バイトに行こうとしたら突然異世界に紛れ込んで、結果的に女になった。
最初に投稿して削除したもの
その日の朝、眼鏡を掛けスマホを胸ポケットにリュックを背負った姿の青年がマウンテンバイクで、
とある田舎のちょっとした山道を颯爽と走っていた。
小さな音量で音楽を聞きながら、町までの若干下りの道をバイト先へ向けて走っていたのだ。
町までは車が行き交う大通りの道もあるのだが、山道にしては割りと平坦な道はショートカットになる。
一応舗装はされているが道幅も狭く、家も人気もない、時折、定年退職をしたであろう
年配の夫婦等が散歩がてらに通るくらいだが、青年はいつも好んで通っていた。
ふと前方に犬の散歩をしているであろう一組の老夫婦が見えてくる。
『おはよう』『おはようございます』
「おはようございます」
すれ違いざまに軽く挨拶をする青年と老夫婦、青年の心は微妙にほっこりとした。
ほっこりとした余韻に浸りつつ、いつもの様に若干の下りを走っていた青年は前方に突然薄い霧を視認し
た。
――うぇ、雨上がりでもないのに霧とか可笑しくね?怖いわぁー、ないわぁーと冗談ぽく思いつつもバイトの時間に遅れる訳にはいかないので、ペダルを軽く回しながらそのままゆっくりと霧に入って行った。
が、暫く慎重に走ると急に霧が物凄く濃くなって視界が奪われる。霧でホワイトアウトしたのだ。
青年は危険を感じ、両手で前後のブレーキを掛けマウンテンバイクから降り、ゆっくりと押しながら歩き始めた。
何この霧マジかよ、マジで怖いんですけど、と慣れた道ではあるが不安に思う青年――足元はいつの間に
か舗装された道ではなくなっていたが、何故か青年は気づかない。
暫くの間、マウンテンバイクを押し歩き濃霧を抜けるとそこはいつもの道や風景ではなかった。
「…は?なにこれ」
とっさに後ろを振り返ると見た事もない風景が青年の前、というか後ろには広がっていた。
殺風景な山と岩だらけの崖の山道に青年は佇んでいたのである。
意味が分からず動揺しながらもふと前を向くと、視界の端に何かが見えた。
前方の崖下に何かが有ったのだ。
よく目をこらして見ると、人がぐったりと横たわっている様にも見えた。
「…マジかよ、大丈夫なのかアレ」
咄嗟に周りを見渡すと後方にかろうじて崖下に降りられそうな場所があった。
マウンテンバイクのスタンドを倒し、リュックを下ろすとその場に置き、慎重に崖下へ降りていった。
――横たわった人物に近付きよく見ると、リュックらしき物を背負った少女がうつ伏せの状態で、倒れて
いた。
口からは血が流れた後が見えるが、乾ききってはいないみたいだ。
「…あの…大丈夫ですか?」
返事がない。
生きているのか確かめ様と顔を少女の口元に近付け、吐息が聞こえるか耳を澄ますが何も聞こえない。
全く息もしていなかった。少女は既に息を引きとって亡くなっていたのである。
見上げると崖は滅茶苦茶高い訳でもない。状況的に崖から落ちたと思われるが
打ち所が悪かったのか単に高さのせいなのかは不明である。――両方なのかもしれないが。
暫くして神妙な顔で目を瞑り両手を合わせて、こんな若さでかわいそうに、成仏しろよと思いながら拝むと、その瞬間に青年の意識が途切れた。
――っ頭が痛い、体というか主に背中の辺りが重い。何が起きたんだ…ううっ瞼が重い…
と思いながら目を開けると地面が間近に見える。何だこれと思いながら起き上がろうとすると
やけに背中の辺りが重く感じるが、そのまま両手を地面につきゆっくりと起き上がろうとしたその瞬間に
ピピピピッ、ピピピピッ、とスマホの聞き慣れた呼び出し音が鳴った。
うごご、体が重い…ぐわっと起き上がりスマホの呼び出し音の方向へ手を伸ばすと
素早くキャッチして発信元確認しつつ通話ボタンを押した。(…やばい店長からだ)
「○○君?出勤してないけど、どうしたのかな?」
『は、はい遅刻してすみません実は出勤途中に――』
「あれ?○○君の携帯ですよね?」
『はい○○のスマホで間違いありません』
――ふぁ!、自分の声がおかしいのに気づくと自身の体を確認する様に顔を下へ向けた。
向いた方向には胸の部分になだらかな丘陵が見える。丘陵の下にはスカートとニーソを履い
た様な足、が見えた。(なんだこれ?俺に女装趣味はないし変態じゃないし…)
