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第23話 御前会議(後編)〜女王の裁定〜

「――申し上げます。陛下、ならびに公卿の皆様方。王都および王城の警備状況に関し、緊急の報告を具申いたしたく」


 バレストロの絶叫が残る議場に、分厚い扉の外から低く、一際よく通る冷徹な声が響き渡った。

 ルゼリアは扉の向こうにいる男の意図を完璧に理解しながらも、女王として凛とした声を張り上げる。


「許す。騎士団長ルシアン、入室し発言せよ」


 その言葉を合図に、議場の巨大な扉が豪快に押し開かれた。

 磨き抜かれた白銀の甲冑を鳴らし、戦場の冷気を微かに纏って足を踏み入れたのは、騎士団長ルシアンその人だった。

 彼は議場の中央まで進むと、跪く代わりに見下ろすような冷ややかな視線を這いつくばる男へと向けた。


「バレストロ侯。一つ、大きな勘違いをしているようだな」


「私は昨朝、陛下より拝命した通り、東部街道の封鎖部隊、ならびに貴殿の長男レオナール殿の私兵を瞬時に鎮圧した。レオナール殿は今頃、騎士団本部の牢の中で震えておいでだ。そして、伝書鳩の指示に従いそのままの足で王都の別邸へ直行し、先ほど全ての目論見を片付けてきたところだ。陛下の命は絶対ゆえに、一切の無駄を省かせてもらった」

「な、なっ……!?レオナールが捕まっただと!?ば、バカな……!ならば、なぜだ!なぜ王都はこうも静かなのだ!最新式の魔動鎧を纏った百の精鋭が動いたのであれば、今頃街中からの悲鳴がここまで届いているはず……なぜ、誰一人として『異変』を知らせに来んのだ!!」


 バレストロが狂ったように絶叫し、助けを求めるように議場の貴族たちを、そして五大家の当主たちを見渡す。

 しかし、五大家の当主たちは誰一人として彼に目を向けることはなかった。


 静寂。完全なる無視。

 誰の心にも、もはや泥にまみれ喚くこの大豚の姿は映っていなかった。


「誰も知らせに来ないと?」


 ルシアンの背後から、一人のメイドが音もなく歩み出た。

 完璧な接客スマイルを浮かべた、銀髪のアダリンだ。


「評価を確認。王都別邸に駐屯していた私兵百名。最新の魔動鎧を含め、全て『不燃ゴミ』として処理を完了いたしました。ルシアン団長の騎士団が正面から制圧する間、裏手からの掃き出しに要した時間は十五分。効率、および衛生面において極めて良好です」

「な、なに……を……ゴミ……だと……?」


 アダリンは慇懃無礼な微笑みを浮かべたまま、手元のメモを静かに閉じた。


「あの方々、装備こそ一流でしたが、中身は掃除のしがいない塵芥じんかいばかり。シルヴィアと二名、およびルルーシュカの『ついで仕事』で、既に王都の治安を乱す脅威は消滅しておりますわ。……あ、没収した邸宅の地下からは、侯爵様ご愛用の高級菓子やお酒が山のように見つかりましたので、先ほど商人ギルドの方々へ引き渡してまいりました」


 民が泥を啜っている間、自分だけが飽食を貪り、私兵による暴力で全てを握ろうとした男。

 彼の切り札であった暴力すらも、完膚なきまでにへし折られた。

 バレストロは糸が切れた人形のように崩れ落ち、その贅肉に埋まった指先から、不自然に輝く特注の指輪が虚しく床を転がった。


『(情けねえな。金で買った暴力は、本当の怪物メイドの前じゃ紙屑同然だぜ、大豚)』


 ルゼリアが、ゆっくりと玉座から立ち上がった。

 その小さな頭に戴く王冠が、彼女の覚悟に呼応して眩い星光を放つ。

 ルゼリア自身の魔力と、王冠から溢れ出した至高の力が溶け合い、議場全体を支配する絶大な波動となって、居並ぶ者たちの魂を震わせた。


「バレストロ侯爵。そなたは民の糧を奪い己の贅肉と権力に変えた。あまつさえ、その薄汚れた暴力でこの王都を戦火に晒そうとした大逆の罪、断じて許さぬ」

「ひ、ひぃっ……!お慈悲を、お慈悲を陛下ぁ!!」


 バレストロは石床を這いつくばり、その脂ぎった手でルゼリアの足元へと縋り付こうとした。


「――その汚れた手で、陛下に触れるな」


 バレストロの指先がルゼリアの靴に触れる寸前、ルシアンの鉄靴が、彼の肥え太った手を冷酷に踏み抜いた。

 骨の砕ける音が響き、バレストロは無様にのたうち回る。


「い、ぎゃああああっ!?ひ、ひぎぃっ……!た、助けて……助けてくれぇ!これは、これは全てヴォルガスト公に唆されたのだ!あの方がワシの別邸に使いを出し、策を授けてくれたのだ!!ワシは、ワシはただ利用されただけで……っ!」


