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最終話 直轄領の誕生と、黄金の包囲網

誤字を修正しました。

ご指摘ありがとうございます。

 バレストロ侯爵らの失脚から数週間。

 王都と東部領は、かつてないほどの活気と復興の熱の中にあった。


 大逆罪によって没収されたバレストロ家の全資産は莫大なものであった。

 王立金庫(ロイヤルトレジャリー)からの一時的な持ち出しを瞬く間に補填し、さらには余りあるほどの富が王室の直轄管理へと移されたのである。

 ルゼリアはその大半を、飢饉で苦しんだ東部の農民たちへの免税措置と、来年のための種籾の購入資金に惜しげもなく投入した。


 商人ギルド幹部ファンドラの圧倒的な手回しにより、資金は迅速に物資へと変換され、東部の飢餓は完全に終息へと向かったのだ。


『(バレストロの大豚がため込んだ脂肪を、そのまま民の血肉に変換したってわけだ。最高のダイエットだな)』


 俺の皮肉めいた独白に、頭上の定位置で揺れる視界が心地よく同調する。


 そして、国の構造を変えるさらに決定的な変化があった。

 領主を失った東部領は、新たな領主が決まるまでの間、ルゼリアが直接治める『王室直轄領』となったのである。

 自らを飢えから救い出し、直接治めてくれる幼き女王に対し、東部の農民たちは狂信的なまでの支持を寄せるようになった。


 これまでは飾り物の王だったからこそ、五大家は好き勝手ができていた。

 しかし、現在のルゼリアは名実ともに強大な土地と民の力、そして潤沢な直轄資金を手に入れてしまった。


 ――王権の明確なる強化と自立。

 それは、実質的に国を牛耳ってきた五大家にとって「自分たちの利権への明確な侵食」を意味していた。


 ***


 王城から遠く離れた、黄金に彩られた豪奢な執務室。

 そこに、五大家の一つ、黄金の天秤を戴くソラリス家当主の姿があった。


「全く、馬鹿な豚が自滅したせいで、面倒なことになりましたわね」


 アストラリア国定銀行の総裁も務める『黄金の女帝』ベアトリクス・ソラリスは、数千万ゴルド相当の宝石をあしらった扇で口元を隠し、優雅にソファーへ腰を下ろした。


「ですが、泥にまみれた農地管理など素人の小娘にできるはずがありません。今度は真の支配者は玉座ではなく、金庫の鍵を握る者だということをたっぷりと教えて差し上げるのですわ」


 彼女が冷酷な「金の罠」を編み上げている傍らで。

 農業総務を司るヴェルデ家の次期当主候補、エリーナ・ヴェルデは、強く拳を握りしめていた。


「(……違います、ベアトリクス様。大地を救ったのは欲深き金ではなく、あの陛下の『正義』です。私は……私は、自分の目で確かめに行きます)」


 エリーナは一人、泥に汚れた作業着を纏い、密かに王城へと馬を走らせる準備を始めていた。それが、新たな絆の始まりになるとも知らずに。


 ***


 場所は変わり、窓一つない石造りの広間。

 そこには、王国の深淵を司る三つの影が集っていた。


「バレストロの愚行は、計算外の『特異点』によって潰えたな」


 古びた魔導書をめくりながらガランディール家当主、マルファス卿が枯れ木のような声を出した。

 その瞳には、万物を解体し、ことわりさえも侵食する不気味な知性が宿っている。


「……沈黙」


 重厚な漆黒の甲冑に身を包んだ大男――アイギス家当主、ヘクトール将軍が地鳴りのような声で応じる。

 彼は一度もルゼリアを敵とも味方とも呼んでいない。

 ただ、王国の盾として、その資格があるかを見極めている。


「案ずるな。すべては『計画』の範疇に過ぎぬ」


 影の中から現れたのは、ヴォルガスト公爵だった。

 彼は不敵な笑みを浮かべ、北の地平を見つめている。


「幼き女王が輝けば輝くほど、あの『天敵の埋葬』は目を覚ます。彼女が真の絶望に直面した時、縋るのが我ら五大家か、それとも――」


 ヴォルガストの視線の先。

 王国の国境を越えた暗雲の中で、形容しがたい「何か」が、不気味に胎動していた。


 ***


 そして数日後の王城、ルゼリアの私室。


「ねえクラウン!見て、街のみんながこんなに綺麗な花束を届けてくれたよ!」


 執務机に積まれた山のような感謝の手紙と花束。

 その香りに包まれ、ルゼリアが花が咲いたような笑顔を見せている。


『よかったな、ルゼリア。だが、浮かれてばかりもいられないぞ。早速、嫌な動きがあるみたいだ』


 俺の声に呼応するように、宰相ヴォルデンが苦虫を噛み潰したような顔で入室してきた。

 伝えられたのは、ソラリス家が牛耳る市場組合による、通常の五倍にも上る『緊急復興特別税』の通達。

 それは、武力ではない「数字」という冷徹な刃による次なる攻撃の幕開けだった。


「ふ、ふえええ!?ご、五倍!?ど、どうしようクラウン、このままじゃ国が破産しちゃうよぉ!!」


 ルゼリアは短い両手をパタパタと振り回し、顔を真っ赤にして王冠に縋り付いてきた。

 せっかく平和になったと思った矢先の経済的ピンチに、少女に戻った彼女は完全にパニック・ルゼリアと化している。


『落ちつけ、ルゼリア。俺がついてる。そのドケチ連中の財布を空っぽにしてやる方法なんて、いくらでも思いつくさ』

「うぅ……ほんと?クラウンがそう言うなら、絶対だよね……?」


 俺の皮肉めいた、確かな自信に満ちた念話が、彼女の震えをぴたりと止める。

 ルゼリアは涙目のまま、ぐしぐしと目を擦ってから、力強く頷いた。


「うん!わたし、もう怖くないもん。クラウンと一緒に、あの意地悪な大人たちを懲らしめてやるんだから……!」


 不安を跳ね除け、かつてないほど強い絆を感じながら、決意を新たに立ち上がるルゼリア。

 そして彼女の小さな頭の上で、不敵な知性を湛えながら不敵に光る星天の王冠。


 一国の利権を巡る汚い争いなど、まだ序の口に過ぎない。

 やがて訪れる世界の行方、そしてクラウン自身の失われた記憶に眠る真実を、彼らはまだ知らない。


 最強の入れ知恵(カンペ)コンビ。

 その伝説は、ようやく始まったばかりなのだから。


【幼き女王と星天の王冠 ~泣き虫陛下は王冠からの入れ知恵カンペを必死に朗読して国を救う~】

フラグを立てたり残しながらも、これにていったん完結となります。


短編版から続いてルゼリアとクラウンの関係性を気に入っていただけましたら幸いです。

評価など反応をいただけると方向性の迷子が減少して執筆の参考となります。

是非ともよろしくお願い致します。


お読みいただき本当にありがとうございました。

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