竜を崇める部族の少女
『竜の谷』の赤茶けた絶壁に挟まれた大地で、真っ昼間からたき火を囲む。
大鍋にキラーボアの肉と野菜を大量にぶち込んで煮込んだものを器にとりわけ、それに少し硬くなったパンを浸して、ふやかして食べる。
旅の途中に取れる食事としては、なかなかに悪くないと思う。
切り分けてフェリルの力で冷凍したキラーボアの肉は、『無限収納』の中にまだたくさん残っているから、しばらく肉に困ることはないだろう。
「あ、カイルさん、そっちのお塩とってもらえます?」
「おう。ほい、ティト。──おいアイヴィ、あんまりフェリルで遊ぶな」
「えーっ、だって可愛いんだもん。はい、フェリル、あーん」
「くっ、やっ、やめろ……そんな熱いモノを口に入れられたら──熱っ、熱っ!」
「んだよアルト、あたしの器にだけ肉少ねぇじゃんかよ」
「本当キミは一々うるさいな、パメラ。僕のよそい方に文句があるなら、自分でよそえばいいだろ」
六人で鍋を囲む食事風景は、何ともにぎやかだ。
『竜の谷』なんて危険地帯にいることを忘れてしまいそうなぐらいだ。
そんな中で俺は、『生命感知』のスキルを発動し、再三「対象」の位置を探る。
「──お、止まったか」
「……? カイルさん、止まったって、何がです?」
「あ、いや、こっちの話。──ほれティト、あーん」
「えっ、は、はひっ! あ、あーん……むぐむぐ……えへへ、おいひいれす、カイルさん」
「あーっ、またティトっちばっか! どうしてダーリンはいつもそうやって──むぐっ」
騒ぐパメラの口にもスープをよそったスプーンを放り込みつつ、俺はそれとなく崖の上へと視線を向け、『鷹の目』を発動させる。
その視界の端には、先の褐色肌の少女が岩陰に身を隠し、こちらの様子を窺っている姿が見えた。
『生命感知』の効果範囲の半分ぐらいまで来ているから、彼我の距離は二百メートルほどか。
その距離で初めて、俺たちの存在に気付いたんだろう。
少女は岩陰に隠れつつ、時折ちらちらと身を乗り出しながら、こっちの様子を見ている。
そして、さてどうすっかなーなどと俺が思っていると、今度は彼女、ひっそりと立ち上がって俺たちに背を向けて遠ざかってゆく。
仲間に報告でもしに行くのだろうか。
……それはまずいな。
こうなってくると、俺の取るべき行動はわりとはっきりしてくる。
『生命感知』の圏外に出られると面倒だから、そろそろアクセス仕掛けたほうがいいな。
「ティト、悪い。俺の分とっといてくれるか」
「え、あ、はい。……またどこか行くんですか?」
「ああ、ちょっと挨拶に行ってくる」
「はあ……挨拶?」
首を傾げるティトに器を渡すと、俺はその場で立ち上がった。
そしてその場でトントンと小さくジャンプをして調子を慣らすと──
「きゃあっ……!」
──それから、全速力で駆け出した。
ティトの悲鳴が後ろから聞こえてくる。ごめんよ。
脚力をフルに発揮して地面を蹴り、ぐんぐんと速度を上げてゆく。
目指す目標は、遠くの崖の上で背を向けている、あの褐色肌の少女だ。
二百メートルという水平距離は、五秒間ほどの全力疾走で詰めた。
崖の上下という垂直距離は、先刻と同じ崖を使った三角跳びで駆けあがってゆく。
「──っ!?」
最後の跳躍で少女に向かってまっしぐらに飛び掛かると、その俺に気付いた少女は、慌てて背から弓矢を取り出そうとした。
なかなか反射神経は良いようだったが、そうは言っても到底間に合うものじゃない。
「あぐっ……!」
俺が少女を捕まえ組み合うと、飛び掛かった勢いで、二人はもんどりうって地面をごろごろと転がる。
