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『重要な問題は学習に熟達することにある』 初出茅廬(しょしゅつぼうろ・初めて草庵を出る・世に出て間もないこと)
『重要な問題は学習に熟達することにある』
初出茅廬(しょしゅつぼうろ・初めて草庵を出る・世に出て間もないこと)
後漢の末期、諸葛亮は南陽に隠遁していたが、劉備が三度にわたって庵を訪ね熱心に請うたこと(三顧の礼)に応じ、劉備を補佐するために世に出た。諸葛亮が劉備の軍中に加わって間もない頃、折しも曹操が大将の夏侯惇に十万の兵を率いさせて攻め寄せてきた。当時、劉備の部下にはわずか数千の兵馬しかおらず、兵も将も乏しく情勢はきわめて危機的であった。諸葛亮は博望坡に伏兵を配し、見事な火攻めによって十万の曹操軍を完膚なきまでに打ち破った。後世の人々は、この戦役における諸葛亮の見事な指揮を称えて次のような詩を詠んだ。
「博望に相持して火攻を用い、指揮如意にして談笑の中。直ちに曹公の胆を驚破するを須し、初め茅廬を出でて第一の功。」
「初出茅廬」という成語は、このようにして生まれた。その後、人々はこの成語の意味を変化させ、仕事に就いたばかりで実際の経験に乏しく、まだ世慣れておらず未熟な人物を形容する言葉として専ら用いるようになった。




