竜の谷
街を出て三日目の昼前頃。
のんびり旅をしていた俺たち一行は、ついに目的の谷へとたどり着いた。
切り立った断崖絶壁という感じの、赤茶けた岩山が左右にあり、それに挟まれる形で、細い道が奥へと続いている。
なお細い道と言っても、崖と崖との間にできた道幅は、優に五メートルを超える。
全体の規模感が大きいから、それでも細く見えるというだけだ。
俺たちはその谷間の道──『竜の谷』へと、足を踏み入れてゆく。
「あ、そうだ、フェリル。そろそろ人間姿になっとけよ」
俺はふと気づいて後ろを振り向き、フェリルにそう伝える。
この谷には、ドラゴン以外に、竜を崇める部族とやらがいるらしい。
パーティに魔族が混じっているのを見られたら、本来穏便に済むはずのものも、こじれてしまう可能性がある。
「ちっ……人間姿は窮屈だと言っているでしょ」
一方魔族の娘は、その俺の指示に、露骨に嫌そうな顔をする。
が──
「ほぉら、我がまま言わないの。ご主人様の命令でしょ?」
「──ふぁっ!?」
フェリルの背後から、アイヴィが尻尾をきゅっとつかんだ。
「や、やめろアイヴィ……尻尾は……尻尾はらめぇっ……!」
「うふふ……可愛いねフェリル。もっと虐められたい? それとも──」
「わ、わかった……! 言うとおりにする! 言うとおりにするからぁっ……ふあああっ……!」
……いつも思うんだが、このタイミングだけアイヴィのステルス性能が異常に高くなるのは何事だろう。
必ずフェリルの背後を取ってる気がするぞ。
そしてくんずほぐれつ百合百合している二人の姿を見て、尻尾ハラスメント、という単語が脳裏に浮かんだりもする。
別にあんなことしなくても、『隷属の首輪』の力で命令すれば一発なんだが……まあ、華やかだからいいか。
「うぅっ……なぜ私がこんな辱めを……」
アイヴィが尻尾を解放すると、フェリルが人間姿へと変身した。
村娘風の姿になったフェリルに、アイヴィが背後から抱き着くようにして寄りかかる。
「なぜぇ? ふふっ、本当は好きなくせに」
「だ、黙れ、この腐れ人間が……」
「ああんもう、フェリル可愛いなぁ~! 可愛い可愛い食べちゃいたい! ──ねぇねぇカイル、ボク、ここでフェリル押し倒してもいい? すぐに追いつくからさ」
「いいわけねぇだろ」
俺の当然のツッコミに、しょぼーん(´・ω・`)とした顔を見せるアイヴィ。
赤の剣士さん、最近だいぶ常識人になってきたかと思っていたが、気のせいだったようだ。
なお、その様子を見ていたアルトは、ドン引きしてアイヴィから三歩ほど余分に距離を取っていた。
ティトとパメラはいつものことだよね、と気にもしていなかったが、新人さんにとっては刺激的な風景だったようだ。
***
「──おっ」
竜の谷をしばらく進んでゆくと、ちょいちょい発動していた『生命感知』に反応があった。
「どうかしました、カイルさん?」
「いや、ちょっとな。──みんな、少しここで休憩にしようぜ」
ティトの疑問の声にそう応え、皆をその場にとどまらせる。
そして俺自身は──
「よっ、ほっ……!」
右の崖に向かってジャンプし、その崖面を蹴って逆側へとジャンプ。
左右の崖を使って、三角跳びの要領で、崖の上へと向かって登ってゆく。
忍者になった気分で、少し楽しい。
「ダーリン! どこ行くの?」
「すぐ戻る、そこで待っててくれ!」
ほどなくして、十メートルほどの高さがある左側の崖の上、岩棚まで到達。
そこで『鷹の目』を発動して、望遠視覚で前方を見た。
「──お、あいつか」
望遠視覚で見た先に見つけたのは、一人の少女だった。
年の頃は、十五歳ぐらいだろうか。
褐色肌の美少女で、ショートにした髪は黒、着ている衣服は簡素だ。
顔や肌にペイントをしていて、額には羽飾りのついたバンダナを身につけている。
背には弓と、多数の矢が入った矢筒を負っていた。
今の俺の『生命感知』の効果範囲はざっと四、五百メートルといったところで、その端っこに引っかかった彼女までの距離も、いまだそのぐらいある。
俺が今いる岩棚の延長上にいて、周囲を油断なく警戒しながら歩いているようだが、今のところこちらに気付いている様子はない。
まあおそらくは、例の竜を崇める部族とやらの一員だろうが──
「さて、どうしたもんかね、っと」
俺はひとまず確認だけを済ませると、岩棚から飛び降りて、パーティメンバーのもとに戻った。
自由落下に伴う風を受けつつパメラの前へと着地すると、そこにいた少女が驚いて尻餅をついていた。
「び、びっくりした……! ……ダーリン、あんなとこから飛び降りて、痛くねぇの?」
「……ん? ああ、まあな」
実は着地時に、一瞬だけ『飛行能力』を発動させていたりして。
その瞬間、フェリルの眼差しだけ訝しむように細められたけど、まあ気にすることもない。
「それより、昼飯にしようぜ。腹減った」
「はい、カイルさん♪ じゃあ準備しますね」
俺が『無限収納』から鍋やお玉などの調理器具を取り出すと、ティトを中心にして昼食づくりの準備が始まる。
──件の少女はこっちに向かってきているようで、もうしばらくすると俺たちの存在に気付くだろう。
まあ、不意打ちする必要があるでもないし、のんびり見守ることにしよう。