 その必死の絶叫に対し、議場は氷のような冷笑と静寂で応えた。

 当のヴォルガスト公は眉一つ動かさず、泥にまみれた敗者へ一瞬だけ憐れむような――いや、道端の不快なゴミを掃き出すかのような虚無の視線を向けると、すぐに興味を失ったかのように目を逸らした。

 他の四大家、そして居並ぶ貴族たちもまた、死に体となった男による見苦しい責任転搬としか受け取らず、一様に吐き気を催すような軽蔑を刻んでいる。


 目からは涙と鼻水が溢れ出し、特注の最高級シルクで作られた礼服は、自らの失禁と石床の埃で見窄らしく汚れ切っている。

 さきほどまで民を「家畜」と蔑んでいた高貴な侯爵の面影はどこにもない。

 そこにあるのは、死の恐怖に支配され、尊厳を自ら泥の中に投げ捨てた、一匹の滑稽な獣だった。


 ルゼリアは、足元で蠢く汚物を見つめる瞳に憐れみすら浮かべず、断罪の言葉を突きつける。


『落ちつけ、ルゼリア。震えは俺が抑えてやる。責任だって俺が半分背負ってみせるから……今から入れ知恵(カンペ)を出す。ただそれを淡々と、事実と組み合わせて読み上げればいい。準備はいいな?』

「(……うん、クラウン。わたし、やる。完璧な女王様になってみせるから)」


 俺が念話で伝えた『裁定文』を静かになぞるように、ルゼリアは唇を開いた。


「そなたに名誉などない。生涯をかけてその肥え太った贅肉を削ぎ落とし、血と汗で民へ償うがよい。バレストロ本人、ならびに息子レオナールを、共に北の最果て『死の銀山』での終身強制労働の刑に処す。そなたが愛した『金』を、今度はその土に汚れた手だけで死ぬまで掘り続けるがいい」


 感情を削ぎ落とし、ただ揺るぎない事実だけを告げるような冷徹な声が、静まり返った議場に響き渡った。

 ルゼリアは次に、居並ぶ五大家の当主たちへと、射抜くような視線を向けた。


「五大家に異論はあるか。もし、国賊の末路として不足であると思うのであれば、この場で申し述べよ」


 その問いに、五大家の代表としてヴォルガスト公が静かに立ち上がった。

 彼は足元で震えるバレストロを視界に入れることすら拒むように、ルゼリアに向けて深く恭しく頭を垂れる。


「――異論など、ございようはずもありません。ベルシュタイン家は、女王陛下の下された裁決を全面的に支持いたします。この男の罪、もはや言葉や命では贖えるほど軽いものではありません」


 その言葉を合図にするかのように。

 彼に次いで、黄金の天秤を戴くソラリス家、叡智の冠たるガランディール家、大地を司るヴェルデ家、不落の盾たるアイギス家の当主たちも、一切の私語を交えることなく一斉にその場に立ち上がり、深く頭を垂れた。


