「それはどうして?」
「そこに山が有ったからだな」
「そんな哲学者みたいなこと言わないでよ」
1383『信じる』
「哲学者ではない。我は発明家だ」
「自称発明家って、とっても怪しいヒトっぽいんだけど」
「実際に発明してるんだから、他称も発明家なんじゃない?」
「他称発明家って、不思議というか、なんだか新鮮な響きだわ」
「じゃあ、自他共に認める発明家?」
「それだともうとっくに成功してるヒトっぽいわね」
1384『障子紙に映る影』
「タガラさんの主観として、何がどうなったら成功と言える?」
「発想が狙い通りの形を成したら成功だな」
「つまり『発明家としての成功』なんてものは存在しないって事?」
「発明家とは失敗と成功を繰り返すものだ」
「狙い以上の成果が出たら?」
「狙った結果でないならば以上も以下も成功とは言えん」
1385『君を探す』
「狙った数値ぴったりじゃないとってことね」
「数に限る話ではないが」
「たとえばの話よ」
「そうか」
「そうよ。あの靴は成功なの失敗なの?」
「あれは調整中だ。成否を断じる段階にない」
「未完成品をこどもに使わせるのは危なくない? 空中を移動するんだし」
「問題無い。空を歩く術式は完成済みだ」
1386『立てば芍薬坐れば牡丹、歩く姿は』
「じゃあ何を調整してるの?」
「装着者に被せる幻影だ」
「年齢を上に見せるってアレね」
「自然な歩みが再現できんのだ」
「歩み?」
「幼子をそれなりの齢に見せると本来との歩幅が違い過ぎる。故に動作の違和が顕著になる。幻影と判る幻影では意味が無い」
「そっか、何者か分からない方が安全だものね」
1387『私じゃなくてもいいんでしょう』
「あたし達今日その靴履いてる女の子と会ったけど、そんな違和感覚えなかったわ」
「姉は大して変わっておらんからな」
「どうして?」
「問題は背丈だ。姉の背丈はほぼ変わらん。重要なのは弟の方だ」
「弟くん、何歳なの?」
「二桁に達しておらんのは確かだが」
「正確には覚えてないのね」
「否定はせん」
1388『嘘の色』
「それにしても、あの子は随分と成長が早いんだね」
「お祭りで会った、靴履いてた女の子のこと?」
「うん。歩幅が変わらないって事は、もう背丈は伸びきってるって事でしょ?」
「女の子は成長が早いものよ。あたしだって数年前には成長止まってるし」
「え?」
「なによ」
「止まってないよね?」
「え?」
1389『神頼み』
「あたしまだ成長してるの?」
「初めて会った時より今の方が背が伸びてると思うよ。マオの旋毛が近くなってるから」
「耳じゃなくて?」
「確かにマオの耳は種族特性で猫耳だから旋毛より近いけど、持ち主の気分に合わせてよく動くから、そういう物差しには不向きかな」
「まだ希望はあるのね」
1390『薔薇の下』
「何の希望?」
「母さんみたいな長身すれんだーぼでぃを手に入れる希望よ」
「めっちゃ棒読みだね」
「汝の突っ込む所はそこなのか」
「何よ、憧れるのは自由でしょ」
「それはそうだな」
「バラ園のアーチに引っかかるのが夢の一つなの」
「なんでまた」
「だってあたし以外の皆はかがんで通ってたんだもの」
1391『煙管の香り』
「もしかして、ディアンの所の司書さんが趣味で育ててるあの薔薇園の入口のアーチ?」
「そう。ランもおっさんもその他一緒にいたメンバー全員、かがんで通ったのよ」
「よく覚えてるね」
「すごく悔しかったのよ」
「僕は煙たかった印象が強いかな」
「バラ園で?」
「一人ヘビースモーカーが居たでしょ?」
1392『琴の音響く』
「居たわね。図書室内で吸おうとしてた命知らずが」
