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第24話 極上の癒やしと、明日への一歩

 御前会議が閉会した直後。

 王都は、かつてないほどの熱気に満ちていた。

 昨日解放された王立倉庫(ロイヤルグラナリー)の小麦と、ファンドラが徹夜で手配した物資が市場に行き渡り、街のあちこちから焼きたてのパンの香ばしい匂いが漂っている。


「これも全部、ルゼリア女王陛下のおかげだ!」

「あんな小さな陛下が、直々に悪徳侯爵を裁いてくださったんだってな。ありがてぇ……!」


 王城の窓から見下ろす街並みには、笑顔でパンを頬張る子供たちや、活気づく商人たちの姿があった。

 その光景を、俺はルゼリアの頭の上から静かに見下ろしていた。


『聞こえるか、ルゼリア。あれがルゼリアの力で守った笑顔だ』

「うん……っ。よかった、本当によかった……」


 窓辺から離れたルゼリア。

 私室では、彼女の『勝利記念・ご褒美お茶会』の準備が着々と進められていた。


「さぁさぁ陛下!商人ギルドからお祝いの最高級茶葉群をお持ちしましたよ!じゃんじゃん飲んでくださいね!」


 ファンドラが満面の笑みで茶葉の缶を積み上げている。

 その傍らでは、女王直属の七人のメイドたちが、ルゼリアの心身を癒やすべく完璧な布陣を敷いていた。


「……面倒くさい。これ、適当に切って出しといて」


 神出鬼没に現れたルルーシュカが、籠いっぱいの希少な果物を置き、欠伸をしながらまたどこかへ消えていく。

 ついで仕事の精度の高さは、彼女が裏のスペシャリストであることを物語っていた。


「修正の必要なし。この果実は陛下に最高の栄養を与えます、シルヴィア」

「ええ。お召し上がりやすいサイズに、分子レベルで均一に切り分けました」


 氷のメイド、シルヴィアが音もなくナイフを走らせ、果物を芸術品のような一皿へと変えていく。

 それを待つ間、最年少のティーナがおどおどとした様子で、テーブルに微塵のちりも残らぬよう必死に布を走らせていた。


「うぅ、ごめんなさい!私みたいな掃除担当が磨いたって、不純物は消えないかもしれません……で、でも、陛下のお召し上がりになる場所だけは、私が……私が命懸けで清浄に保ちますからぁ……!」

「あーあ、相変わらず情けねぇ声出してんなティーナ。ちびっこ女王、こいつの掃除と徹底した掃除能力だけはアタシが一番に保証してやったから安心しろ。んなことより、シャキッとしろ。まだ背中が丸まってんぞ」


 小柄な狂犬メイド・ヴェラが、ニカッと不敵な笑みを浮かべてルゼリアの背中をポンと叩く。

 その乱暴な仕草には、彼女なりの深い忠義と労い(ねぎらい)が込められていた。


「判定を開始……糖度、安全性、ならびに周囲の警護レベル、全てにおいて最上級。陛下の疲労回復に最適です」

「んふふ〜、もちろん私がぜーんぶ甘々に甘やかして差し上げますからね〜。さあルゼリア様、あーんです」


 アダリンが「本日のリラクゼーション査定、95点です」と満足げに頷き、クロエがフォークに刺した果実をルゼリアの口へと運ぶ。

 そこへ、最後にゆっくりと歩み寄る影があった。


「お静かに。陛下のお寛ぎを妨げる不文律は、メイド長として見過ごせません」


 七人のメイドを束ねるマルグリットだった。

 彼女が優雅に一歩踏み出し、浮遊する給仕ビットを操ってお茶を注ぐだけで、室内は極上の聖域へと変貌する。

 マルグリットは慈愛に満ちた微笑みをルゼリアに向け、完璧な動作でお茶を差し出した。


「ご安心ください、陛下。すべては予定通り──私のティーカップの中にあるとおりです。何も考えずにお休みになられていただいてよろしいのです」

「うん……!みんな、ありがとう……!」


 その口調は、つい先ほどまで御前会議で居並ぶ貴族たちを平伏させていた、氷のような女王のものではない。

 ルゼリアは女王という重すぎる鉄仮面を脱ぎ捨て、幼い少女としての素顔を見せることが許されていた。


 室内には甘く平和な空気が流れ、これまでの緊迫した政治劇が嘘のような、至福の時間が過ぎていく。

 そんな中、部屋の入口で恭しく頭を下げる者たちがいた。


「陛下におかれましては、ご機嫌麗しく」


 宰相ヴォルデンである。

 あの憎らしいバレストロとその愚息レオナールは全財産を没収され、共に粗末な囚人馬車で北の最果て『死の銀山』へと連行されていったという。


「バレストロ侯爵の処分および、東部領への補償手配、すべて完了いたしました。陛下のご決断が、この国に光を取り戻したのです。この老身、これほど誇らしい日はございません」