 王国を支える五本の柱が、幼き女王の裁断に従った瞬間だった。

 だが、ルゼリアを見上げるその瞳は、深淵のように黒く、そして笑っていた。


 ――今回は引いてやる。だが、次はどう出るか、見せてもらおう。


 そんな声なき圧力が、ルゼリアの華奢な体を打ち据える。

 しかし、彼女は一歩も引かず、王の威厳を持ったまま堂々と頷き返した。


 ヴォルガストのその追撃とも言える非情な肯定が、バレストロの魂へ最後の一突きを見舞った。

 期待していた最後の一縷の望みが、かつての派閥の頭領によって無惨に断たれたのだ。


 腹の底から絞り出されたような絶叫。

 崩れ落ちるバレストロの腕を数名の衛兵が荒々しく掴み、議場から引きずり出していく。

 彼が愛でていた宝石、権力、私兵――その全てが、幼き女王の一振りの言葉によって、永遠に失われた。


 残されたのは、一糸乱れぬ沈黙。

 それは恐怖ではなく、紛れもない、王への敬意であった。


「……これにて、御前会議を閉会とする」


 ***


 ――ガチャリ。

 議場の重厚な扉が閉じられ、王室専用の廊下に出た瞬間だった。


「……っ」


 ルゼリアの足からふっと力が抜け、その体が前へと傾いた。


「状況を確認。陛下の疲労度が限界値を超過しています。即座に補助を実行します」

「陛下〜!お疲れ様でしたぁ〜!」


 すかさず駆け寄ったシルヴィアとクロエが、両脇から彼女の小さな体をしっかりと支え止める。

 議場で見せていた氷のような威厳は幻だったかのように消え去り、そこには極度の緊張から解放されて肩で息をする、年相応の幼い少女がいた。


「ああ……えっと、わたし……倒れなかった……?」


 シルヴィアが珍しく――本当に珍しく、その無表情に僅かな震えを滲ませながら、主の頭を優しく胸に抱きしめた。


「はい。最後まで、とても立派な王でいらっしゃいました。修正の必要は一切ありません」


 感情を見せない鉄壁のメイドからの修正不要という最大級の賛辞に、ルゼリアの瞳がうるりと潤む。


「んふふ〜、ルゼリア様、すっごくカッコよかったですよ〜。あのバレストロ侯爵が引きずり出される瞬間なんて、私、思わず拍手しそうになっちゃいました〜」


 反対側から柔らかく支えるクロエが、母親のように頬を寄せて甘やかす。

 その蠱惑的な微笑みの奥には、毒見役として常にルゼリアを守ってきた者だけが抱ける、本心からの安堵があった。


「さぁさぁ、だら〜っと力を抜いてくださいね〜。今日は私たちがぜ〜んぶ甘やかして差し上げますから〜」

「クロエ……うぅ、ありがとう……」


 そして、少し離れた物陰から、コツ、コツ、と整った足音が近づいてくる。

 銀髪に完璧な接客スマイルを浮かべたメイドのアダリンが、手元のメモを静かに閉じてルゼリアの前に歩み出た。


「評価を確認。御前会議におけるバレストロ侯への完璧なる裁定。五大家の総意の掌握。およびヴォルガスト公の圧力に一歩も退かなかった精神力」


 アダリンはそこで言葉を切ると、慇懃無礼な笑みを捨てて、初めて心からの微笑みを浮かべた。


「査定得点、測定不能です。満点が100点だとしても、10,000点くらい差し上げたい気分ですね。陛下、おめでとうございます」


 メイドたちの三者三様の賞賛に包まれ、ルゼリアは目を真っ赤にしながらも、必死に涙を堪えようとしていた。


「みんな……みんな、ありがとう……わたし、みんながいてくれたから……っ」


 堪えきれなくなった涙が、ぽろぽろと金色の睫毛を伝って落ちていく。

 クロエが優しくルゼリアを抱きしめ直し、シルヴィアが無言でハンカチを差し出し、アダリンが静かに「涙の美しさ、加点です」と呟いた。


「……ま、今日のところは及第点ってとこかな」


 廊下の柱にもたれかかっていた色素の薄い髪の人影が、気怠そうに口を開いた。

 ルルーシュカだ。

 いつからそこにいたのか、その佇まいは影のように自然で、存在感そのものが煙のように淡い。


「ル、ルルーシュカ!見てたの!?」

「見てたっていうか、あの程度の茶番を見逃すほど暇じゃないってだけ」


 投げやりな声とは裏腹に、ルルーシュカはルゼリアの傍まで歩み寄ると、ぽん、と彼女の頭にそっと手を置いた。


「あのヴォルガストって男の前で一歩も退かなかったのは、正直ちょっとだけ驚いたかな。……悪くないよ、陛下」


 それだけ言うと、彼女はひらりと手を振ってもう興味を失ったかのように廊下の奥へと消えていく。

 だが、その背中が角を曲がる直前、ほんの一瞬だけ振り返って浮かべた笑みは、いつものからかいではなく、確かに誇らしげなものだった。

 そんなメイドたちの温もりに包まれながら、ルゼリアはそっと両手で頭の上の王冠に触れた。


「(ねえ、クラウン。わたし、ちゃんとできたかな)」


 今にも泣き出しそうな、安堵と恐怖の混ざった震える声。

 俺は魔力の手を伸ばし、今日一番の頑張りを見せた彼女の頭をこれでもかというほど撫で回した。


『ああ。点数が付けられないぐらい最高の女王だったぞ』


 その言葉を聞いた瞬間、ルゼリアの目から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。

 彼女は安心しきったように、ふにゃりと子供らしい笑顔を浮かべる。


『今日はいっぱい頑張ったからな。今夜は好きなだけ甘えていいぞ』

「(……うんっ!)」


 ルゼリアの明るい返事が、王城の廊下に温かく響いた。


残り2話となりました。

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