一応このとき、少女が頭を打ったり矢で怪我をしないように、抱きかかえるようにしてカバーしてやる。
……うん、逃げられても面倒だし、とりあえず捕まえておこうと思ったんだけど、勢いが余ってしまったな。
少しだけ反省。
そして、二人が転がるところまで転がって止まると、俺は少女に抱きつき覆いかぶさるような姿勢になっていた。
「……っ!」
「あ、その……悪いな、他意はないんだ」
少女が怪我をしないように、彼女の背中と頭の後ろに腕を回して守ったせいで、ベッドの上で抱き合いキスをする直前の男女みたいな距離感になってしまった。
目の前、吐息がかかりそうな距離に少女の顔があって、ちょっとドキドキしてしまう。
あらためて、美少女だなと思う。
褐色肌で黒髪、黒い瞳。
額に羽飾りのついたバンダナをしており、頬には赤と黒のペイント。
……しかし、この体勢のままはまずい気がする。
いろいろ男女のアレ的な感じでまずい気がする。
どうしよう、一度解放しようか。
でもそれじゃ折角拘束した意味がないし……。
ちょっと考えた末、俺はひとまず抱き着いているような状態だけ解除し、手で少女の両肩を地面に押し付けて拘束する姿勢に変えることにした。
それでもまだ、どうかと思うような体勢ではある。
まるで押し倒したみたいな形になっているし、少女は頬がほんのり赤く染まっている気がするし、彼女が来ている簡素な衣服がいい感じにはだけて胸元がチラ見せ状態になっている。
そんなわけで相変わらずちょっとドキドキするが、それでも抱き合う恋人がピロートークを始めそうな先の姿勢よりはだいぶマシだ。
「お、オマエ、何者だ。ソトのセカイの人間か?」
少女が口を開く。
その言葉のイントネーションは、どことなく独特だ。
質問内容にはどう答えていいのか微妙に困るが、とりあえず適当に返答してみる。
「あ、ああ、多分それだな。そういうお前は、竜を崇める部族のもんか?」
「リュウ……? 竜神様のことか? それなら確かにそう。私たちみな、竜神様を祀ってる」
ほう、リュウジンサマとな。
これはなかなかどうして、件の竜というのは、大物の匂いがしてきた。
「オマエ、ソトの人間。ソトの人間、やっぱり悪いヤツ。じぃじの言ってた通り」
一方少女は、俺のことをまっすぐに睨みつけてくる。
じぃじ? 悪いヤツ?
……でもまあそりゃ、出会った瞬間押し倒されたら、悪いヤツとしか思わないか。
これはアクセスの仕方を間違えたかも。
だがそう思っていると、少女は「でも……」と言葉を続けた。
そして、俺が予想だにしていなかった言葉と表情をぶつけてきた。
「でも、オマエカッコイイ。悪いヤツだけど、カッコいい。私、オマエ好きになった」
「……は?」
目が点になるとはこのことだ。
な、何だと……?
「私、オマエが望むなら、オマエの子ども生む」
「……よ、よし、落ち着け。話し合おう」
俺はそそくさと、少女の上からどいた。
解放された少女は、起き上がるとその場にぺたんと座り込んで、頬を染めて恥ずかしそうに視線を逸らす。
「オマエカッコイイ。私、オマエと一緒になりたい」
「分かった、ちょっと落ち着こうか」
「私、キッカ。オマエは?」
「あー、カイルだが、ちょっと落ち着いて俺の話を──」
「そうか、オマエはカイルか。カイルは私と子ども作りたくないか?」
「だから早い。話が早い」
何これ、ハニートラップ?
ティトやパメラっていう嫁がいなかったら、余裕で引っかかってるよ俺?
にへらっと屈託のない笑みを向けてくる褐色肌の少女──キッカの姿を見て、どうにも途方に暮れる俺なのであった。