「よく生きてたよね」
「司書の制裁を受けてからも図書室に入り浸るあたりが、いっそ猛者だなって思ったわ」
「それは思った」
「良いだろうか」
「何、タガラさん?」
「書庫の専門職以外で司書という語が存在するのだろうか」
「いや、書庫の専門家だよ」
1393『アヤトリ』
「図書室で騒いだり暴れたりするのを断固許さないって司書が、とあるギルド支部に居るんだよ」
「騒ぐ輩を鎮圧するのは更に騒がしいと思うのだが」
「いや、静かなもんだよ」
「罠を張り巡らせてあってね、運が良ければ外に放り出されるくらいで済むわ」
「運が無ければ」
「数日後にすごく静かになってる」
1394『紫陽花の木で雨宿り』
「静かとはつまり物言わぬ骸になっ」
「てません! 例えじゃなくて、言葉通り騒がないだけよ」
「副作用で本を見ると挙動不審になるけどね」
「図書室で一度も本を読まなかったヒトくらいよ、そこまでの制裁をされたのなんて」
「司書とは頭脳労働職だと認識していたのだが」
「だから罠があるんじゃない」
1395『彼方からの呼び声』
「あたし手伝ったことがあるんだけど、司書って案外肉体労働だったわ」
「それ、ディアンのとこ?」
「そうよ。ランを待ってたら書棚整理をやらないかって。ちゃんと賃金も出たし」
「マオ、凄いね」
「何が?」
「前にディアンが蔵書点検の人員派遣を申し出て断られてるんだ。本の扱いが信用ならないって」
1396『猫の導き』
「図書室でおとなしかったからかしら」
「本を読んでた訳じゃないんだ?」
「ランを待ってるだけだもの」
「ああ。よく日当たりの良い席で寝てるね」
「それ以外もやってるわ」
「例えば?」
「絵本の読み聞かせ」
「マオ、そんな特技持ってたの?」
「絵本を子供に向けて開いて、ゆっくりはっきり読むだけよ」
1397『貴方はどこにいますか』
「子供って飽きっぽいから、最後まで聞かせようと思ったら大変でしょ」
「ランったら忘れたの? 場所はギルドの図書室なのよ」
「そうだったね。じゃあ、何で子供が?」
「お話を楽しむんじゃなくて、文字を覚えることが目的なのよ。だから同じ絵本を何度も何度も読み聞かせてるの」
「成程、先行投資か」
1398『たまには逆の立場で』
「最近始めたばかりらしいわ。今聞いてる子達は文字を覚えたら、今度は読み聞かせる側にするんだって」
「成程。初めだけ整えれば勝手に続いていく仕組みって事か」
「上手くいくかは分からないけどね」
「何人くらいに読み聞かせしてるの?」
「十人から十五人くらい」
「それだけ居れば大丈夫じゃない?」
1399『折り鶴に込める』
「将来的に誰かが読み聞かせをしてくれれば良いんだから、十人も居れば一人か二人はやってみる気になるんじゃない?」
「そうかしら」
「やる気の無い子供ばかりとか?」
「そういうんじゃないの。くれるものはもらうけど、自分が誰かに何かするって発想が全然ないのよ。まだ子供だからなんでしょうけど」
1400『悠かな道』
「子供なんてそんなものだよ。僕なんて沢山貰ってた事に気付いてすらなかったし」
「そうなの?」
「近所の大人達がよくからかってくると思ってたんだ。だけど独り立ちしてから、当時の記憶がそれはもう重宝してるよ」
「あたしは両親から教わったわ。どんな事態に遭遇しても投げやりにならないコツとか」
1401『新月』
「具体例を訊いても良い?」
「そうね……今夜は満月だったわよね?」
「その筈だよ。ここの祭りは満月合わせで日取りを決めてるらしいから」
「ありがと。そしたらこう思っとくの、今夜は新月かも知れない」