 深く頭を下げるヴォルデンの横で、ひょこっと胡散臭い顔を出す老魔術師がいた。


「いやぁ、儂もたまには働いた甲斐があったもんだ。ところで陛下、メイドさんたちのお茶会に、儂も混ぜてもらえんかのう?」

「貴様は帰れッ!!王の私室で厚かましいにも程があるぞ、ギルギアス!」


 即座に怒鳴りつけるヴォルデン。

「冷たいのう、同期のよしみで少しは……」とぼやくギルギアスに、ルゼリアはクスッと吹き出した。


「ふふっ……よいぞ、ギルギアス。そなたも立派な功労者だ。マルグリット、彼にもお茶を。クロエ、果実を分けてあげなさい」

「かしこまりました」

「はーい、とびきり甘いのをどうぞ〜!」

「おおっ、流石は陛下。どこぞの石頭とは器が違いますなぁ」


 感涙するギルギアスと、頭を抱えるヴォルデン。

 その様子を背筋を伸ばした騎士団長ルシアンが微笑ましく――少し眩しそうに見つめていた。


「この剣は、正しき王のためにのみ振るわれるべきもの。ルゼリア陛下。我ら騎士団は改めて、陛下に絶対の忠誠を誓います」

「ありがとう、ルシアン。そしてヴォルデン、ギルギアスも。みんなのおかげで、わたしは女王でいられたの」


 その言葉は、もはや無理をして背伸びをした幼女の言葉ではなかった。

 仲間を信じ、共に歩もうとする、一人の気高き女王の微笑みだった。


***


 そして、夜。

 メイドたちが下がり、私室にはルゼリアと俺だけが残された。


 薄い絹の寝衣に着替えたルゼリアは、ふかふかのベッドのど真ん中にちょこんと座り、両手で大事そうに王冠を抱きしめていた。

 日中の凛とした態度はどこへやら、その瞳はすっかりとろけきって、完全に甘えん坊モードに突入している。


「……ねえ、クラウン。もうがんばらなくて、いい?」

『ああ。今日はもう十分だ。おいで、ルゼリア。王様はお休みにして、ただの女の子に戻っていいぞ』


 俺が魔力で作り出した魔力の手を広げると、ルゼリアは「えへへ……」とはにかみながら、自分から俺の方へと飛び込んできた。

 王冠を胸に抱いたまま、俺の魔力に全身を委ねるその姿は、まるで大好きな宝物に甘える子供のようでもあり、同時に――。


『よしよし。本当によくやったな、ルゼリア。バレストロの前で見せたあの言葉、最高だったぞ。……俺、ルゼリアのことが誇らしくてたまらないよ』

「ふにゃ……。クラウンに褒められるの、一番うれしい……」


 俺の魔力の手が彼女の白く細い首筋から、金糸のような髪をゆっくりと愛しむように撫でる。

 ルゼリアは王冠にすりすりと頬を擦り寄せ、幸せそうに目を細めた。


「あのね、クラウン。わたし、すごく怖かったんだよ?みんなの視線が痛くて、心臓がバクバクって鳴ってて……」

『ああ、知ってる。俺に全部伝わってた。でもルゼリアは一歩も引かなかった。だからこそ勝てたんだ』

「クラウンが、わたしの頭の上にいてくれたからだよ。この王冠からクラウンのトクトクっていう魔法のリズムが聞こえるとね、わたし、無敵になれるの」


 ルゼリアはそう言って、抱きしめる力を少し強くした。

 まるでもう二度と離さないと言わんばかりの、必死で愛おしい執着。


「クラウン……ずっと、一緒にいてくれる?おばあちゃんになっても、ずっと、ずっと……?」

『ああ、約束する。何年経とうが、俺はルゼリアの頭の上が定位置だ。誰にもこの場所は譲ってやらないよ』


「えへへ……独占、だね?わたしだけのクラウン……」


 頬を赤らめ、上目遣いで俺の光る宝石を見つめてくる彼女。

 その潤んだ瞳には、王としての信頼でも、守護者への感謝でもない、もっと無垢で熱い何かが宿り始めていた。


 それは少女が初めて知る、甘い独占欲の芽生えだったのかもしれない。

 不安そうに睫毛を伏せる彼女の額に、俺は魔力の手でそっと触れた。


『安心しろ。どんな敵が来ようが、俺がありったけの入れ知恵(カンペ)とハッタリを貸してやる。ルゼリアを泣かせる奴がいたら、二人でそいつの鼻を明かしてやろうぜ』

「……うんっ!」

『俺はどこにも行かないし、逃げもしない。だから誰も見ていない夜くらいは、思いっきり俺に甘えていいんだぞ』

「……ほんとに?」

『ああ、本当だ。約束する』


 その言葉を聞いた瞬間、ルゼリアは心の底から安堵したような、とろけるような笑顔を浮かべた。

 彼女は安心しきったように、全身の重さを王冠の温もりに委ねる。


「えへへ……クラウン、だぁいすき……」

『本当によく頑張ったな、小さな女王陛下』


 やがて、規則正しい寝息が部屋に響き始める。

 俺から流れ込む温かな魔力に包まれながら、ルゼリアは王冠を抱きしめたまま、微かな寝言をこぼして深い眠りに落ちていった。


『(……さて。バレストロは消えた。だが、あのヴォルガストや、他のエライさんたちがこのまま黙っているはずがない)』


 ルゼリアの健やかな寝顔を見つめながら、俺は静かに意識を引き締める。

 俺は世界のことは何も知らない。魔法の使い方も手探りだ。

 だが、この小さな震える背中を守るためなら、どんなハッタリでもかましてやる。


『(明日からも頼むぜ、相棒)』


 夜の静寂の中、星天の王冠は幼き女王の腕の中で優しく、そして力強く青い光をまたたかせていた。


次回は最終話となります。

是非とも是非とも。

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