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第20話 頑張ったご褒美と、王冠の誓い

 王城の奥深く。

 月光が差し込む天蓋付きのベッドで、一人の幼い少女がふかふかの枕に顔を埋めていた。


 昼間の威圧的な女王のドレスから、ゆったりとした寝間着に着替えたルゼリアである。

 彼女のすぐ傍らには、星空を固めたような美しい宝石を頂く星天の王冠が、ふかふかの専用クッションの上に鎮座していた。


「ううぅ……おわったぁ……おわったよぉ、クラウン……」


 枕に顔を押し付けたまま、くぐもった念話が飛んでくる。

 先ほどまで広場で数百の民衆を前に堂々たる女王の宣言を放っていた威厳はどこへやら。

 すっかり気の抜けた、ただの甘えん坊な女の子に戻っていた。


『お疲れ様、ルゼリア。今日は本当に、この国で一番頑張ったな』


 俺は魔力で形成した手を伸ばし、彼女の柔らかな金髪をわしゃわしゃと撫で回した。


「ひゃんっ……あぅ、クラウンの手、あったかい……」


 ルゼリアは猫のように目を細め、魔力の手のひらにすりすりと頬を擦り寄せる。

 普段は頭に乗っているだけのただの王冠だが、二人きりの夜だけは、こうして全身全霊で彼女を甘やかしているのだ。


『それにしても、今日のルゼリアは最高にカッコよかったな。会議室でヴォルデン相手に一歩も引かなかったし』

「だ、だって、あのままじゃみんなご飯が食べられなくなっちゃうって思ったから……。それにクラウンが『別のお財布があるはずだ』って教えてくれたおかげだよ。あれがなかったら、王立倉庫(ロイヤルグラナリー)のことも思い出せなかったし」

『いやいや、俺がしたのはちょっとしたヒント出しだけだ。「ファンドラを使って南や西から買う」なんて策を思いついたのも、逃げずに自分で広場に出ようと踏ん張ったのも、全部ルゼリア自身の力だ』


 魔力の手で優しく頭を撫でながら、今日の彼女の功績を一つ一つ数え上げるように褒めちぎる。


『広場で馬車を降りた時の顔なんて、歴代のどの王様よりも立派だったぜ。「慈悲だと?恩を着せているに過ぎぬ!」……くぅ〜っ、痺れたね!』

「あわわわっ!や、やめてぇ!思い出すとすっごく恥ずかしいっ!!」


 ルゼリアは顔を真っ赤にして、ベッドの上でバタバタと手足を動かした。

 その可愛らしい身悶えに、思わず笑みがこぼれる。


『恥ずかしがることはないさ。現に、民衆はみんなルゼリアに涙を流して感謝してたじゃないか。バレストロのちっぽけなパンなんかより、ずっと心からルゼリアを愛してくれた』

「……うん」


 ルゼリアは少しだけ動きを止め、クッションの上の俺を両手でそっと包み込んだ。

 ひんやりとした金属の感触が、高揚していた彼女の心を落ち着かせるためのちょうどいい熱冷ましになっている。


「ねえ、クラウン。わたしもね、広場でみんなの顔を見た時……すごく嬉しかった。最初は怖くて足がガクガクだったけど、みんなが『女王陛下』って言ってくれた時、胸の奥がぽかぽかして……王様のお仕事って、こういうことなんだなって」

『ああ。王冠ってのは、そういうもののために被るんだ』


 彼女の温かい体温が、黄金の枠を通してじんわりと伝わってくる。


「でも……明日はいよいよ、御前会議だよね。バレストロ侯爵もいるし、五大家の怖い人たちもいる。わたしが王立ロイヤルの私財を使ったことをすごく怒ってくると思う」


 明日の決戦を想像したのか、ルゼリアの小さな肩が震えた。

 たった一人の幼い少女が、国を牛耳る百戦錬磨の狸どもを相手に舌戦を繰り広げなければならないのだ。


 その重圧は計り知れない。

 俺はもう一度魔力の手を伸ばし、今度は彼女の震える背中をトントンと優しく叩いた。


『大丈夫だ。ルゼリアはもう、誰にも負けない最強のカードを全部揃えたんだからな。ロイヤルの資金、ファンドラの食糧網、クロエが広めた噂、そして何より──民衆の支持だ。それに、老魔術師が持ち帰った裏帳簿だってある』

「最強のカード……」

『そうだ。奴らがどんな屁理屈を並べても、ルゼリアが民のお腹を満たしたという結果は絶対に覆せない。明日はただ、女王として一番高いところから、用意したカードを叩きつけてやるだけでいい』


 彼女の不安を溶かすように、ゆっくりと、力強く語りかける。


「クラウン……」

『それに忘れるなよ。明日の議場でも俺はずっとルゼリアの頭の上にいる。ルゼリアが言葉に詰まっても、俺が全力で最高の入れ知恵(カンペ)を流してやる。だから絶対に一人で戦わせたりなんかしない』


 俺の言葉に、ルゼリアはほんの少しだけ瞳を潤ませた。

 そしてふにゃりと、今日一番の安心しきった笑顔を浮かべる。


「うん……わたし、頑張るね。クラウンがいれば、なんだってできる気がするよ」


 彼女は俺に頬を摺り寄せ、小さく確かな声で呟いた。


「ねえ、嫌な人たちを全部やっつけ終わっても……クラウンはずっと一緒にいてくれる?」


 その健気で愛らしい問いかけに、俺は魔力を温かく輝かせて答えた。


『ルゼリアが望むなら、俺は地の果てまで一緒だ』

「……えへへ。地の果て、かぁ」


 ルゼリアの体が、ゆっくりとベッドに沈み込んでいく。

 極度の緊張とプレッシャーから解放され、俺の魔力の手によるマッサージと安心感を与えられたことで、ついに睡魔が限界に達したようだ。


「おやすみなさい、わたしの……クラウン……」


 すう、すう、と規則正しい寝息が寝室に響き始める。

 俺は彼女の布団を首元までしっかりとかけ直し、魔力の手で最後にもう一度、サラサラの金髪を撫でた。


『おやすみ、ルゼリア。明日の朝、最高のおはようを言ってやるからな』


 明日の議場は、今日以上の荒波が待ち受けているだろう。

 だが、今にも眠りに落ちそうな無邪気な守護対象の寝息を聞いていると、決して負ける気がしないという不思議な全能感が湧いてくるのだった。


残り5話を予定しております。

是非ともお付き合いいただければ嬉しいです。


章へ移行するかどうかをひとまず書き終えてから考えるっす。


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