「その心は?」
「もしも月蝕が起こっても月が無くなっても、動揺が少なくて済む」
「待って後半」
1402『私はここにいる』
「安心してラン。例えよ、例え」
「そうだよね、例え話だよね」
「そうそう」
「例え話なのに、何でマオはそんなにニコニコしてるのかな?」
「気のせいよ」
「絶対気のせいじゃない。例えて言うなら、ディアンに奇襲かけようとしてる時とよく似た笑い方してる」
「気のせいよ」
「我はそろそろ帰って良いか」
1403『見せたくないモノ』
「そりゃあ、良いけど」
「そもそもどうしてタガラは窓の外に居たわけ?」
「協力者を定刻までに家に返す為だが」
「つまり、もう用は済んでる?」
「そうだな」
「じゃあなんで、あたし達に付き合ってくれたの?」
「若い同胞の言葉を無下には出来ん」
「そっか」
「雨宿りも出来たしな。一石二鳥だ」
「成程」
1404『君は僕の華』
「雨も止んだな。では我は帰宅する」
「また会ったらよろしくね」
「そうだな。縁が有れば祝言に顔を出そう」
「しゅーげん」
「帰宅ってまさか、アルゴスまで帰るの?」
「いいや。この町の我が家に帰る」
「紛らわしい言い方しないでよ」
「縁が有ればは言葉通りの意味しか持たぬ言葉だが」
「紛らわしいよ」
1405『貴方は永久に傍らに』
「ではな。タオルと雨宿り世話になった」
「どういたしまして」
「さよなら」
「あ、しまった」
「ラン?」
「いや、うっかりそのまま見送ったけど、窓から出てっちゃったなあ、と」
「そういえばそうね。きちんと扉から帰るように言うべきだったわ」
「まあいっか。真似する小さな子供が居るわけでもないし」
1406『唇を舐めた』
「小さな子が居たらダメなの?」
「そりゃあね」
「大きな子供は良いの?」
「大きな子供?」
「竜族とか大きな子供がゴロゴロしてそうだけど」
「体格はあんまり関係無いかな、精神年齢が幼いものは小さな子で良いと思うよ。マオ、どうしたの?」
「うちはよく扉が通れなくなって、窓から出入りしてたから」
1407『この地平線の向こうへ』
「なんかもう運がなかったとしか言いようがない事態があったわ、色々と」
「軍師のスキルが発動したってやつだね」
「二つ名にそんな効果があるの?」
「いや、ギルドの隠語みたいなもの。運が悪かったとしか言いようが無いけど、それで済ますには理不尽過ぎるほど立て続けに災難に遭う事をそう呼んでる」
1408『君を探す』
「それって」
「うん。軍師って二つ名の持ち主が、あまりにも運が悪いからだね」
「父さんたら、慣用句になっちゃうなんて」
「個人的には、運が悪いと言うより悪運が強いヒトなんじゃないかと思ってるけど」
「本人が転んでもただじゃ起きないタイプだから」
「そうじゃないと今の彼は居なかっただろうね」
1409『ただいまを言える場所』
「父さんの話はいいのよ」
「よく通れなくなってた扉の話はちょっと気になる」
「大した話じゃないわよ。雪が屋根まで積もって閉じ込められたとか、近所の山の巨大樹が落雷で折れてちょうど玄関前に倒れてきたとか、そのくらい」
「マオの家って、そんなに寒い地域だっけ」
「よくある天変地異のひとつよ」
1410『見送ることさえ出来ないよ』
「天変地異って、よくあるものだっけ」
「魔物のスタンピードが風物詩な家だし」
「稼ぎ時なんだっけ?」
「そう。ランに話してたっけ?」
「前にちらっとね。でも、大変そうだなあ」
「慣れれば平気よ」
「でも慣れるまで待ってもらう訳にも行かないし」
「待って、何の話?」
「マオのご両親に挨拶に行く話」




