第21話 御前会議(前編)〜強欲の罠〜
──四日目・午前。
王城の最も荘厳なる玉座の間。
天井に届くほどの巨大なステンドグラスから差し込む光が、冷ややかな大理石の床をモザイク状に染め上げている。
五大家をはじめとする王国の重鎮たちが集うこの御前会議の場は、剣や魔法ではなく、言葉という刃で相手の喉首を掻き切るための戦場だった。
その最奥、一段高い場所に設えられた玉座。
幼き女王ルゼリアは深く腰掛け、静かに議場を見下ろしていた。
白糸で彩られた豪奢な礼服に身を包み、頭上には王家の象徴たる星天の王冠を戴いている。
昨夜の甘えん坊な少女の面影は微塵もなく、そこにあるのはただ氷のように冷徹で気高い女王の威容だけだった。
『いいぞ、ルゼリア。背筋がピンと伸びてて最高に堂々としてる。その調子で相手の目をジッと見返してやれ』
王冠の奥底から念話でそっと囁きかける。
ルゼリアの肩が僅かに反応し、けれど表情は一切崩さずに彼女は議場を見据えた。
その視線の先にいるのは、昨夜からずっと待ち構えていた標的――バレストロ侯爵だ。
「――陛下。昨日の王都における『暴挙』について、ご説明願えましょうか」
口火を切ったのは、他でもないバレストロ本人だった。
顔の贅肉を揺らしながら歩み出ると、まるで哀れな子供を諭すかのような底意地の悪い口調で言葉を紡ぎ出す。
「東部の不作は王国全体にとっての大いなる悲劇。ですが、陛下が独断で王家の私財たる王立倉庫を開放するなど言語道断!それは法の私物化であり、ひいては王家の暴走として民に誤ったメッセージを与えかねませんぞ!」
議場がざわつく。
バレストロの背後には、彼に同調する派閥の貴族たちが頷き合っていた。
あの大豚の狙いは明白だ。
ルゼリアを「法を破り、私情で国を動かす身勝手な小娘」だと周囲に印象付け、有力者共を味方につけて彼女から女王の座を剥ぎ取ろうって腹だろう。
昨日、ルゼリアが民衆の前で得た支持すらも、強引に暴走という言葉で塗り潰そうとしているのだ。
『(なるほど。罠を仕掛けた本人が、被害者のフリをして真っ先に噛み付いてきたってわけか。いかにも小悪党らしい手口だな)』
バレストロの肥え太った顔を眺めながら、内心で鼻で笑う。
彼自身の浅はかな言動は取るに足らない。
問題は、この議場における真の支配者の存在だった。
――ヴォルガスト公。宰相たちが警戒していた敵は、あの男のことだろう。
玉座に最も近い席に座るその男は、一言も言葉を発していない。
鋼のような灰髪を完璧なオールバックに整え、漆黒の軍礼装を纏った立ち姿は、まるで威厳そのものが形を成したかのようだ。
彫刻のように刻まれた顔の深い傷跡が、彼が潜り抜けてきた凄惨な戦場と政争の歴史を物語っている。
彼がそこに存在しているだけで、議場には目に見れない冷涼な重圧がのしかかっていた。
バレストロがどれだけ吠えようと、最終的な決定権はこの男の沈黙が握っているようにさえ、思えるのだ。
『(嫌な空気を纏ってやがる。バレストロの茶番すら、あいつにとってはルゼリアを試すための盤上遊戯の一つに過ぎないって顔だ)』
ルゼリアの小さな手が、ドレスのひだをぎゅっと握りしめるのがわかった。
貴族たちの悪意とヴォルガストの底知れない圧力。
それらが混ざり合い、幼い彼女の心を押し潰そうとしている。
『……息を吸え、ルゼリア。相手のペースに呑まれるな』
「(……うんっ、わかってる。大丈夫。わたし、負けない。クラウン、一緒にいてね)」
小さく、けれど鋼のような強さを秘めた言葉が返ってくる。
俺は彼女の頭頂部からじんわりと温かな魔力を流し込んだ。
不安を溶かし、勇気を呼び起こすためのおまじないだ。
『(あの大豚は再び、自分から東部の不作は事実だと認めやがった。なら、ルゼリアが持ってるあの帳簿で、こいつの眉間をぶち抜いてやるだけだ)』
ルゼリアの指から力が抜けた。
代わりに彼女の赤紫の瞳に、昨日の広場で見せたような強い光が宿る。
張り詰めた議場の中。
玉座に座る幼き女王が、ゆっくりと口を開いた。
「……バレストロ侯爵」
その声は驚くほど澄んでいて、議場の隅々まで通る冷ややかな王の威厳に満ちていた。
水を打ったように、バレストロの言葉が止まる。
「そなたは、確かに『東部は不作である』と申したな?」
ルゼリアの問いかけに、バレストロの頬がわずかに引きつった。
強欲な罠を仕掛けたつもりの男が、逆に致命的な罠へと足を踏み入れた瞬間だった。
残り4話を予定しております。