無言で着ている服の首周りをそっと引っ張り覗き込むと見えた。まぁ見えるだろう?たぶん。
(おいおいおい、ちっぱいかよ!、だがそこに痺れる!憧れる!!)と脳内で軽く興奮する青年――変態か。
「って、そこじゃないだろが!」と呟くような声と右手で何も無い空間に突っ込みを入れていた。
「…もしもし、あのー。」
やばい、やばい、やばい、どうしたらいいんだ。どうしよう、ぐぬぬ。
その場でぐるぐると回りだすと背中の方向へ引っ張られる感じにどすんと仰向けに倒れこむ。
――のもお構いなしに通話を再開した。
「あ…すみません。始めまして、私○○の妹です。兄がいつも大変お世話になっています。
今兄の部屋を覗いてきたのですが、高熱を出して寝込んでいました。起こそうとしたのですが
中々起きなくて、ので、今日は出勤できない…かと思います。
連絡も入れていなかった様で、誠に申し訳ありません」
とっさにつらつらと口から出任せに言い訳を並び立てる。
「いや、そんなに妹さんが謝らなくても…うーん……」
「まぁ…、仕方が無いか…な、○○君にお大事にとお伝えください。
あと、直りましたら連絡とちゃんと出勤してくるようにと、では失礼致します」
「は、はいっ。どうもすみません。ごめんなさい。失礼します」
ぷっと通話が切れる。
「うぉおおおおおおおおおおお、ざけんな、俺の無遅刻、無欠勤と店長の信頼が
だだ下がりじゃないかあああ、くうううう……てかスマホ使えるのかよ…」
仰向けになりながらばたばたと手足を動かし、軽く叫んだ。元青年はしがない
フリーターではあったが今の職場のスーパーでは無断欠勤や遅刻等をした事がなく、
それなりに長期間働いていたので、結構真面目な男だった。のである――過去形。
元青年は何を思ったのか仰向けのまま握り締めていたスマホを傾け、適当に風景写真を
一枚撮るとSNSに異世界なう、と投稿していた。その後、青空を見上げならぼーとっ呟く
「クビ、……かなぁ?」
――(プッ、クスクス) その瞬間、微かに誰かの嘲笑が聞こえた気がした。
が周りには誰も居ない気のせいだろう。
何故忘れていたのだろうか―!?、亡くなっていた少女は?と慌てて起き上がるが
背中が重く起き上がれない。おかしい。
体を捻り地面に両手を付けようやく起き上がり、周りを見渡すと不思議と少女の姿は視界から消えていた。
地面には小さな血の跡だけが残されている。少女は一体何処に?と思うが気が他の方へ向かってしまう。
血?元青年はさっきから口の中に違和感を感じていた。レバーかトマトみたいな変な味……。
唇を拭ったあと、ぺっと違和感を吐き出すと、唾と血が混じった液体が地面に落ちた。
うぉっ、何だこれ病気か?嫌だなぁ…とそれを見ながら思う元青年の傍らには服が落ちていた。
それに気付き服を見ようとすると周りの景色全てがぼやけて見える。おかしい、何故だろう。
眼鏡を頭の上にずらし、目を瞑り、右手の甲と人差し指ですりすりと軽く瞼を擦って、
再度目を開けてみるとはっきりと景色が見える。
「ふぅ、…目が更に悪くなったかと思ったわー」
安心する元青年だが、何おかしくないか?いや、色々とおかしいだろうが…。
「あれっ、眼鏡?…うぉっ頭に載せてたわw」
再度眼鏡を掛けなおすと景色がぼやける。
「うーん?うん?なんだこれ」
また眼鏡をすっと上げると、景色がはっきりと見える。
「あれか視力が突然回復したとかそんな系?よっしゃあ、ラッキー」
(馬鹿じゃないの…)微かに、そして冷ややかな感じの声が聞こえた。今度は間違いなく聞こえた。
「そうそう馬鹿ですよねー……って誰が馬鹿やねん!」
とすかさず空中に突っ込みを入れるが、傍から見れば独り乗り突っ込みをしている頭のおかしな奴に
見えるだろう。が、厳密にはそうでもないのである。
(私は目が悪くなかったし、その変な物を覗くからちゃんと見えないんでしょ、バカ)
頭の中で見下す様な感じに言葉が響く。
「なっ、だ、誰だよお前、ていうか何処にいるんだ出て来いやオラァ」
(本当に馬鹿ね。私は私、貴方も私、分かる?お馬鹿さん?)
「お、なるほどな」納得したのかポンっと左手の掌に右手を握り突くと
「いやいやいや、分からねーーからっ!全然何もわからないからー!」
(そうね…たぶん私と貴方の意識が融合しているんじゃないの?)
「ほぉ、なるほどなぁ…」納得したのかポンっと左手の掌に右手を握り突く。
「ってなんでやねーーーん!」
「なに、その馬鹿設定、ありえないっしょ、何を言っているのかね君はwww」
(はぁ…ぶっちゃけて言うと私もはっきりとした事は分からないけれど…)
(というか年の為に確認するけれど、貴方、体の異常にちゃんと気付いてる?)
「あー、はいはい、ちっぱいが何か?、ちっぱい最高っ、ジー○ちっぱい!○ークちっぱい!」
(うるっさいわねぇ、黙りなさいよ、この馬鹿!変態!)
何故か唐突にほんのりと赤く頬を染める少女の顔、元青年の意識でそうなったのではないが、
元青年は全くそれに気づいいていない。
――暫くして冷静になると「…って、やっぱりおかしいわ、なにこれ…俺の元の体何処ですかね?」
(ふふっ、貴方の体は私の命と引き換えに綺麗さっぱりと消滅したのです。消滅したのです)
「え…マジで?」
(冗談なのです――ぷっ)
「おい、冗談に聞こえないからやめてくれよ…」
少女は冗談と言い放ったがあながち冗談でもなく、的を得ていた。
周りを見渡すとさっきの服に気づく、よく見るとそれは青年が着ていた服だった。
ジーパンやベルト等も近くに落ちていた。が青年の体は何処にもなかった。
――そして暫く時間が経った。
「はぁ……なんでこんな事に…」
(はぁ……なんでこんな事に…)
声が重なった瞬間、押し門問答が始まった。それは傍から見ればおかしな人そのものである。
「aZf[e<aZf[e<d@\haZf[e!d@\haZf[e!up@aZf[eukt!-@47q@toxwww」
(^yqe^yqe<f@\tf@\t<gm\ewwwd,wwww)
小一時間ほどの押し問答を終えると、元青年はふっと真面目な表情になり踵を返す様に
「よし、帰ろう」
と落ちていた服を拾い集め、マウンテンバイクを置いた崖上の方向へ歩きだした。
(は?何処に?)
「家に決まっているだろ?」
(そうなの?)
「おう」
(貴方の家って何処にあるの?)
「○○町だけど」
(○○町なんて聞いた事ないわよ?詳しく)
「だから○○県○○町だよ」
(ふーん…無理なんじゃないかしら)
「なんで?」
(だって、○○県○○町とか今まで一度も聞いた事がないもの)
「そうですかー」
半ばスルーするかの様にそのまま歩いて崖を上り始めるがやけに力が入らないし、すぐに疲れる。
感覚が可笑しい、と元青年は思いながら上っていた。
――それはそうだろう、女性、ましてや少女の体なのだから大の男と比べれば非力だろう。
崖上に上がりマウンテンバイに乗ろうとすると傍らにリュックが落ちていた。
というか崖下に降りる前に自分で置いたリュックである。
あ、という声と共に振り返ると背中には少女のリュックを背負っていた。脳内で納得する元青年。
そしてリュックを自分の物と交換し背負い直すとマウンテンバイクに乗ろうとする。
(私の荷物を捨てないで!大事な物が入ってるんだから置いてかないで!)
少女の必死な声にも関わらず、ほほうという様にニヤリとほくそ笑みながらもマウンテンバイクに乗ろうとするが、サドルが高いのか上手く乗れない。
ふっ、という掛け声と共に勢いをつけて無理やり乗ろうとするが、がしゃんと盛大にこけた。
「痛、いたた」
(馬鹿!やめなさいよ!私の体を傷物にしないでっ!)
「あ…ごめん」
何故か素直に謝る元青年、傷物という事場に反応したのだろうか。
(…もう…で、○○県○○町ってどっちなのよ?)
青年は周りをきょろきょろと見渡しながら頭をかき「うーん…わからん」
(だ・か・ら・帰れないわよきっと)
「どうして?」
(貴方の住んでいた場所と、私の住んでいるこの世界は全く様子が違う…みたいだし)
「なっ、なんでそんな事が分かるのさ」
(うーん、なんとなく?)
「なんだよそれ…」
体の持ち主の少女は元青年の記憶と?融合しかけているのか、元青年の事を少し
理解しかけていた様だ。だがそれは一方的に少女にだけに分かる仕組みになっていた。
(で、どうするのよ?)
無言で返事を返そうともせずにその場で周りを見渡すがあの濃霧は何処にも見えない。
それどころかいつもの見知った景色でもない。
この世界での現実を理解したのか呆然とその場にぺたんと座り込む。
――何故か普通に可愛らしい女の子座りである。




